→09_step!_MAGICAL.「魔法少女プリズム☆ライト!」

「ク゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛…゛…゛」


 シドが4時19分に起床しておよそ4時間半が経過した。蜂蜜色の空はすっかり青くなり12月28日が始まった。


「…゛…゛────ク゛カ゛ッ゛!゛!゛────っ。ん……んぅ、……おはよぉう、シド君。昨夜は良く眠れたかい?」


 最悪の寝起きを経て、爆音最凶の生徒会長フリーがあくびをしながら──起床。

 フリーがゴーグルを外して、起き上がった。


「あー……はい、そりゃもうぐっすり。……気持ちよかったです。(ああああ!!眠い!!とにかくこの人、やば過ぎる……!!生徒会長の完璧のイメージが……!!)」


 フリーの過去が壮絶過ぎて『あなたのせいで寝不足です』なんて言えるはずもない。


「いやー!久々にぐっすり眠れたよ!いつもの頭痛もなく、悪夢も見なかった!キミのおかげで本当に快適だった! シド君、ありがとう!」

「あはは、……そりゃどうも」


 ……そりゃどうも。としか思えない、シドは嬉しいのか、嬉しくないのか分からなかった。


「さあ、シド君!部屋に戻ろう!みんな待っている!朝食の時間だ!」



 ◇



 朝食。昨夜同様、朝食にしては豪勢な朝食がテーブルに広げられているが、完全に全員が揃ったのは、約束の時間の20分後だった。


「……どうしてフリー以外は皆、寝不足ですの?」

「「「うぅ……」」」

「……ああ、なるほど。だいたい、予想は付きましたわ」


 朝食は皆、眠そうに食べ、特に大した会話も無く終わった。



 ◇



 朝食が終わり、シドはすぐに自室へ戻った。


「……眠すぎ。もう無理、今日は活動できませーん……って、ラト姉何!?顔が近くて寝れないよ!?」

「じー……シドにはお姉ちゃんが着いてるからね……」

「は、はぁ……じゃ、じゃあおやすみ……」


 12月29日。シドはラトに見守られながらとにかく寝た。

 他のメンバーも自分の部屋から出て来る様子は無く、何も無い1日だった。



 ────『……ahoy!_M.E《おはよう!僕》☻』



 また夢を見た。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「はッ!?」


 唐突にシドは眠りから覚めた。


 シドはとりあえず周囲を見渡すと、自身が寝ていたベッドにもたれ掛かる様にラトが泣いていた。


「え……シド……? シド!!」

「ら、ラト姉……僕、どのくらい寝てた……?」

「──2日間だよ……!!」


 シドに衝撃が走った。

 シドが眠りから覚めたのは『2日間』とラトは言う。

 なぜこんなに寝ていたのか、まるっきり記憶が無い。

 そもそも自分が今、どこに居るのか、何故ベッドに居るのかすらも記憶が朧気だった。


「え、え、ちょっ、嘘だよね……」

「本当だよ……! ほら!!」


 どういう事なのか分からない。

 ラトがベッドの近くに置いてあった目覚まし時計をシドに見せた。


 そこに表示されていたのは、ラトの言う通り──


「え、は?『12月31日』……? なんで……?」





『……ahoy!_M.E《おはよう!僕》☻』



『COUNT_DOWN☻『特異点』まで、あと0日』





「──ッ!?、カウント、ダウン……?!」


 突然、脳内に何かが流れた。

 それは自分が経験した事の無い『記憶』と共に。


「どうしたの!? シド!?」

「ぁっ、ぁあっ……何コレ、夢が襲って、やだ……止めて!!怖いよ!!ラト姉!!」


 ──『観測』してしまった。

 次々と、身に覚えの無い『記憶』が流れてくる。


「(ahoy!_☻)──ぁっ、あぁぁあぅ、べ、ベルが、死んだ……? ──シャルドぉッ! 置いて、行かないでよぉッ!! (ahoy!_☻)──みんな救えない!!僕がっ、無能だからぁッ!! (ahoy!_☻)──ぁあぅ、ああああああああああああああ!!!!」


