妙義派は動き出す
「やっぱ私思うんだワ」
「何が?」
椅子の背もたれに肘を乗せ、尊大に湊は天井を見上げていた。
ずいぶんと深刻そうに呟くものだから、俺は昼食を中断して視線を向ける。
「最近私の扱いがひどい。具体的には一切の敬いを感じない」
「前も言ってたね」
「前にも増してひどくなってんだよ。赤城さんとの喧嘩に勝って
彼女は不満そうに腕を組んだ。
「でも今は道端を歩いてるミジンコでも見るような感じだ」
「ミジンコは道端を歩いてないと思うよ」
「比喩表現だよ。それくらい私は舐められてるってコト」
どうしてなんだろうな、と湊は首を傾げる。
唯一にして絶対の答えは彼女が弱いことなのだが、本人を前にして断言するのは忍びない。
俺はブロッコリーを箸でつまんで、「さぁ?」と口に放り込んだ。
すると話を聞いていたのだろうか、暇そうにしていた千明がこちらに歩いてくる。この時点で予感はしていた。いつもの流れだ。
「そりゃあよぅ、お前が弱いからだろうが」
「……否定したら喧嘩になりそうだから遠慮しといてやるぜ。感謝しろ」
「私は喧嘩したって全然いいんだが? むしろ
「すみません調子乗ったっす」
湊の机の上に腰を下ろして、千明が獰猛に笑う。
さすがに目の前でバトルジャンキーな彼女の笑顔を見てしまったら、いくら普段からお調子者な言動をしている湊といえど、伸びきった鼻を折られてしまうらしい。
「いい加減動けよ」
「動く……?」
「湊が舐められてんのは、実力以上に行動しねェからだろうが。もしも赤城さんだったら、
舐めてるやつを締めて回るとか。
千明は懐から取り出した飴玉を舐めた。
「行動ったって……」
「台頭してきた勢力をボコボコにしていけばいいじゃねェか。そうしたら自然と名実ともにトップだぞ」
「できるわきゃねェよ!?」
蹴上げるようにして立ち上がる湊。
その表情には焦りと困惑が見て取れる。
「こういうのは何だが私は弱い!」
「そりゃそうだ。共通認識だよ」
「簡単に認められると腹立たしいな……」
どこか納得がいかなそうに彼女は舌打ちをした。
「……とにかく私が誰かしらに喧嘩を売るとするだろ。多分負けるだろ。さらに舐められる最悪のスパイラルの完成だ」
「湊は勘違いしてるぜ」
「勘違い……?」
「何もお前一人で戦う必要はない。いまだに承認はしかねるが――私たちは〝妙義派〟だ。ボスが舐められてるんだったら私たちも動くのが道理だろ」
千明は口角を上げた。
不良漫画的な展開が繰り広げられている横で、もそもそと弁当と格闘している俺はふと疑問に思う。
これって自分も〝妙義派〟の一員としてカウントされているのだろうか。
きっと雰囲気的にそうなのだろうが、できる限りこちらとしては不干渉を貫きたいものだ。
確実に遅すぎることを願いながらも、俺は肩を竦めるのであった。
中庭での喧嘩が終了した。
我こそが次世代の番長であると標榜していた一年生の女子は、日向の拳の前にあえなく敗れた。
彼女は赤くなった頬を隠すこともなく、相手を認めるような笑みを浮かべる。
「くっくく、どうしてお前みたいな強者が
「……私に聞くな。気づいたらこうなってたんだ」
日向がガリガリと頭を掻いて視線をそらした。
アレと表現された湊は自覚がないのだろう、ぽけーっとアホっぽい表情を晒して突っ立っている。
妙義湊の立場を回復するために――きっと千明の戦闘欲求もあったのだろうけれども――行動を開始した彼女たち。
さっそく廊下で「あたしたちなら天下取るとか余裕っしょ!」なんて豪語していた女子達に声をかけ、番長の名前をかけて喧嘩することになった。
結果は前述のとおり勝利である。
やはり夜宵たちに土を付けている湊たちは強かった。いや湊は全然活躍してないけど。というか拳を振るってすらいないけど。
つまり喧嘩で勝ったほうが正義なのだ。
敗北した彼女らは妙義派に入ることを宣言し、リーダーと思しき人物は側近の肩を借りながら去っていった。
中庭に残った俺たちは見合って、やがて破顔する。
「――いやぁ何とかなるものだな!」
「湊がそーゆーのは納得できねェ」
「いやいや私が大活躍したっしょ!」
「一度も喧嘩に参加してねェじゃん」
「顧問みたいなもんよ。監督でもいいな」
事が始まる前はダンゴムシのように丸まっていたのに、こうして終わると天狗の鼻が復活する。
湊は堂々と胸を張って哄笑していた。
それを眺めながら千明と日向は耳打ちし合っている。
「なァいっしょにクーデター起こさね?」
「あんま悪ぃことは考えるもんじゃねぇぜ日向。下手すると赤城さんともう一回戦うことになる。私はもう二度としたくない」
「バトルジャンキーな千明でもそう思うことがあるんだな」
「強い相手と戦うのは大歓迎なんだケド……」
千明は恥ずかしそうに頬を染めた。
わずかに躊躇して、
「ほら、ちょっとだけど関わったじゃん。そんですげェいい人だって理解した。私はあの人たちと殴り合いたくない」
「まさか千明にも人の心があるとはなぁ」
「私のことを何だと思ってんだ」
「あははははは!」
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