水槽の中の人魚 3


 オウミの領主メサルティム家は、古い歴史を持つ家である。銀河連邦より伯爵位を授かり、代々世襲で惑星国家でもあるゾルの領主を務めている。

 惑星国家ゾルの政治は、国民の代表である議員によって執り行われる議会制である。下院での議論を上院でもある元老院が受け取り、領主に最終判断を下してもらうという、最終責任は全て領主が請け負うという形の政治を行っている。

 ゾルは、政治的、経済的にも決して小さくはない。だからこそ、その領主の席が世襲であることに不服を抱く派閥は存在する。一つの統治者が長く国を支配する時、国民は今の暮らしが安定していても何か理由を探して現政権の転覆を願う派閥が現れる、というのはいつの時代も常ということらしい。


『つまり、今回の依頼は領主の政敵からの依頼、ということになります。領主邸に潜り込み、その最深部にあると言われる“現領主の秘蔵の宝物”を破壊すること、及びその内容を公開することで、現領主への不信の布石を撒くことが目的です』

「宝物か……先代殺しの証拠とか、そんなのかねぇ? でも今も新しい人骨を捨てに行ってるってことは、新しい殺人だかが発生しているだろう、と」


 アンチは脳内でシートゥルと会話した。

 依頼の内容の重さに反して、アンチはどこか他人事のように答える。


「うーん、デカい権力に楯突く仕事かぁ。あんま気乗りしない仕事だなぁ。でも本当にヤバいことしてるなら、それは止めなきゃだろうしなぁ」


 オウミの街中、石造りの建物の間、石畳の道をアンチは目的地へ歩く。


「一応、レッドが依頼主向こうの代理人から、領主邸の裏口から入れるように手配してくれるって話だったけど……レッドはそれを良しとしなかったよね」


 徐々に暗い方へ、人気のない方へアンチは歩を進めていく。


『はい。レッドさんは、依頼主の行動がターゲット側に筒抜けの可能性を考慮しました。おそらく、依頼人は複数に依頼を出しています』

「つまり“うまく行ったら儲けもの”ぐらいの扱いってことね。そりゃ慎重になるわ」

『依頼主の想定通り、裏口から入って狼藉を働くのは“最悪の場合に取る作戦プランD”、というのがレッドさんの考えです。今回の作戦にレッドさんが同行しない理由も、ターゲットに警戒してのことだそうです』

「まあ、2m越えの大男じゃあ、隠密には向かないよな。でもそれじゃあ、どうするかな……良い情報が“買えれば”良いけれど」


 アンチが目的地としたのは、オウミの町はずれ、場末の酒場であった。

 ここに情報屋が居ると、レッドからの話を基にアンチはやってきた。だが、情報屋が誰でどんな姿かは聞いていない。

 符丁は聞いたので、それによって情報屋の方から接触してくれるのを待つだけだ。


 小さな看板には、音を立てて瞬くネオンが昼間から灯っている。オウミの街中でよく見かける観光地らしい外観の他の建物とは違い、雑な漆喰の壁は人払いをしているようでもあった。地下にある小さな入口へ通じる階段には裸電球が吊るしてある。まさに、オウミの他の建物の中に紛れ込みながらも、異質であることを感じさせる風貌の酒場だ。

 アンチは階段を降り、その入り口から店内に入る。


 薄暗く、外からの想像通りの狭い店内だ。地下にあることもあり窓もない。にぎわってはいない。穏やかなジャズが店内放送として流れている。

 グラスを磨いているマスターの鋭い視線が一瞥するが、マスターはすぐに視線をグラスへ戻した。

 店の奥に居る、テーブル席の三人組はアンチを一瞥した後、何か仲間同士で話し合っている。会話の内容はアンチの耳には聞こえない。店内に流れるジャズにかき消されるぐらいの声量でわざと話しているようだった。

 店の入り口から見て、左から三番目のカウンター席にはサングラスをかけた黒いロングヘアの女性が一人。大きな氷の入ったグラスで酒を飲み、手には煙草を持って頬杖をついている。こちらはアンチを無視している。


「(で、どれが情報屋か……)」

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