第7話 冷血英雄

「ごめん――アンタ、誰?」

「な、な、なぁ……!」


 学園に入学して3週間経った。以前としてファーストらしき人は見つける事ができない。

 そんな最中、オレはある日体育館裏に呼び出された。それも1年上のBクラスの男子生徒に。

 平民で目立っているオレが気に食わないのかと思っていたら……告白された。

 なんでも、以前オレが決闘で倒したAクラスの男子生徒に普段から虐められていたらしい。そこでオレが完膚なきまでに叩きのめした事により、虐められなくなったとか。


「あ、あんなに会話したのにボクの事を覚えていないのか!?」

「……あー」


 そういえば、学食で食事をしていると毎回同席してくる人が居た。

 てっきり思い込んでいたが、どうやら目の前の男子生徒だったらしい。


オレ、人の顔を覚える事ができないから」

「苦手にしても限度があるだろう! もういい! 君がそんな人だとは思わなかった!」


 多分怒っているんだろうな。言葉の節々が荒々しいから。

 オレには分からないけど。


「呼び出してごめんね! さようなら!」

「あ、待って」


 立ち去ろうとした彼だが、オレが呼び止めると足を止めてくれる。


「な、なに?」

「アンタの戦闘スタイルは双剣?」

「~~~! この前答えただろ!? 槍を使っているって! もう顔も見たくない!」


 彼は叫ぶだけ叫ぶとそのまま走り去っていった。

 ……そうか。もう既に確認した相手だったのか。しかし、困ったな。彼の名前はなんて言うのだろう。


「ティーダ・キルバスだよ」

「……誰?」

「おれだよ。クラウスだ」


 物陰から出て来た男子生徒……クラウスが呆れたように肩を竦めながら、先ほどの男子生徒の名前を教えてくれた。早速オレはメモ帳を取り出し名前を書き込んでバツ印を付ける。

 そんなオレの様子を見ながらクラウスはため息を吐きながら嘆きの言葉を吐いた。


「やれやれ。罪深い女だよファースト。これで10人目じゃないのか? お前にアタックして玉砕した男子共は。全員、そこそこ女子人気あるんだぜ? まっ、おれ程の色男じゃないがな?」

オレからしたら全員大差ない。お前含めてな」

「相変わらず手厳しい」


 それよりも。


「言った筈だ。もうオレに関わるなと」

「だったらこっちも何度だって言うぜ。おれたちはお前を諦めない」

「……」


 思わずため息が出る。オレの元にはお人好しのバカしか集まらないのか? ……だからオレはあの時、ファーストに救われたんだけど。


「それはそれとして、お前さんあまり評判よくないぜ」

「何故?」

「当たり前だろうが! 双剣使いの男を見つける度に決闘を申し込んで! さらに負けたら「自分を好きにして良い」だ? 少しは自分を大切にしろ!」


 そうは言っても仕方がないだろう。オレに残っているのは戦闘技術……つまりこの体だけだ。だからもし負けた場合は何でもする予定だった。実際に何をしても良いのか? と聞かれた時にそうだと答えたが。


「それがいけねぇんだよ! 羨ましい!」


 クラウスは何を怒っているんだ……? 文句を言われる筋合いはない筈だ。

 今のオレが、彼を探し出せる唯一の情報は双剣使いである事だけだ。この3年間、彼との旅路を辿ったが再会する事は無かった。


 もっとも……こんな穢れた体で、彼と再会しても良いのか? という葛藤はある。

 しかし、それ以上に――最期に一目会いたい。褒めて欲しい。抱き締めて欲しいと思うのは……オレの精神がまだ子どもだからだろうか? もしくは、何十年も繰り返して壊れたか――今となっては分からない。


