FOOD

料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)第12回

あなたのそばにもいる「好きだけども憎い」同性の友人を思い出す『リアル・ペイン〜心の旅〜』【ミニレシピ付き】

  • 今井 真実

2025.01.31

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Yummy!

今月のミニレシピ

心を癒すもちもちじゃがいものパンケーキ

今井真実さん 心を癒すもちもちじゃがいものパンケーキ

皮を剥いたじゃがいも、玉ねぎ1/2個をフードプロセッサーで潰します。(無い方はすりおろしで大丈夫です)そこに小麦粉大さじ2と、溶き卵1/2個分を入れてよく混ぜます。フライパンにオリーブオイル大さじ2を入れて熱して、生地を丸く流し、表面に塩を振ります。カリッと香ばしく焼き目がつくまで両面焼きます。

ホロコーストの生存者である祖母の歴史を巡るツアーに参加する、いとこ同士の男性2人

家族だからこその距離。自分の人生を進むための痛み。成長の過程で、私たちはどんなに近くにいる存在でも、ひとりひとり違う人間なのだということがわかってしまいます。関係性を維持するために、「なぜ、どうして?」という疑問を空気を読んで飲み込み、その度に心の擦り傷は重なり、消えない跡になっていくのです。

映画『リアル・ペイン〜心の旅〜』は、複雑な事情を持つ男性2人の物語です。40代に差し掛かったデヴィッドとベンジー。彼らは最近疎遠にはなっていたものの、幼少期からとても仲の良かったいとこ同士です。2人が愛し慕っていた祖母の遺言に従い、彼女の故郷であるポーランドを旅することから映画は始まります。彼らの祖母はホロコーストの生存者。ポーランドの悲しい歴史を巡るツアーに2人は参加して、個性的なツアーメンバーとともにアウシュビッツやユダヤ人の墓地を訪れます。そこでは迫害されたユダヤ人が経験した恐怖の跡はまだ色濃く残っていました。

リアル・ペイン
『リアル・ペイン~心の旅~』1月31日(金)TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

ツアーの参加者たちは共に過ごすうちに、歴史の痛みと、現在の彼ら葛藤が複雑に絡み合い、自らの心の傷と向かいあうことになるのです。

あなたのそばにもいませんか? すれすれの露悪的なジョークを飛ばし、まわりをヒヤヒヤさせながら、でも常に人々を虜にしてしまう人

デヴィッドは自分に自信がなく、心配性で慎重な性格です。対称的にベンジーはまるで子どものように自由奔放。チャーミングで、関わった人々は彼のことを特別に思うほどの人たらしです。しかし、彼の発言はいつも屈託がなく、良くも悪くもまるで空気を読みません。そのためデヴィッドは、ベンジーの発言や行動のフォローをいつもしなくてはならず、ベンジーのせいでみんなが気を悪くしていないだろうかとツアー中終始神経をすり減らします。

しかし自分がどれだけ気を遣っても、ベンジーがデヴィッドに感謝をするわけでもなく、それどころか、ツアーの参加者たちはベンジーのどぎつい行動に慣れて、彼に心酔する人も。トラブルは無いに越したことはありませんが、デヴィッドの気苦労は報われません。そんな虚しい思いを、今までも彼は経験してきたのでしょう。

ところで、あなたのそばにも、ベンジーのような人っていませんか? 私のまわりにも、彼のような人がいたなあと苦い思いが込み上げました。私の場合は女友達。ベンジーのようにすれすれの露悪的なジョークを飛ばし、まわりをヒヤヒヤさせながら、でも常に人々を虜にしてしまう。もういやだと思いながら、彼女を勝手に心配して、彼女に好かれたいと思ってしまう。

だから、この映画を見た時に、「アメリカにもこんな人がいるんだ! しかも男性同士でもこういう関係性があるのだ」と驚いてしまいました。デヴィッドを演じたジェシー・アイゼンバーグも、ベンジー役のキーラン・カルキンも「実際にまわりにこういう困った人っているよね」と答えており、だからこそキーラン・カルキンは役作りがとてもスムーズだったそう! ちょっと面白いエピソードですよね。

『リアル・ペイン〜心の旅〜』撮影中のオフショット。デヴィッド役にして本作監督・脚本も手がけたジェシー・アイゼンバーグ(左)と、ベンジー役のキーラン・カルキン(右)。©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

