第5話 脇役騒動

 一人の少年が、本日からクラウディウス魔法騎士育成学園に通う事となった。しかし、彼はこれからの学園生活に不安を感じていた。


 貴族の親を持つ彼は、両親に勧められるままに試験を受けて見事合格。通知書にはA組と書かれていた。彼は有名な貴族の家ではない為、実力が無ければ落とされていた可能性がある。だから最も成績の良い生徒が選ばれるA組に在籍できる事が嬉しかった。

 しかし喜んだのも束の間、彼は入学試験の時の事を思い出す。

 試験に使われたあのクリスタル。卒業生の両親の話によると最高評価である黑を出す者はほぼ居ないらしい。彼が入学する以前では、2年前の聖剣使い二人が黒く染めたらしくそれ以前は長らく居なかったらしい。

 彼は今回紫色だったが、それでも受験生の中では優秀な方だった。


 彼らを除いては。


 勇者の末裔リオン。彼は世にも珍しい雷の魔法を使ってクリスタルを黒く染め、剣技試験では試験官を開始数分で圧倒してみせた。


 火の聖剣使いルティナ。聖剣イフリートに選ばれた彼女の火魔法は見ていた彼の元にも熱波を感じさせる程に苛烈で、それ以上に剣技試験では豪快な巨大な剣による一撃に心を震わせた。


 水の聖剣使いフィリス。聖剣ウンディーネに見初められた彼女の水魔法は美しく、剣技もまたまるで踊っているかのように試験官を翻弄し、思わず彼は見惚れてしまっていた。


 そして何よりも彼が心を奪われたのは現代の英雄と呼ばれる少女だった。儚い印象を与える見た目から感じる歴戦の実力者の雰囲気には息を呑んだ。全てが黒く染まった基本4属性の魔法の同時発動には目を見開いたし、剣技試験で魅せた双剣による技はとことん実戦向きだがフィリスよりも美しく感じた。彼は貴族だが平民に対する偏見は無い為、機会があれば話してみたいと思った。


 ここまでなら彼も凄い人が居るんだと思うだけだった。世の中には自分よりも強い人、位の高い人、偉い人なんてたくさん居るのだから。そんな人たちと交流できれば儲けものとよく父に言われたので、彼はたくさんの人と話せる機会がある学園が楽しみだった。


 故に――理外の理の権化ヒュース・カルタルト。彼だけは恐怖の対象だった。

 近くで見ていたのに理解できなかった4属性複合魔法。音だけを周囲に響かせてそれ以外は対象であるクリスタルに集中させた見た事も無い魔法。結局空いた穴は底が見えなかったらしく、地属性の魔法で蓋だけをして、硬化、錬金を使い塞がれたらしい。


 そして剣技試験も問題だ。試験官は、なんとかつての中央騎士団の騎士団長を務めた【破壊の剣デュランダル】。歴代騎士団長の中で最も過激な人間で、戦争では敵将を何人も殺して恐れられた鬼の様な存在。彼もまたデュランダルに挑んだが瞬く間に剣を弾き飛ばされて、そのまま強烈な一撃を貰ってしまった。

 だからこそヒュースの異常性を誰よりも感じていた。数多の伝説を持つ騎士が一瞬で戦闘不能に追い込んだあの光景は夢だと言われた方が現実的だ。試験官も何が行われたのか理解できなかったらしく、デュランダルが倒れていた事から試験に合格しただけだ。


 そんな化け物とこれから3年間同じ――考えただけで震えそうになる。



 入学式では主席合格者の一人である火の聖剣使いルティナが行った。

 はっきり言ってダントツでヒュース・カルタルトが群を抜いていたが、学園側が推し測れなかった為、他の4人の中で真面そうな彼女が選ばれたらしい。

 式を終えて教室に向かった彼は、教室内の穏やかな空気にホッと息を吐く。ヒュース・カルタルトも居るが以外にも和気藹々とした雰囲気だ。みんな彼に対してチラチラと視線を向けているが、それでもこれからの学園生活を共にする仲間たちと交流している。


「初めまして。わたくし、リリス・セントゥリアンと申します。これからよろしくお願い致します」


 教室に入った彼はすぐに話しかけられた。そしてその名を聞いて心底驚く。

 セントゥリアンと言えば、カルタルト家と並ぶ名門貴族の名だ。ここ最近はヒュースによってカルタルトの名が広まりつつあるが、それまではセントゥリアンの名の方が上回っていた。

 彼は自分の名を告げて、これからよろしくと伝える。


「ええ。それとヒュース様とも仲良くしてくださいね」


 そう言われて頷きつつも、何故彼女がそんな事を言うのかと疑問に思う。

 すると彼女は意味深にヒュースを見て微笑み、まだ秘密だと笑った。しかしそれだけで彼は彼女の言いたい事を理解した。ヒュースはカルタルト家の人間とは言え、様々な功績を出したとは言え次男である。つまり……。


