第2話 噛ませ役と踏み台役
――コンコン。
そろそろ寝る時間になった頃、扉を叩く音が響いた。
ベッドから起き上がり、入り口を開けると……。
「あ、あのヒュースくん……私……!」
「……」
そこには学園の天使様が居た。漏れ出そうになるため息をグッと堪える。
オレは無言で中に居れる。気配から周りには誰も居ない。
とりあえず、椅子に座った目の前の学園の天使様にジッと無言で視線を送り、さっさと用件を話せと圧力を掛ける。
すると、怯えた様子を見せながらも口を開いた。
「私、謝りに来たの。あんなことになるとは思わなくて……」
「……」
「でも、私……ヒュースくんの事は本当に好きなの! だから――」
「舌を引き抜くぞ――第三王子クレス・オスティア」
「……あ? バレてた?」
先ほどまでの聖女の様な演技を辞めて、彼はパチンッと魔法を解く。
すると髪は金色に、瞳の色は銀色へと変わる。
そのまま彼は水魔法で化粧を落とし、机に置いてあるタオルで顔を拭った。勝手に使うな。
すると少女の顔から少年の顔に……顔に……なってないな。元から美少女フェイスだ。
「変装していたのに正体が分かるだなんて、やっぱりヒュースくんボクの事好き過ぎでしょ!」
言ってろこのカスが。
それにしても――何で嚙ませ男の娘王子が
オレは、処理しきれない情報に思わず額に手を乗せる。原作崩壊し過ぎだろう。
クレス・オスティア。性別は男だが、作中屈指の美少女の見た目をしたクソガキである。
何故クソガキなのか? それはコイツのせいで原作主人公はE組に入れさせられ、闇の聖剣に目覚めた後も王命で無茶ぶりされ、終盤には私情から国家反逆罪として捕らえようとして……最後は自分が国外追放される嚙ませキャラだ。
クレスは勇者と聖剣嫌いな性格で魔法至上主義者だ。故に魔法を使うのが苦手で聖剣に選ばれた原作主人公の事を物凄く嫌悪していた。最も、そこには捩じり曲がったコンプレックスが原因だが。
そしてこの世界ではオレと出会い、色々と関わったのだが……成長したけど根底の部分は変わっていないっぽいんだよね。勇者と聖剣嫌いは相変わらずみたいだ。証拠に原作主人公E組だし。あの強さでE組に入れられる筈が無いんだわ。
「それで。わざわざ女装までしてこの学園に何の用だ」
「君に会いに来たって言ったら、ドキドキする?」
「虫唾が走る」
……普通さ、こういう学園物ってお姫様が男装して身分隠して編入するものじゃないのか? 何で逆転してんだよ。
なまじこいつ自分の可愛さを理解しているから腹が立つ。
『ああ……嘆かわしい』
そしてテレシアの子孫であり、さらにはなんと彼女の生前の容姿と瓜二つらしい。
だからクレスの言動にテレシアは脳を破壊されて、彼と出会う度に光の聖剣の名が泣くくらいに落ち込む。
『これが私の子孫……これが遺された王家……』
『元気出せテレシア』
『童貞の貴方には分からないわよ! この気持ち!』
『ぐはっ』
光と闇のバトル勃発させないでくれない? 闇陣営が一方的にボコられているけど。
しかしテレシアがまさかクレスと同じ姿だとは思わなかった。見た目は良いからエチチな同人誌だと女にされてあんな事やこんな事されたりする。男のままでもされる。
『セクハラよマスター』
……確かにそうだな。ごめんなさい。
それはそれとして。
「全く酷いなぁ。本当に君ってボクに辛辣だよね?」
クレスは口元を手で抑えて体を震わせる。そして、
「そんなの……そんなの……興奮するじゃないかぁ!」
「……はぁ」
思わずため息が出た。あとテレシアからメチャクチャ凹んだ気配を感じる。ご愁傷様。
クレスは原作では自分の事が大好きな人間だった。どんな美少女よりも可憐な姿を鏡で見てはうっとりし、毎日自分に似合う服を血税で買いまくる。
愛される事を当然だと思い、好かれるのはこの世の当然の摂理だと考え、可愛いという言葉はクレスの為にあると心の底から想っていた。
……だからオレは目を付けられたんだろうなぁ。
「君は本当に面白いよヒュースくん! ますますボクの物にしたくなる!」
「……」
簡単に言えば、オレはこの化け物に狙われている訳だ。性的に。存在的に。被食的に。
その為には何でもするんだよなコイツ……。一度オレを罪人扱いにして城に幽閉しやがった。オレの家族を人質にして。
それにキレたオレは玉座でクレスをボコボコにし、現国王にこれ以上被害を与えるのならこの国自体を滅ぼすと脅した。元々クレスに甘く、言われるがままに原作主人公に理不尽な事をしてたからな。あそこで釘を刺せたのは良かった。
でも結局、コイツはオレを狙い続けているけどね!
「それで、本当の用件はなんだ?」
「やれやれ。君はせっかちだなぁ。ボクとのお話を楽しまないのかい?」
「いいから早く言え」
テレシアさん、後もう少しの辛抱ですよ! 頑張ってください!