しかし彼らは「いとこ」であり、あくまで友人ではないので、性格が合わないからって縁を切るわけにはいきません。その関係性は家族愛で繋がっているのです。

子どもの頃から成長した二人は、変わらず仲は良いものですが、どことなく噛み合いません。親戚同士であるので、お互いのことをよく知っているはずなのに、そのなんとも言えない「ズレ」が絶妙でちゃめっ気たっぷり。思わず笑ってしまいます。重い題材であるはずのストーリーと、くすっとする力の加減の対比が素晴らしい。そして、全編を彩るのはポーランド出身の音楽家ショパンの名曲の数々。ピアノの音色と美しいポーランドの街並みが重なり、軽やかで心地いいのです。



人は手に入れたものより、手に入れるために自分が行った「過程」があってこそ、自信を持てるのかもしれない

デヴィッドはもう立派な大人です。アメリカに帰ったら、彼は成功者。大都会ニューヨークに住まいがあり、愛する妻と子どもがいて、IT業界で仕事をしています。子どものときのように人見知りでもなく、社交的に振る舞うこともできます。彼は努力をして今の幸せを手に入れているのです。しかしポーランドの旅で、いとこのベンジーと久しぶりに再会して、自由な空気をまといに人々を魅了してしまう彼に、複雑な感情を抱きます。

好きだけども憎い。彼のことを愛しているけれどいつも振り回されて、自分だけが疲れ切ってしまい、損をしているよう。デヴィッドは自分自身の成功に満足してるけれども、ベンジーのようなキャラクターには決してなれません。しかしながら嫉妬の感情はあるものの、デヴィッドは心から彼の幸せを願っています。破滅的なベンジーがもどかしいのです。

リアル・ペイン
©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

一方、ベンジーはいくら人々を魅きつけても、それが自分の長所とも思っていません。彼の努力で手に入れた能力ではないので、自分の魅力についてなんの手応えもないし、ありがたい力だとも思っていないようです。

ベンジーはユーモアたっぷりで発言も力強く、みんなを巻き込んでいく行動力もありますが、どこか虚無の空気が付きまとっています。生まれながらの魅力は、努力しても身に付くものではありません。しかしながら人は手に入れたものより、手に入れるために自分が行った「過程」があってこそ、自信を持てるのかもしれません。それはそれで皮肉なものだと思いました。

ポーランドの食べ物は「全部酸っぱい」?  じゃがいものパンケーキは、仕上げに酸味を効かせた水切りヨーグルトをトッピング

さて、本作の中ではいくつか食事をする印象的なシーンがあります。そういえば、日本でポーランド料理ってあまり見かけませんよね。アメリカ人の彼らにとっても珍しいもののようです。街中を歩いている時、二人の会話でポーランドの食べ物の特徴として「全部酸っぱい」という話をしています。そのときのデヴィッドとベンジーは幸せそうで、戯れ合うような二人の会話は、まるで子どものおしゃべりのように無邪気でした。

リアル・ペイン
©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.

痛みや傷を抱えながらも生きていくこと。それを時折癒すのは、切っても切れない面倒くさい関係だったり、おいしい食べ物だったりするのかもしれません。ああ、いつか、私もポーランドに行ってみたい、と思った、心に残る美しい映画でした。

今回ご紹介したレシピ「プラツキ・ジェムニャチャーネ」は、じゃがいものパンケーキ。デヴィッドとベンジーの会話に従って、仕上げに酸味を効かせた水切りヨーグルトをトッピングしました。しかし、このお料理、パンケーキと言いながら味わいはハッシュドポテトにかなり近いです。

メープルシロップをかけずに、ソーセージを添えたり、このままお塩をもっと効かせて、ケチャップをかけると一気に馴染みのある味になります。たまたま、遊びに来ていた息子のお友達に作ったら大好評! とっても簡単なので、ぜひ作ってみてください。

(『料理家 今井真実の「食べたいエンタメ」(ミニレシピ付き)』は毎月最終金曜日更新です。次回をお楽しみに!)


Staff Credit

撮影(料理写真)/今井裕治

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今井 真実 Mami Imai

料理家

レシピやエッセイ、SNSでの発信が支持を集め、多岐の媒体にわたりレシピ製作、執筆を行う。身近な食材を使い、新たな組み合わせで作る個性的な料理は「知っているのに知らない味」「何度も作りたくなる」「料理が楽しくなる」と定評を得ている。2023年より「オージービーフマイト」日本代表に選出され、オージービーフのPR大使としても活動している。既刊に、「低温オーブンの肉料理」(グラフィック社)など。

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