特別企画

「火の鳥」展監修の生物学者・福岡伸一氏と手塚るみ子氏が登壇した記者発表会をレポート

“漫画の神様” 手塚治虫氏がライフワークと定めた未完の作品「火の鳥」を生物学から読み解く──

【手塚治虫「火の鳥」展】

会期:2025年3月7日~5月25日

会場:東京シティビュー

開館時間・入館料:未定

 2025年3月7日から5月25日にかけて、六本木ヒルズ・東京シティビューにて開催予定の「手塚治虫『火の鳥』展-火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡=宇宙生命の象徴-」。

 「火の鳥」は、言わずと知れた“漫画の神様” 手塚治虫氏が自身のライフワークと定めた作品。その血を飲んだものは永遠の命を得るという伝説の鳥"火の鳥"を追い求める、過去と未来、様々な国や立場の人々の葛藤を描く一大傑作長編となっている。

 「火の鳥」展の概要が明らかにされた記者発表会では、本企画展の監修を担当する生物学者・福岡伸一氏が登壇。この記事では、福岡氏が「火の鳥」に向けた想いや企画展の構想を語り、また手塚治虫氏の実娘であり、手塚プロダクション取締役・手塚るみ子氏との対談も実現した記者発表会の模様をお伝えしていく。

登壇した手塚るみ子氏(左)と福岡伸一氏(右)

底流に流れている「イジめられっ子の気持ち」に共感した福岡伸一氏

 MCの紹介で登場した福岡氏は、始めの挨拶で手塚治虫作品を愛読書としていた自身の少年時代を回想。「(手塚治虫氏を)神様のようにリスペクトしていましたし、『火の鳥』も新刊が出るたびにワクワクしながら読ませていただきました。手塚さんは戦争中の軍国主義に苦しめられ、昆虫の美しさに魅入られた人。私も人間の友達がいない孤独な少年でしたので、作品の底流に流れているイジめられっ子の気持ちがよくわかったんです」と自身の見解を交えながら、手塚治虫作品が身近な存在だったことを語った。

 そもそも本企画展の監修を、なぜ生物学者である福岡氏が担当することになったのかという経緯については、「火の鳥」は”生きるとは何か、死ぬとは何か”をテーマにした作品であり、「生きる」ということを同じく研究し、動的平衡理論を提唱している福岡氏とのつながりがあったこと、福岡氏は2025年に開催される大阪万博のプロデューサーであり、手塚治虫氏も1970年の大阪万博で「フジパン・ロボット館」をプロデュースしていたこと、加えて福岡伸一氏、手塚治虫氏とともに無類の昆虫好きであることなどが挙げられた。

「エントロピー増大の法則」に抗う生命がテーマ

 本企画展の副題にある「火の鳥は、エントロピー増大と抗う動的平衡=宇宙生命の象徴」については、「難しいことを言って、みなさんに『なんだろう』と興味を持ってもらおうとした」と語る福岡氏。続けて「宇宙の大原則として、形あるものは滅びる、秩序は崩れていくというものがあります。これを『エントロピー増大の法則』と言い、生きているだけで部屋が汚くなったり、ゴミが溜まるのもそうです。

 生命現象が、この原則と一生懸命に戦っている。この原則を先回りして壊して、必死に戦うのが生命。しかし『エントロピー増大の法則』は宇宙の絶対法則だから、凌駕することはできない。生命は必ず倒されてしまうのですが、死んでも終わりではない。命は流れの中にあるという動的平衡の生命論を象徴する媒介者が火の鳥なんです。マンガのなかではそれをコスモゾーンと呼んでいますが、それをこの展覧会で読み解きたい。世界中で戦争や分断があるなかで、命の意味を捉え直すことが大事だな、という想いを込めています」と話した。

 発表会では、本企画展の概要に先駆けて公開されていたキービジュアルについても改めて紹介があった。「火の鳥」が連載された雑誌「COM」に掲載された絵柄・色にインスパイアされたというキービジュアルは、グラフィックデザイナー・佐藤卓氏が担当。チラシとして印刷されたキービジュアルを丸めると、上部と下部の赤色の部分がつながる仕掛けになっており、火の鳥が象徴する輪廻を表現しているという。

 感想を求められた福岡氏は「流石、佐藤卓といった感じで、シンプルながら訴求力のあるビジュアルだと思いました」とコメント。また、火の鳥の足元に転がる、何かを包み隠した白い布については「おそらく(手塚治虫氏)自身の遺体。そのそばに火の鳥が立っている。命は例え生きた時間が短くても、意味がないことにはならない。その意味はどこにあるのかを象徴した絵であり、ここに込められた最期のメッセージを読み解けるのではないか」と語り、本企画展を開催する意義を再確認した。

