第6話 「俺が話をしよう」


「ギルガ殿の子供ではないと? ……しかし、あまりにもそっくりだな。もしかして、親戚の子か何かだろうか?」


 竜牙兵を見下ろしながらレオナが問う。


「む?」


 一方、竜牙兵は自分を見つめるレオナを見上げ、不思議そうに首を傾げた。


 レオナは竜牙兵に見つめ返され、ポッと頬を赤らめる。


「…………かっ、可愛いではないか……っ!!」


「……それで、この子は何なのよ?」


 でれでれになったレオナに代わり、再び問い直したエルフに答えることにする。


 特に隠す意味もないしな。


「こいつは屋敷の警備用に、俺が造った竜牙兵だ」


「――りゅっ、竜牙兵っ!!? あんた、しれっと何てもの造ってんのよ!?」


 ぎょっとして竜牙兵から距離を取るエルフ。


 どうやら、竜牙兵が何か知っているようだな。


 だが、すぐに「ん?」と首を傾げる。


「っていうか、竜牙兵ってこんなのだったかしら……? 伝承ではもっとこう、リザードマンのスケルトンみたいな見た目だったと思うけど……」


「改良した。こいつは竜牙兵とゴーレムのハイブリットみたいな感じだな」


「そう……だからってこうはならないわよね? 普通」


 ジト目でそう言いながらも、魔術師として竜牙兵が気になったのか、再び近づいて頬をつんつんとするエルフ。


「……柔らかいわね」


「やっ、柔らかいのか!? わ、私も触っても良いだろうか!?」


「はわっ! 拙者も触りたいでござる!!」


 許可を出す前にレオナとシズが竜牙兵の頬を高速でぷにぷにし出した。


「柔らかい! 柔らかいぞ!!」

「すべすべでござる! クセになる感触でござる!」


 心なしか、竜牙兵は鬱陶しそうだ。


「警備用に造ったって話だけど、ちゃんと戦えるの、この子?」


 質問の多いエルフだぜ。だが、俺の造ったモンの性能を疑われるのは不愉快だ。仕方ないので、こいつの性能を簡単に教えてやろう。


「もちろん戦えるに決まってる。竜牙兵だぞ? 【身体強化】を含めた無系統魔術と火系統魔術を幾つか使えるし、そこそこ強い」


「……魔術を使えるゴーレムなんて聞いたこともないんだけど……それは良いわ。あんたの非常識にいちいちツッコんでたらキリがないしね。で、どれくらい強いの? 警備兵ってことは、レオナくらいは戦えるのかしら? まあ、レオナくらいの強さがあるゴーレムなんて、エルフの国にもほとんどないんだけど」