 自分の精神が、確実に犯されている事を感じる。

 シドは、段々と、狂っていく。


「え、何、どうしたの……どうしたの!?シド!!ねえ!!」


 ラトは、明らかに様子がおかしくなったシドの肩を揺らして意識を引き戻そうとするが、悲鳴は止まらない。


「(ahoy!_☻)──あっ、がっ、いたい。あつい!! (ahoy!_☻)──え、そんな……僕の正体は……──」

「ごめんね、シド!!」


 姉のビンタが一閃。その後、ラトはすぐにシドを抱き締める。

 それビンタによって、ようやくシドが正気を取り戻した。


 ──しかし、どこか様子がおかしい。

 それはいつものシドの穏やかな目付きが、一瞬にして別人のような虚ろな目付きに変わった。さらに気分が悪そうな様子でをブツブツと呟いている。


「──ぁ、戻ってきた?『セイバー、ロード』で……死んだ、のか? そうか、僕はシスターに、殺された……のか!、記憶があまり……ぅ……無理、慣れないしもう耐えれない、うぐっ、気持ち悪い、おえっ、」

「吐いちゃった!? ……ええと、どうしよう……と、とりあえず!!お姉ちゃんが今っ、袋持ってくるね!!シドはそこに居ててね!!外は絶対に、絶ーッ対に!!外に出ちゃダメだからね!!」


 あまりの気分の悪さに、突然嘔吐してしまったシドの為、嘔吐物を処理する袋を探しにラトは、シドを残し部屋を出た。

 そして外のが鳴る中、シドだけが部屋に一人。


「僕が今、するべき事。それはどうにかして『ベルに出会う事』。でも外には出られない……『天使』がいるから……。だけど、『助けて』って変な声が聞こえる…………、ラト姉、ごめん。行かなきゃ……」


 シドは部屋の外に出た。

 そして、階段を下り、ホテルのエントランスへ出る。

 そこには辺り一帯を埋め尽くす程の大勢の人が集まっていた。


「避難してきた人達、このホテルはシェルターにもなっているのか……、じゃあどうやってここから出れば……」


 エントランスの入り口は完全に封鎖されており、外には出られない。

 他に出口がないか、360°辺りを見渡してもそれ出口といった様な扉は見当たらない。

 そうしてホテルの外に出る為、出口を探している内にサラ先生に遭遇してしまった。


「あら、シド。どうしたんですの? そういえばさっき、ラトが全速力で駆けている所を見ましたわ。それと何か関係が?」


「…………ぁ、ごめんなさいサラ先生、行かなきゃ……」


 また『声が聞こえた』。

「行かなきゃ」と呟き、通り過ぎようとするシドをサラ先生は肩を掴んで引き留めた。


「今、『観測』しましたわ。貴方、もしかしてベルに会いたいんですの?」


 シドは一回も『ベルに会いたい』など言っていない。だが、何故かサラ先生はその事を一瞬で見抜いた。


「……行けば良いですわ。それが貴方の選択というのなら。……わたくしも人を騙す事には、もう疲れましたの。出口はこの地図のここですわ」


 サラ先生は脱出経路を教えてくれた。

 そしてシドが思っていたよりもあっさりと出口が分かった。エントランスに来てまだ10分も経っていない。


「……ありがとうございます」

「いえ、礼には及ばないですわ。ですがしかし、貴方の『教師』として、また『保護者』として1つ、言いたい事がありますわ」

「? ……何ですか?」

「……いつでも、『諦める』という選択肢を視野に入れなさい。諦めたのなら!いつでもわたくしが、ベルをぶっ飛ばして差し上げますわ!」

「どういう意味……?」

「い、いえ、今のニュアンスは無視して下さい……本当は『いつでも味方になる』という意味で言ったのですが……さ、さぁ、行きなさい。わたくし、今ものすごく恥ずかしいので!」


 シドはサラ先生と別れ、そしてようやくホテルから出る事が出来た。


「……思っていたより、酷い……」


 外にはいつものビルの風景は無く。辺り一面に瓦礫が散乱しており、遠くには煙が上がっている様で、少し焦げ臭い。

 そしてNOAHに『天使』が出現した時に鳴る専用の緊急事態アラートと、『天使』による攻撃の爆発音が常に鳴り響いている。


「誰のスーツケースなんだろう……こんな状況なのに壊れてない……天使が出現したのは、今日? ……もしくは数時間前、襲撃された……?」


 誰かのスーツケースが壊れずにポツンと置かれている事から、それ程に急な襲撃だった事と天使が出現してあまり時間が経っていない事が読み取れる。


 そうは言っても、とにかく周辺は危険だ。

 シドは周辺に『天使』が居ないか注意して、走りながらベルを探す。


「何となくだけど、分かる……ベルがどこにいるかが……」


 シドは聞こえて来る『声』を頼りに走る。

 しかし、次に聞こえて来た声は明らかに別人の声だった。


「──シド!!」

「この声は、ラト姉……!?」


 瞬間、シドは空中に。さっきまでシドが走っていた位置から光速で遠ざかる。

 気が付けばシド、ラトの腕の中に抱きかかえられていた。


「ラト姉!!行かないといけないんだ!!離してよ!!」

「なんで!? どうしたのシド!! シドが起きてから何かおかしいよ!? 『危ないから部屋に居て』って私、言ったじゃん!!!!」

「分かってる!! それでも、『ベル』に会わないと行けないんだ!!」

「……え?、ベルに?どうして……?」


『ベルに会いたい』と泣き喚き、駄々をこねるシドに負け、仕方なくラトは止まった。

 しかし、止まってシドの話を聞いてみたものの、『ベルに会いたい』の一点張り。


 ラトはどうすれば分からず、とりあえずベルに電話してみる事にした。


「……──おかしい、NOAHで『電話が繋がらない』なんて事、ある筈が無いのに……しかも、私の電話にはいつも直ぐに出てくれる筈……あ、そういえば一昨日にベルに電話するの忘れてた……!!」


 その後、何度やってもベルへの電話は繋がらなかった。

 2人姉弟の電話にはいつも直ぐに出てくれるのだが、何故か繋がらない。

 幾らベルがマイペースだからと言っても、これは確実に異常だ。


「ベルは結構寂しがり屋さんだから、私たちが掛けなくても、向こうから電話を掛けてくる筈……。やっぱり、──ベルに、何かがあった……? でも、その事抜きにしても、シドの今日の様子はいつもと……いや、『少し』? いややっぱり『かなり』なのかな……? んー……とにかく様子がおかしい!!」


 と、言ってもベルがどこに居るのか分からない上に、シドの様子がおかしい理由も分からない。

 そこで閃く。


「もしかして!!……ねぇ!シド。ベルがどこにいるか、分かる?!」

「……分かるよ」

「……まぁ、分からないよね。うん。……って、え!?分かるの!?」


 シドの意外な答えにラトは驚いた。


「……多分、『あそこ』だよ、ラト姉。何でかは分からないけど、聞こえるんだ……声が。確証は無いけど何となく、『あそこ』にいるような気がする」


 そしてシドが指を指したのは『魔素樹形階層装置セフィロトスエレベーター』だった。

 それはマナを酸素に変換し、それ酸素をNOAH中に供給する装置とNOAHの各階層を繋ぐエレベーターを同時に担う装置。

 NOAHは1層~4層まであり、現在シド達がいる階層が1層だ。


「……なんで、セフィロトスエレベーターに?……」


 疑問がラトの脳内を錯乱させる。

非常事態こんな時に、ベルが一体どうして、どういった理由で……?』と。


「……本当はお姉ちゃんとして弟を護らなきゃいけない……けど、護れず、シドを事件に巻き込んだ挙句に、(部分的な)記憶喪失までさせてしまった……」


 J.Jがシドを襲ったのは、シドがいじめられていたのは、元はと言えばラトが原因だ。


「その罪は消えない。……でも、少しでもシドの力になりたい……! 護らないと!!」


 ラトはシドの少し虚ろな瞳を見る。

 そして彼女ラトは『シドを護り切る』と決意した。


 ラトはシドの前を少し駆けて、「シド、何ぼーっとしてるの? 行こう!ベルに会いたいんでしょ!?実は私も会いたいんだっ!!ほら、元気出して☆!!」

「あ、うん」

「元気が足りないよ!?笑って!!」

「う、うん!!」

「はは☆よろしい!!早くしないとベルにずーっと会えなくなっちゃうよ!?」


 ラトが楽しそうに笑いながらシドに呼びかける。

 ラトの希望の様な笑顔に呼応する様に、シドの虚ろな目は少しだけ光を取り戻した様だった。


「……、うん、今行く!」


 シドは急いで走り出し、ラトの元へと追いついた。


「──え?何これ」


 突然にラトが空中で止まる。

 ラトが見た光景。それはクレーターの風景街だったモノと──


「ラト姉……上、天使だ……」


 ──人型の天使カイブツだった。


 警報が鳴り続ける中、ラトよりも高い天空ざひょうで、天使は空中からビクともせず、静止、そして不気味な笑いを浮かべながら、機械の様な単眼まなこでこちらを見つめている。


「ッ!シド!逃げ──」


 圧倒的な存在感にラトが危険を感じ、シドに『逃げて』の一言を告げようと一瞬だけ目を離したその瞬間、天使カイブツはそこにはおらず、先程までラトがいた座標に静止していた。

