妙義派は動き出す

「やっぱ私思うんだワ」

「何が?」


 

 椅子の背もたれに肘を乗せ、尊大に湊は天井を見上げていた。

 ずいぶんと深刻そうに呟くものだから、俺は昼食を中断して視線を向ける。



「最近私の扱いがひどい。具体的には一切の敬いを感じない」

「前も言ってたね」

「前にも増してひどくなってんだよ。赤城さんとの喧嘩に勝って柴方高校シバコーの番長になってから一週間くらいは、まァ尊敬の目を向けられたもんさ」



 彼女は不満そうに腕を組んだ。



「でも今は道端を歩いてるミジンコでも見るような感じだ」

「ミジンコは道端を歩いてないと思うよ」

「比喩表現だよ。それくらい私は舐められてるってコト」



 どうしてなんだろうな、と湊は首を傾げる。

 唯一にして絶対の答えは彼女が弱いことなのだが、本人を前にして断言するのは忍びない。

 俺はブロッコリーを箸でつまんで、「さぁ?」と口に放り込んだ。



 すると話を聞いていたのだろうか、暇そうにしていた千明がこちらに歩いてくる。この時点で予感はしていた。いつもの流れだ。

 


「そりゃあよぅ、お前が弱いからだろうが」

「……否定したら喧嘩になりそうだから遠慮しといてやるぜ。感謝しろ」

「私は喧嘩したって全然いいんだが? むしろ喧嘩ろうや」

「すみません調子乗ったっす」



 湊の机の上に腰を下ろして、千明が獰猛に笑う。

 さすがに目の前でバトルジャンキーな彼女の笑顔を見てしまったら、いくら普段からお調子者な言動をしている湊といえど、伸びきった鼻を折られてしまうらしい。



「いい加減動けよ」

「動く……?」

「湊が舐められてんのは、実力以上に行動しねェからだろうが。もしも赤城さんだったら、そーゆー・・・・雰囲気が流れ始めた時点で動いてるぞ」



 舐めてるやつを締めて回るとか。

 千明は懐から取り出した飴玉を舐めた。

 


「行動ったって……」

「台頭してきた勢力をボコボコにしていけばいいじゃねェか。そうしたら自然と名実ともにトップだぞ」

「できるわきゃねェよ!?」



 蹴上げるようにして立ち上がる湊。

 その表情には焦りと困惑が見て取れる。



「こういうのは何だが私は弱い!」

「そりゃそうだ。共通認識だよ」

「簡単に認められると腹立たしいな……」



 どこか納得がいかなそうに彼女は舌打ちをした。

 


「……とにかく私が誰かしらに喧嘩を売るとするだろ。多分負けるだろ。さらに舐められる最悪のスパイラルの完成だ」

「湊は勘違いしてるぜ」

「勘違い……?」

「何もお前一人で戦う必要はない。いまだに承認はしかねるが――私たちは〝妙義派〟だ。ボスが舐められてるんだったら私たちも動くのが道理だろ」



 千明は口角を上げた。

 


 不良漫画的な展開が繰り広げられている横で、もそもそと弁当と格闘している俺はふと疑問に思う。

 これって自分も〝妙義派〟の一員としてカウントされているのだろうか。

 きっと雰囲気的にそうなのだろうが、できる限りこちらとしては不干渉を貫きたいものだ。



 確実に遅すぎることを願いながらも、俺は肩を竦めるのであった。



 














 中庭での喧嘩が終了した。

 我こそが次世代の番長であると標榜していた一年生の女子は、日向の拳の前にあえなく敗れた。

 彼女は赤くなった頬を隠すこともなく、相手を認めるような笑みを浮かべる。



「くっくく、どうしてお前みたいな強者がアレ・・に従ってんだ?」

「……私に聞くな。気づいたらこうなってたんだ」



 日向がガリガリと頭を掻いて視線をそらした。

 アレと表現された湊は自覚がないのだろう、ぽけーっとアホっぽい表情を晒して突っ立っている。

 


 妙義湊の立場を回復するために――きっと千明の戦闘欲求もあったのだろうけれども――行動を開始した彼女たち。

 さっそく廊下で「あたしたちなら天下取るとか余裕っしょ!」なんて豪語していた女子達に声をかけ、番長の名前をかけて喧嘩することになった。

 結果は前述のとおり勝利である。

 やはり夜宵たちに土を付けている湊たちは強かった。いや湊は全然活躍してないけど。というか拳を振るってすらいないけど。



 柴方高校シバコーの不良は長いものに巻かれる性質を持つ。

 つまり喧嘩で勝ったほうが正義なのだ。

 敗北した彼女らは妙義派に入ることを宣言し、リーダーと思しき人物は側近の肩を借りながら去っていった。



 中庭に残った俺たちは見合って、やがて破顔する。



「――いやぁ何とかなるものだな!」

「湊がそーゆーのは納得できねェ」

「いやいや私が大活躍したっしょ!」

「一度も喧嘩に参加してねェじゃん」

「顧問みたいなもんよ。監督でもいいな」



 事が始まる前はダンゴムシのように丸まっていたのに、こうして終わると天狗の鼻が復活する。

 湊は堂々と胸を張って哄笑していた。

 


 それを眺めながら千明と日向は耳打ちし合っている。



「なァいっしょにクーデター起こさね?」

「あんま悪ぃことは考えるもんじゃねぇぜ日向。下手すると赤城さんともう一回戦うことになる。私はもう二度としたくない」

「バトルジャンキーな千明でもそう思うことがあるんだな」

「強い相手と戦うのは大歓迎なんだケド……」



 千明は恥ずかしそうに頬を染めた。

 わずかに躊躇して、



「ほら、ちょっとだけど関わったじゃん。そんですげェいい人だって理解した。私はあの人たちと殴り合いたくない」

「まさか千明にも人の心があるとはなぁ」

「私のことを何だと思ってんだ」

「あははははは!」

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