オレの光の聖剣の為にも、自分の尻の為にも、さっさとコイツを追い出したいのだ。
「──ボク直属の諜報機関が、この王都に人工魔剣がばら撒かれた情報を得ていたんだ」
「……!」
「その数は26。下手人は【天魔の狂気】──」
なるほど、魔王が言っていた件か。そして今回の黒幕は終盤の学園編のボスか。また原作と違った展開になって来ているみたいだ。
「──を、殺した誰かだよ」
「──何だと」
……驚いた。まさか既に死んでいるのか、原作主人公の仇。
天魔の狂気とは、勇者エルドとその妻マリアンを殺した人工魔剣使いだ。仲間を集めて魔王たちに対抗する為に修行していた彼らの前に現れたその男は、多くの人工魔剣使い達と共に王都を暴れて城を占拠する。
その時にクレスは、これまでの主人公へ行いの報いを受けるかの様に魔獣に変えられて死んでしまうのだが……。
「何か他に情報は無いのか?」
「男である事と……人工魔剣に刻み込まれた魔法は【F】から始まるくらいだね」
……ほぼ情報が無いな。
それにしても……相当強いなその人工魔剣使い。天魔の狂気が持っている人工魔剣には【ユートピア】と呼ばれるチート級の魔法が刻み込まれていた筈。普通に戦って勝てる相手ではない。
しかし、何故クレスはこの学園に潜入したんだ?
そんなオレの疑問を感じ取ったのか、彼は答える。
「ボクがこの学園に来たのは、今回の黒幕が此処に居ると推理したからさ」
「推理だと?」
「うん。先ず天魔の狂気が殺害されたのはこの王都だ。つまり、この王都で何かしようとしてた」
多分その辺は原作と同じ理由なんじゃ無いかな。国王になって理想郷を作りたいという欲望の暴走。それが終盤で明かされる天魔の狂気の願いだったし。
「でも殺されて……人工魔剣をばら撒き始めたんだよ──合格通知が配られる日にね」
「偶然じゃないのか?」
「そうかもしれない。しかしその男は知っていた筈だよ──君含めた若くて実力のある子どもがこの学園に通う事を」
──! なるほど。それを事前に知ることができるのは学園の関係者って訳か。
「加えると、この学園に通う年頃の少年少女は人工魔剣と相性が良い。可能性に満ち溢れて、願いや欲望で過ちを起こしやすく、自分の魔法を知らない」
そう言われると、確かに……と納得してしまう。
まだ子どもの精神が、人工魔剣の精神汚染に勝てる訳ないからな。もし魔獣化前提でばら撒いているのなら、優秀な魔法剣士の卵はうってつけって訳だ。
しかし解せないのが……。
「何故貴様が動く」
「……」
「中央騎士団に任せれば良いだろう。王族のする事ではない」
オレは原作抜きにコイツのことを良く理解している。自己愛に溢れ、他者は二の次。正直国民の事なんて道具程度にしか思っていないだろう。
しかし、自分の力をよく理解して弁えている。自分は王族だという事を誰よりも自覚している。
人工魔剣使いなんて、オレの世界で言えばテロリストだ。それを王族自ら捕まえようだなんて正気の沙汰じゃ無いだろう? そしてコイツはその辺りをしっかり理解している筈だ。第三王子で継承権が低いとはいえ、死んで良い訳がない。
だから、彼が此処にいる事がオレは理解出来ない。
「君がこの学園に入ると聞いて思い出したんだ。ボクに話してくれた【役割】を」
そういえば口を滑らして、話してしまったんだっけ。
どうせ興味無いから忘れるだろうって思ってたのに、とんだ誤算だ。
「だからかな? ボクも自分の役割を果たすべきだと、そう思ったんだ」
「それが人工魔剣か?」
「うん。だってアレはボクが作り出した物だし──ケジメは付けないとね」
……クレスは魔法が苦手だ。だからそれを補う為に作ったのが今の人工魔剣。しかし原作でもこの世界でもその存在は認められていない。何故なら人を獣に変えて狂わせる副作用があるのだから。
本来ならこんなものを作ったクレスは処罰される筈だけど、王族だから許された。隠された。無かった事にされた。
つまり……贖罪なんだろうな。そして、原作のクレスだと到底信じられない行動だが。
「変わったな」
「……ふふん! 何を当たり前の事を! ボクは常に進化するのさ! 美しく、尊く、何より可愛くね!」
やっぱり変わってないかも。
それで? オレはどうしたら良いんだ?
「うん。とりあえず極力関わらないで欲しいかな! 君が居ると全部メチャクチャになるし!」
やっぱりコイツはクソガキだわ。
ぷーくすくすと笑いながらオレを煽りやがる。オレにこんな事できるのコイツくらいだう。
「悪いが確約はできん」
「えー。まぁ君なら仕方ないか」
許してくれ。原作でも人工魔剣事件にヒュースは度々首を突っ込むから……。それに既に2件巻き込まれているし。
学園で事件が起きるのなら、おそらく原作主人公も巻き込まれる筈。ならばライバルキャラとして無関係で居られないのだ!
それはそれとして。
「そろそろ帰れ」
「えー! こんな暗い時間にボクを一人にするのー? ──と・め・て?」
オレはクレスのケツを蹴飛ばして部屋から追い出した。その時にイヤらしい声を出されて悪寒が走った。勘弁して欲しいよ。
次の日、オレは二人の美少女を罵って泣かしたとしてより一層【悪役貴族】と呼ばれる様になった。こんな原作補填ある???
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます