1-3

 ホール内が騒然とする中、ジェラルド殿下が鋭く命じる。

 騎士たちが素早く動き、私を――そしてジークヴァルドさまをも拘束する。


「や、やめてください! 公子は関係ないはずです! アルジェント公子! ジークヴァルドさま!」


 必死に訴えるも、それが聞き入れられることはない。


「キシュタリア公爵令嬢……! やめろ! 令嬢が聖女暗殺などするわけが……!」


 騎士たちに拘束されながら、なおも私の無実を叫んで、血に汚れた手を伸ばそうとしたジークヴァルドさまの首にジェラルド殿下が剣をつきつける。


「殿下!」


「邪魔は許さん! それは立派な反逆行為だ!」


「殿下! どうか冷静に!」


 叫ぶジークヴァルドさまの手は、鮮やかな赫に濡れている。

 その首に突きつけられた剣の切っ先の不吉な輝きに恐怖が募ってゆく。


「嫌! 待って! わたくしは……! 私はなにもしてない!」


 騎士たちに引きずられながら、私は力の限り叫んだ。


「離して! 殿下! 信じてください!」


 私だけじゃない。お父さまも、お兄さまも……ジークヴァルドさまもよ。

 彼はなにも悪くないのに!


「ジークヴァルドさまを離して!」


 けれど、それは届かず。


 私はホールから引きずり出されて――そして、目の前ですべての希望を断つかのように分厚い扉が音を立てて閉まった。





     ◇*◇





 カツンカツンと足音が聞こえて――意識が浮上する。


 私は大きく目を見開き、ガバッと勢いよく身を起こした。


 身分の高い政治犯を収監、処刑する監獄――アンフェール塔。

 その一室に閉じ込められてから、すでに二週間以上が経過していた。


 その間、一度も取り調べのようなことはなく、一日に二度薄いスープと一切れのパンが、そして三日に一度お湯とタオルを差し入れるために人が来るけれど、話すのを禁じられているのか、なにを質問しても一言も答えてはくれなかった。


 だから、この聖女暗殺未遂事件の調査がどうなっているのか……。お父さまやお兄さま、そしてジークヴァルドさまが今どうされているのかはまったくわからない。


 私は慌てて明かり取りの窓を見上げた。


 暗い。夕食を食べてから時間が経っているはずだけれど、朝はまだ来ていないみたい。


 カツンカツンと階段を上がる足音が近づいてくる。

 こんな時間に人が来たことはない。食事や湯の差し入れではないなら……。


 私はベッドから降りて、鉄格子に近づいた。


 すると鉄格子の向こう――重厚な鉄の扉が開き、奥からジェラルド殿下が姿を現した。


「っ……殿下……!」


 殿下はまっすぐ目の前に来ると、私を冷たく見下ろした。


「アデライード・ディ・キシュタリア。貴様の処刑日が決まった。――明日だ」


 一瞬、なにを言われたかわからなかった。


「は……?」


 処刑日が決まった……?


「ま、待ってください。どういうことですか? 取り調べは? 裁判も……」


 私はなにも受けていない。この二週間強、ただここに囚われていただけだ。

 呆然とする私に、ジェラルド殿下は『なにを言っているんだ』とばかりに眉をひそめた。


「必要ない。取り調べも裁判も必要ないほど証拠は揃っている。誰の目からもあきらかな罪を確認するだけの作業になんの意味がある? 時間の無駄だ」


「そんな!」


 そんなことが許されていいの!?


「殿下! わたくしは本当にいっさい関与しておりません! どうか調査を!」


「素直に認めるとは思っていないが……やれやれ、醜悪だな。見るに堪えん。仮に貴様が本当になにもしていないのであれば、貴様の犯行を裏付ける証拠がゴロゴロ出てくるわけがないだろうが」


 それはたしかにおかしいと思うわ。でも、だからって取り調べも裁判も行わなくていいなんてことにはならないはず。


 でも、いくらそんな正論を説いたところで、今のジェラルド殿下には響かないだろう。機嫌を損ねるだけで終わってしまうに違いないわ。

 それより、せっかくこうして会話できる人が来てくれたのだから、少しでも情報を得ることに注力したほうがいい。


 私は気持ちを落ち着けて、今一番知りたいことを尋ねてみた。


「あの、アルジェント公子は……お父さまとお兄さまはどうされていますか?」


「キシュタリア公爵と公子は、貴様と一緒に処刑される。アルジェント公子は――」


 ジェラルド殿下はそこで言葉を切ると、ふっと残酷な笑みを浮かべた。


「すでに本日、刑が執行された」


「――ッ!?」


 衝撃が全身を貫く。



 本日、刑が執行された――!?


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