 そしてラトの姿は無く、シドは周囲を見渡しラトを探す。


「え?……あ、れ?──ラト姉は……ッ!?」


 巨大な音がして近くの建物が崩れ去る。建物の瓦礫と共に落ちるラトの姿をシドは見る。


「ラト姉ッ!!!!」

「あぐッ、っシドッッ!!私はいい!!だから逃げて!!」


 シドは背を向け走る。また先程の様な音がしたが、ラトを信じ、後ろを振り返らずに走った。


「はぁッ、はぁッ……ラト姉ッ……!」


 あの天使カイブツは一体、何なのか?とてつもない強さだった。瞬きをした瞬間、ラトが壁にめり込んでいた。

 宇宙人なのか?異世界からの侵略者なのか?シドは正体不明の天使カイブツの正体を探る。


「はぁッ、はぁッ……! もう、大丈夫か、な?」


 シドは、ラトが心配で後ろを向く。

 振り返った先にいたのは『天使バケモノ』だった。

 別個体なのか?先程の天使カイブツとは少しだけ形状が異なっていた。

 その天使バケモノはもう既に攻撃モーションに入って、シドを殺そうとしていた。

 あまりの恐怖で声が出ない。シドは声を絞り出す。


「……ぁ!たすけ、──」


 もう遅い。助けなど来ない。何故なら、既に皆はシェルターに避難をしているから。

 天使バケモノの拳がシドに直撃するまで、


 あと0.8秒──


「避けて!!マジカル☆ミラクル!!キラめく☆プリズム!!最強☆必殺!!プリズム☆ブラスト!!」


 刹那、シドは声が聴こえた瞬間に間一髪でしゃがむ。そのほぼ同時に天使バケモノの上半身を光のビームが大きく貫いた。その光はどこか見覚えのある光だった。


「この光は……ラト姉……?!」


 光のビーム。それは何度も見て、自身の目標として来た、忘れる筈も無い姉の光子操作フォトンエディタと同じ光。

 それを受けた天使バケモノは上半身が消滅し、赤い血の様な液体が大量に噴き出す。

 その天使バケモノは血を噴き出しながら倒れ、光の柱の元をシドは目線で辿る。


「っ、……キミ!大丈夫!?」


「あれ?ラト、姉……だよね?……何そのカッコウ……」


 その格好とは、"女児向けアニメ"みたいな格好でNOAHに定期的に現れる天使バケモノを殲滅したり、"女児向けアニメ"みたいな格好で困った人を助けたり、"女児向けアニメ"みたいな格好で悪い人を懲らしめて事件を解決するというNOAHの都市伝説、『魔法少女プリズム☆ライト』の姿に非常に酷似していた。


「ら、らららららラト姉?!い、一体誰の事かな〜?キミ、誰かと勘違いしてるんじゃないの〜?」


(嘘!?シドにバレちゃってる〜?!)


「ん?あれ、別人?……確かにちょっとラト姉より幼い?かも。……でもおっかしいなぁ顔とかラト姉に凄い似てるんだよなぁ……」


(バレてなかった〜☆)


 魔法少女プリズム☆ライトの容姿は、ラトのシンボルマークの純白の髪やツノはあったものの、シドより高かったはずの身長がシドよりほんの少し低くなっていた。小学6年生くらいだろうか?


「と・に・か・く!!シド!!早くシェルターに避難するんだよ☆」


 そう言って魔法少女プリズム☆ライトは超光速でどこかに飛び去って行ってしまった。


「う、うん……でもなんで僕の名前を……?」


 一方で先程挙げた噂以外に、魔法少女プリズム☆ライトの前では誰でもIQが30くらい下がるという噂もあるらしい。


「まあいいや、ラト姉が戦ってくれてる!今はとにかく早くベルに会わないと!」


 そうしてシドは行方不明のベルに会うためにまたユグドラシルエレベーターを目指して走る。

 しかし、ひとつ気になる事があった。

 それは、シドが走る先に必ずあるモノがあった。


「さっきから、なんでスーツケースが?────」


 刹那、シドの声は途切れる。


 ──シドはスーツケースに飲み込まれてしまった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 天使達の襲撃。それはNOAH各地に甚大な被害をもたらしていた。


 NOAHをドーム状に覆う『魔素Mana超高出力エネルギーPlasmaシールドShield』、通称『M.P.S.マップス』や『魔素衛生直下型レーザー兵器』、通称『神の杖アルマゲドン・サテライト』は、前回までの襲撃で学習され、NOAHの内側に侵入され破壊される。そしてインフラが攻撃され、NOAHの7割程度が被害を受けた。


 その天使達の襲撃に対抗するように、《オートマチック》システムが対空迎撃兵器パトリオットミサイルを飛ばすが、歯が立たない。

 ──だがしかし、希望が全くない訳では無かった。


 NOAH国際学生連合生徒会下部組織:風紀委員会対未確認生物特別戦術課:通称『U.M.A.特課ユーマとっか』。

 様々な事件やボランティアを取り扱う風紀委員の様々な部署の中でも、正体不明の事態を専門に取り扱う特殊な組織だ。


 よく『正式名称が長すぎる』と、SNSにてたまーに話題に挙がる事でNOAHでは有名な組織でもある。

 そして『U.M.A.特課』は今回で史上12回目の出動──


「──おい新人!ナビゲートが遅い!」


 腰に刀を携えた黒髪の女性は数体の天使を上空で斬り捨てビルの屋上に着地後、オペレーターを怒鳴りつける。


「す、すみません課長!周辺1km以内には合計で3体居ます!そのうち1体は、10時の方向300m先に!残りの2体は6時の方向800m先の街中にいます!」


「普段より多いが……、──容易い」


 黒髪は目の前にてんしが居ないにも関わらず居合の姿勢になり、深呼吸をする。心を落ち着かせ──刹那、掌を研ぎ澄まし、刀の先へ『斬る』というイメージを巡らせる。が──


「──うえ〜ん!クロミ課長〜いつもより天使多すぎて大変だよ〜!」


 インカム魔術通信無線装置から鼓膜へと響かせる。その瞬間、黒髪の集中は途切れた。


「……おい、レイティア」


「うげ……やばいかも」


「……ッッ!!貴ッッ様アアアアアア!!!!」


 黒海クロミと呼ばれる女性はレイティアという人物に激怒する。その大声は全ての隊員の耳を攻撃した。


「──おあッ!?、うっせ!!…………っ、はぁ。いい加減にして下さいよ課長。いつまで生徒会長気分で居るんですか?おまけにもうSTAGE4第1位でも無いのに、こんなのに付き合ってたラクさんマジ凄いわ……」


 再度、インカムからレイティアとは違うハッキリと男性と分かる様な声が聞こえてくる。

 その嫌味の声は黒海に呆れ切っており、かなり疲れている様な声だった。


「ぁ、クッッ……こんなはずでは、こんなはずでは無かったのに……クッソおおおおフリィィいいいい!!!!」


 その憎悪に塗れた大声は全ての隊員の鼓膜を破壊した。



 ◇



 生徒会室。未だ激しい攻撃による被害に対応している下部組織への司令や、国連軍への戦術的要請などをしている為、室内は書類で散乱し、着信音等で正に混沌カオス


「──は、は、はくしゅん!!!……ぅぅ寒気がしたな……シド君のお陰で体調は良い筈なのだが……」


「お、珍しいじゃん。カイチョーの可愛いくしゃみ」


「へえ!カッケー最強も結構可愛いとこあんだな!」


 フリーの隣に座るギャルと龍樹が片手に電話を持ち、忙しそうに作業をしながら笑う。


「ち、ちちち違う!そ、それより!今はボクを気にしている暇など無いだろう!!ラクセンパイ!リュウジュ!とにかく今は手を動かすんだ!!手を!!…………ああもう!!ラトと師匠はどこで何をしているんだあああァッ!??」


 フリーは頬を赤らめながら、緊急事態に焦る様に手を動かす。STAGE4さいきょうの上澄み、『第一位の特待生ファーストヴァンガード』の称号を持つ連合生徒会長でも書類からは逃れられなかった。



 ◇



「──はっくしゅん!!ぅぅシドぉ待っててね、お姉ちゃん……じゃなかった。魔法少女、頑張るからね!!」


『コレが終わったらシドとベルに会える!』と想像し、それを力に変えて天使を殲滅して行く魔法少女プリズム☆ライトであった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 薄暗い暗闇。不気味に光る複数の機械装置のLEDは、避難している最中に突然知らない場所にワープし、ただただ状況が掴めず突っ立っているだけのシドを照らしている。


「……は?どこ?何コレ?」


 少年は周囲を見渡すが、シドの近くにはスーツケースがポツンと置いてあるだけだった。

 なんの説明も無く、気味が悪い光景と『ラト姉は大丈夫なのだろうか?』という不安が押し寄せる。


「──ああ、シド……」


 突如、前方の装置が光り、光と闇の比率が変わる。同じく、前方から聞こえた声はどこか懐かしい声だった。シドは声が聞こえてきた前方を凝視する。


「……ぁえ、あっ、あっぁっ会いたかったよぉ」


 そこに立っていたのは────。


「私も、会いたかったさ!シド!」


 ────行方不明のベルだった。


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