「……それで」

「それで?」

「わざわざ趣味の悪い事をしていたんだ。オレに何か用事があるんだろう?」


 あまり告白現場の覗きはしない方が良いと思う。

 オレが訪ねるとクラウスは押し黙った。どんな顔を浮かべているのかは分からないが……何か言い辛い事だろうか。


「はぁぁぁぁぁああ……何でおれは、お前を……」

「……? 用が無いなら行くぞ。授業に遅れる」

「はいはい。やれやれ……ロデュウ。おれたちに勝ち目は無いぞコレ」


 一人ブツブツと呟くクラウスを置いて、オレは教室に戻り授業の準備を行う。

 次は……Aクラスとの実技授業か。


「Aクラス……」


 Aクラスと聞いて、思い出すのはEクラスと行われたという実技授業。

 あの授業では覇王と……アイツが出ていた筈だ。

 目立ちたがり屋で自分が大好きなアイツは、オレたちよりも有名な覇王に挑むと思ったけど、どうやらしなかったらしい。


 やっぱりそういう人間なんだなアイツは。……それなのに、なんでお父さんは――いや、もう今更か。


 それよりも気になるのはあの覇王だ。

 人工魔剣を使っている様子が無いのに、人並外れた魔法の力。いや、もっと凄いのは魔法の制御か。本来なら広範囲に放つ魔法を一点に集中させて、周囲に及ぼす力すら逆転させていた。音が漏れていたのは……まだ未完成だからか?

 そして何よりも傍目から見ても洗練されていると分かる剣技。あの一瞬で試験官の急所を20回も当てていたのは、はっきり言って人間技じゃない。死なない様に手加減しているし。


 前の世界でも見た事のない強さを感じた。おそらくファーストよりも……悔しいけど……。

 もし彼が双剣使いだったら――いや、あそこまでの領域に辿り着くにはオレと同じ様に何かを捨てる必要がある。呪われていないみたいだし、多分魔法と剣技の修行を死ぬ気で頑張ったんだろう。


 だから理解できなかった。彼が【悪役貴族】と呼ばれている事に。

 なんでも、同じクラスメイトに酷い事を言ったり、実技授業で必要以上にEクラスの生徒を虐めたとか。……オレは信じていないけど。だって言い出したのアイツっぽいし。でも根も葉もある噂だから、みんなだいたい信じている。


「……良い機会かも」


 正直噂には興味が無い。覇王の人相についても。

 ただ確かめたいだけだ。彼がファーストである可能性を。


 校庭に出て教師のいつも通りの説明を聞く。その最中、ヒソヒソとオレに対する声が聞こえた。


「アレが双剣漁り?」

「そうそう。強い双剣使いを探しているらしいですわ」

「自分の身体を餌に男をとっかえひっかえ。イヤらしいですわね、現代の英雄さまって」


 ……? よく理解できなかった。


「それでは、組み合わせですが……」


 教師が予め決めていた対戦カードが発表される。

 オレの相手は多分Aクラスの女子生徒だ。Cクラスでは聞いた事のない名前だし、リリスって名前で男の可能性は低い。


「よろしくお願い致しますわ、英雄様。本日は胸をお借り致します」

「分かった」

「ふふふ。私が殿方でなくて、がっかりしましたか?」


 クスクス、と周囲から小さな笑い声が聞こえるし、さらに目の前の相手がなにか言っているけど、オレはコイツに興味は無い。

 女だし、身のこなしからしてオレよりも弱い。

 何も言わずに黙っていると、相手から一瞬怒気を感じるが無視する。無駄な時間だ。


「それでは――始め!」


 審判役の教師が開始の合図を出し――瞬間、オレは持っている木剣で相手の剣を弾き飛ばし、もう片手の木剣で胴体に叩き込んで5m先まで叩き飛ばした。


「い、ぎぃ――ぁああああっ!」

「や、やめ! 勝者ファースト! ……おい、セントゥリアン! 大丈夫か!?」


 教師が慌ててオレの対戦相手に駆け寄り、水魔法で回復させる。

 骨に罅が入っているだろうけど、魔法ですぐに治る程度には手加減している。

 先ほどまで笑っていた女子生徒たちは一瞬で押し黙り、オレが視線を向けると怯えた様に後退った。


 悪意を向けるなら、死ぬまで向けていれば良いのに。

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