 ふむ、どれくらい強いか……か。


「そうだな……何だっけ、最近会ったあいつ……ぜ、ぜ……いや、ドピュロスだったか?」


「ゼピュロスね」


「そうだ、そいつだ」


「まさか!? ゼピュロスくらい強いってこと!?」


「いや、ゼピュロスを――一方的にボコれるくらいは強いぞ」


「…………」


 エルフは再び竜牙兵から距離を取った。


「……性能は全然可愛くないわね」


 と、その時。


 ぱしんっ! と乾いた音が響く。


 見れば、レオナがびっくりした顔で巨大な胸を押さえていた。どうやら、竜牙兵がレオナを叩いたらしい。何処とは言わんけど。


「む!」


 と、竜牙兵は言った。


「な、何だ!? お、怒ったのか……?」


「む、む!」


「ぎ、ギルガ殿! この子はいったい何と言っているんだ!?」


 俺は竜牙兵を見る。竜牙兵は「む!」と言った。俺はレオナに通訳する。


「ふむ……『気安く触るでない、牛乳うしちち女め。揉みしだかれたいのか?』と、言っているな」


「――本当に!? 本当にそう言っているのか!? 『む!』としか言っていなかったのに!?」


「ああ、本当だ。俺は嘘を吐いたことがない(真顔)」


「っ!!? でっ、でも! じゃあ、なぜ私だけなんだ!! シズは!? シズもぷにぷにしているではないか!?」


 涙目で言われ、シズの方を見る。


「可愛いでござるな~。(拙者と)ギルガ殿の子が産まれたら、こんな感じになるのでござろうか……!!」


 シズは未だに頬をぷにぷに、頭をなでなでしていた。


 俺は「どうだ?」と竜牙兵に聞いてみる。竜牙兵は「む~……む!」と答えたので、レオナに通訳してやる。


「……『見たところ、こやつはまだ子供なので、大目に見てやることにした』と、言っているな」


「ほぇっ!? 拙者は子供ではないのだが!? 立派な大人でござるぞ!?」


「くっ……子供には優しいというわけか……!! 何て紳士的な……!!」


「レオナ! お主と拙者に歳の違いなどほとんどござらんであろうが!!」


 と、一頻りレオナたちが騒いだところで、


「この竜牙兵……って、呼ぶのも何か気まずいわね。見た目完全に人間の子供だし。名前とかないのかしら?」


 エルフが聞いてきたので、教えてやる。


「あるぞ。ギルJr.だ」


「ギル……ジュニア?」


「ああ、ギルJr.だ」


「あんたのネーミングセンスは壊滅的ね」


 失礼なエルフだ。国民的漫画からインスピレーションを受けたこの名前の、ハイセンスさを理解できないとは。


 いや、むしろ哀れですらあるな。


「お前にはまだ早かったようだな。まあ、精進すれば、いずれ理解できるようになるさ」


「ちょっと! 私がセンスないみたいに言うのやめてくれる!?」


 ともかく、俺は三人娘を適当な部屋に通し、迎えの馬車を待つことにした。



 ●◯●



 小一時間ほど待っていると、屋敷に迎えの馬車が到着したので外に出る。


 そこには馬車から降りてきたティアと、なぜか御者席から降りてきたアナベルがいた。今日もメイド服姿なんだが、こいつはいったい何なんだろうか。頭がおかしいのはもう理解しているんだが……。


「ギルガ様、お迎えにあがりましたわ」


「ああ、悪いな」


「いえ……それよりも、ここがギルガ様のお屋敷なのですね……!!」


 と、この数日、色々忙しかったらしいティアが屋敷を見上げながら、感慨深そうにしている。


 領主の屋敷で会った時、時間があれば俺の屋敷に来たいと言っていたんだが、結局、来れなかったからな。


「素晴らしいお屋敷ですね」


「そうか?」


「ええ。家族二人、穏やかに暮らせそうで…………はぁっ!?」


 あちこちに視線を巡らせていたティアだが、とある一点で視線を止めると、まるで落雷に打たれたかのように驚愕する。


 視線を追うと、セバスチャンと共に見送りに出て来ていたギルJr.を見つめていた。


「あ、あ、あぁ……まさか……っ、そんな……っ!!?」


「姫様! お気を確かに!」


 ふらりと体勢を崩し、倒れそうになるティアをアナベルが支える。


 ティアはギルJr.を凝視したまま、悲鳴のような声で叫んだ。


「まさか……ギルガ様に、すでに御子様がいらっしゃったなんて!?」

「旦那様……!! まさかご結婚されていたのですか!?」


 なぜか悲愴な様子のティアと、そこはかとなくこちらを責めているような顔のアナベル。


 そして二人の様子に、三人娘たちはなぜか苦笑していた。


「まあ、ジュニアの姿を見れば、王女殿下がそう勘違いしてしまうのも無理はないな」

「ジュニア殿はギルガ殿にそっくりでござるからなぁ」


 三人娘はギルJr.のことをジュニアと呼ぶことに決めたらしい。


「じゅ、ジュニア……!? ということはその子は、やはりギルガ様の御子様……!!?」


「いや、そいつは俺の子供じゃないぞ」


 なぜか絶望し始めたティアに、俺はかくかくしかじかと手短に説明した。


 このくだり、さっきもやったからな。巻いていこう。


「竜牙兵……そ、そういうことでしたのね……!! 私ったら、何て勘違いを……!!」

「姫様、良かったですね……!!」


 さすがは王族というべきか、ティアはギルJr.の正体が竜牙兵と聞いても、落ち着いた様子だな。


 もしかしたらハイソサエティ界隈では、こういうのゴーレムとかは、見慣れているのかもしれない。


 ティアはギルJr.に怖じ気づく様子もなく近づくと、おもむろにその頭を撫で始めた。


「しかし、見れば見るほどギルガ様に似ていらっしゃいますね。(私と)ギルガ様の子供が産まれたら、こんな感じになるのでしょうか……?」


「む? む~……」


 頭を撫でられ、ギルJr.の右手がぴくりと動く。どうやらレオナと同じく、ティアも叩くつもりのようだ。しかし、何処を叩くんだろうな? レオナと条件は同じではないが……って、そんなことを考えている場合ではない。


 ギルJr.の凶行を事前に察知した俺は、すぐさま【念話】 でギルJr.に指示した。


『ティアはキラキラ入手のための重要人物だ。媚びろ』


『むむっ!?』


 すっと、上がりかけた右腕が元に戻っていく。ギルJr.は諦めたような顔で、なでなでを受け入れた。


「む~……」


「あら、うふふ……!! ずいぶんと大人しいですね」


「――っ!!? そんな……っ!? なぜ私の時だけ!?」


 レオナが何やらショックを受けているが、そろそろ出発しよう。


 俺はセバスチャンに向き直り、告げる。


「じゃあ、そろそろ出発する。後のことは任せたぞ、セバスチャン」


「はい、かしこまりました。それと一応訂正しておきますが、私の名前はスティーブンです、旦那様」


「ああ、そういえば、ギルJr.には屋敷への侵入者や襲撃者の撃退を最上位の命令にしてあるが、セバスチャンの言うことにも従えと言ってある。力仕事とか、任せたい仕事がある時は頼むと良い」


「……ありがとうございます。ですが、旦那様に似たお姿のギルJr.様にお仕事を頼むのは、気が引けてしまいますね」


「まあ、何もしないのも暇だろうからな。適当に仕事を見繕って任せてみてくれ」


 自宅警備員と言っても、この世界にはテレビゲームも漫画もアニメもスマホもないからな。一日中襲撃者を警戒しているというのも暇だろう。


 伝えることも伝えたし、俺たちは馬車に乗り、出発することにした。


「いってらっしゃいませ、旦那様、皆様」

「む!」



 ●◯●



 メイド服姿のアナベルが御者となり、馬車は屋敷を出発する。


 それから程なく、南門から街の外に出た。


 すると、そこには50人ばかりの騎士たちが、すでに整列していた。


 馬車は騎士たちの目の前で停止し、ティアが降りる。


 王女様が降りて俺たちが乗ったままというわけにもいかないので、俺たちも降りた。


 さっそく近づいてきた一人の騎士が、ティアに声をかける。


「お待ちしておりました、殿下。我ら近衛騎士50名、これより御身の護衛任務に就かせていただきます」


「ええ、よろしくお願いしますね、コルテロ騎士長」


「ハッ! ……して、殿下。そちらの方々が?」


 と、近衛騎士団長らしき男が、こちらに鋭い視線を向けてきた。


「そうです。こちらが私の命の恩人である、ギルガ様と冒険者パーティー『ヴァルキリー』の皆様です。失礼のないように」


「……昨日伺ったお話では、彼らも姫様の護衛をなさるという話でしたが?」


「……私の身を案じたリーンフェルト伯が、戦力は少しでも多い方が良いと、ギルガ様たちに護衛依頼を出してくれたのです。万が一、帰還の道中で襲撃などあれば、ギルガ様たちのお力を貸していただく予定です」


「なるほど、了解しました。……貴殿ら」


 と、男がこちらに向き直り、有無を言わさぬ高圧的な口調で続けた。


「万が一の際には助力を頼むやもしれないが、飽くまで殿下の護衛は我々近衛騎士が主体で行う。あまり好き勝手な真似をして、こちらの邪魔はするな。それと道中は我々の指揮下に入ってもらうぞ。冒険者とのことだが、私の命令には必ず従ってもらう。――良いな?」


「ふむ……」

「何よこいつら、感じ悪いわね」


 ぼそっと、エルフが呟いた。


 その言葉通り、話している騎士団長以外――他の騎士たちの視線にも、俺たちに対して否定的な感情が見える。


 おそらく、自分たちの職分を侵されて気分を害しているのだろう。自分たちを差し置いて、俺たちが命の恩人扱いされている上に、護衛として頼りにされているのが気に入らない――といったところか。


「コルテロ騎士長!! 昨日言ったはずです! ギルガ様は竜の――!!」


「――無論」


 声を荒げたティアを、男は遮るように口を開く。


「昨日お聞きしましたので存じております。ですが依頼を受けたというのなら、今は一介の冒険者として扱うべきでしょう。それに最優先すべきは殿下の御身の安全です。我々の仕事は、他国の――いえ、本当にそうであるかも怪しい、どこの馬の骨とも知れない冒険者風情に配慮することではありません」


「何てことを……っ!! あなたは国同士の問題にしたいのですか!? そうなった時、責任が取れると!?」


「お言葉ながら殿下。この者たちが殿下の命の恩人であることまで否定はしませんが……殿下からお聞きした話は、些か信憑性に乏しく思います。百歩譲ってあのゼピュロスを倒したことまでは良いとしても……少人数でオワタまで乗り込み、ほぼ一人で城を落としたなど……御伽噺でも、もう少し現実味があるというものです」


「な……っ!!?」

「コルテロ騎士長閣下!! その物言いは、殿下に対してあまりにも無礼でありましょうっ!!」


 ティアが怒りのあまり絶句し、アナベルが騎士長とやらに抗議する。


 だが、男には馬耳東風といった感じだ。


「失礼ながら、殿下は極限状態にあって判断が正常でなかったと存じます。殿下からお聞きしたこの者たちの活躍についても、どこまで信憑性があるか……そも、この者たちが自分たちの功績を過大に吹聴し、殿下、ひいてはルーングラム王家を騙そうとしている可能性も……」


「そこまでにしなさいっ! コルテロっ! それ以上の無礼は許しません!!」


「――申し訳ありません」


 ティアの一喝に、男は素直に頭を下げた。


「少々、口が過ぎましたな。ですが殿下、王族の皆様に近づく虫を警戒するのも、我ら近衛の役目でありますれば。そこはご理解いただきたく」


「くっ……!! この……!!」


 拳を握って前へ出ようとしたティアの肩に、


「まあ待て、ティア」


 手を置いて抑え、俺は言った。


「俺が話をしよう」


「――っ、ギルガ様?」


 臣下に自分の話を疑われて、姫様も不安よな。


 ギルガ、動きます。



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せっかく異世界に転生したので冒険者になってみる…ドラゴンだけど 天然水珈琲 @tennensui297

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