 彼は言われた通りにヒュースと仲良くするべき、緊張しながらも、彼の元に向かう。

 自分の名前を言い、これからよろしくと告げる。


「……」


 しかし聞こえていないのか、彼は答えない。もう一度自分の名前を言おうとして――。


「悪いが、砂利と戯れるつもりはない。身の丈に合った者同士戯れていろ」


 絶句した。それは聞き耳を立てていた他の生徒達も同じ様で、一瞬教室から音が消える。

 だが、誰も彼に意見する者は居なかった。


 結局教師が来るまでその重苦しい空気は払拭される事なくそのままホームルームに。


「そ、それでは一人ずつ自分の名前と一言お願いします……」


 チラチラとヒュース・カルタルトのご機嫌を伺いながらのその言葉には、情け無いというよりも憐れみを持たれる。


 生徒達は少し戸惑いながらも己の家名を示しつつ、これからの学園生活をより良い物にしたいと愛想良く言った。


「リリス・セントゥリアンです。皆さま、私の事はご存知だと思われますが、どうぞよろしくお願いします」


 先ほどの令嬢の気品なその態度と、他の者に対する意味ありげなその言葉に周りは拍手をしながら視線をヒュースに向ける。そうか、彼女は彼の……。


「で、では、最後にヒュースくんよろしくお願いします……」

「──ヒュース・カルタルトだ。以上だ」

「……あら? 何か一言ありませんのヒュース様」


 己の名を語って早々に黙ろうとした彼に、リリスと名乗った令嬢が問い掛ける。

 教師や生徒たちは彼女のその勇気ある行動に感心しつつもハラハラしていた。

 対してヒュースは──。


「ふっ……一言、か。ならオレから貴様らに言える事は一つ」


 ──砂利と馴れ合うつもりは無い。身の丈あった者同士で戯れていろ。


 それは先ほど彼が言われた言葉だった。しかし今度はこの場にいる全員に向けられた──あまりにも冷たく不遜な言葉。


「──聞き捨てならないな! このカマトゥリーヌ家の嫡男、レオギクスを愚弄するか!?」

「愚弄するつもりは無い。ただ正直な言葉を予め伝えただけだ」

「……っ」


 ヒュースは、自分に向かって不満を顕にした男子生徒を見る。

 途端、彼は顔を青くさせて押し黙ってしまった。


「そもそも、この学園に来たのも父上の面子を保つ為。でなければ、オレよりも弱い者しか居ないこの場に用は無い」

「ヒ、ヒュースくんあまり過激な発言は……」

「事実であろう。貴様はオレを殺せるか? ──オレは貴様を殺せるぞ」

「ひっ」


 殺気すら放っていないのに、彼の言葉だけで場が支配される。


「……傲慢ですわね。しかしこの学園内では全てが平等ですわ。確かに貴方は様々な武功を立て、さらには名門貴族のご子息。最低限の礼儀を教師の皆さまに示す必要が──」

「──ふはっ。この学園が平等? 面白い事を抜かすな貴様」


 失笑と共に、ヒュースが初めて感情を露わにする。途端、先ほどまで喰って掛かっていたリリスは顔を青くさせた。


 あれは……怒りか?


 ヒュースは大きな落胆を隠す事なく、口を開いた。


「この学園が真に平等なら、何故勇者の末裔はこのクラスに居ない」

「……? それは、そうでしょう。彼は勇者の血筋の者とはいえ平民です」

「ああ、そうだな。だが──貴様ら砂利よりも遥かに強いぞ」


 この学園では、1学年A〜Eクラスの5クラスある。

 AとBには貴族の生徒が集まり、成績順にAから入れられる。

 CからEもまた同様で、平民で優れた者はC組となる。


 そして、クラス間において教育や待遇にはハッキリと差が出ており──Aクラスに入った者は将来を約束されていると言えば、この学園の歪さは理解できよう。


「それだけでは無い。聖剣使いがB組なのもおかしな話だ。

……貴様らの親達はどれだけの金を積ませたのだろうな」


 それは、暗黙の了解であった。

 実は既に入学試験の時点である程度のクラス分けはされていたのである。故に剣技の試験では充てられた試験官に実力差があった。


「別に貴様らがこの学園で無為に過ごそうが構わない──だが、身の丈にあった行動は心得てもらうぞ?」


 彼は、この学園その物を否定する言葉を吐き捨てる。

 誰もがヒュースを嫌悪した。思い上がり。傲慢さ。

 しかし言い返せる者は居ない。何故なら──ヒュースは化け物なのだから。


 とんでもない奴とクラスメイトになったと生徒達は辟易とし、この件はすぐに学園中に広まる事となった。

 噂通りの、いや噂以上の──【天上天下唯我独尊】だと。


「……ふふふ」


 しかし一人だけその状況を喜んでいる者が居た事を誰も知らない。

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