3章構成の企画展、鍵は「センス・オブ・ワンダー」

 ここからは、展示会場の構成やそのデザインについて公開。「火の鳥」の世界観を魅せるというプロローグ空間は、企画展のテーマとなる「動的平衡」のイメージを、ウェブデザイナー/インターフェースデザイナー/映像ディレクターとして活動する中村勇吾氏が映像作品として出力。同氏の印象に残っている漫画のコマをザッピングするように見せていく空間の中央には、数多の光の粒子が集まって火の鳥を構成し、飛び立っていく姿が描写される予定だという。

 このプロローグ空間に加えて、会場は「【第1章】生命のセンス・オブ・ワンダー」「【第2章】読む!永遠の生命の物語」「【第3章】未完を読み解く」の3章構成になるとのこと。第2章では手塚プロダクション協力のもと、「火の鳥」主要12編・800を超える展示を展開。なかには手塚治虫氏の手による原画も登場するというから見逃せない。第3章では、手塚治虫氏がついに描くことができなかった「火の鳥」現代編の内容を福岡氏が予想するセクションとなる。また会期中には、ゲストを招いたトークイベントなども予定しているとのこと。

 会場の構成が紹介された後、福岡氏は第1章に記された「センス・オブ・ワンダー」が本企画展の鍵になると説明。「元々はレイチェル・カーソンの著作から有名になった言葉ですが、『Feel first,Learn later』、感じることが先であり、命に対する畏敬の念が原点にあります。手塚治虫少年の原点は、戦争中の抑圧的な世界で、虫と出会い、その姿を描き写すこと。そのイメージの延長線上に『火の鳥』がある。歴史的な証言や資料から、その原点を示していきたい」と語った。

「火の鳥」とは手塚治虫そのもの

 ここからは、手塚るみ子氏も参加してのトークセッションパートへと突入。MCから提言された話題に対して、それぞれが回答するという形で進行した。

──「火の鳥」連載開始時にはおふたりとも生まれていない。長い間愛される魅力とは?

手塚氏:ふたつの側面があると思います。ひとつは普遍性。「命とは?不老不死は起こり得る?」と、人間にとっての普遍的な問いが描かれています。その一方で、読み継がれるには読者に個別に訴えかける問いかけも。「この物語は、実はあなただけに描かれている」という面も必要です。

──おふたりとも、一番好きなエピソードは「鳳凰編」とのことですが?

福岡氏:我王や茜丸の苦悩が、これから何者かになる少年の心に突き刺さりました。“イジめられっ子”の神様である手塚先生は、どこに救いがあるか、どの扉にあるのかを教えてくれました。

手塚氏:茜丸は作家としての手塚治虫が、我王は「こうありたい」という想いが反映されているように思います。また、絵のインパクトが残ります。とてもダイナミックに描かれている。「火の鳥」を最初に読んだ時はショックが大きかったのですが、成長とともに見えてくるものが変わってくる。これも読み継がれる要素になっていますよね。

福岡氏:本当にその通りで、展示会の監修をするにあたって読み返したんですが、この歳になって分かったこともありました。見方が変わるということは、自分が変わることだと。

──福岡さんと手塚さんは今回が初対面とのことですが、企画展はどのようなものになると思いますか?

手塚氏:これまでにやってきた展覧会は美術的なアプローチが多く、最初は学者さんがどのように手がけるのだろうと疑問に思いました。その後、(福岡氏が)手塚治虫と近いところにいらっしゃることがわかり、理学的に読み解くなかで「火の鳥」が描こうとしたものがわかるのではないかと。着地の方向が楽しみです。

福岡氏:そのように言っていただけて、大変光栄です。ご期待にそえるよう頑張ります。少年時代に昆虫を通して世界に触れると、表現者として変になっちゃうんですよね。同時に、「美しさ」が何であるかにも気づく。小さな生命を通して美醜の感覚ができて、美しいか美しくないかでモノを判断するようになる。端的に言うと、必要なものが美しい。二酸化炭素自体は循環するものであり、毒でもゴミでもない。原子力発電は二酸化炭素を出さないけど、美しくない。核廃棄物を出すということは、まさにエントロピー増大の法則そのもの。「火の鳥」には美醜の感覚が通底していて、(手塚治虫氏が)どのように世界と接近したかを感じます。

手塚氏:「火の鳥」でも、自然界のなかでは美しさを、戦争や永遠の命を求める者は徹底的に醜く描かれていますよね。子どもの頃は怖い作品だと感じました。

福岡氏:その通りで、死は怖いものだけど必ず訪れる、直視しないといけないものとして描いています。人はどんどん死ぬ。猿田みたいなキャラクターは歴史上に何度も現れるし、死を遠ざけず引き受けています。

──「火の鳥」は手塚治虫のライフワークでしたが、おふたりのライフワークは?

福岡氏:生物学者なので、「生命とは何か」という問いに答えたいですね。私が携わっている学問という分野は、あらゆる問いに言葉で応えます。「動的平衡」という言葉をもっと解像度高く、生命はなぜ登り返そうとするのか、その努力の実態をオカルトや神様に頼らずに表現したい。

手塚氏:手塚治虫の娘として、手塚プロダクションの役員として、新しい世代に作品が読み継がれるよう仕掛けていかねばと思っています。そのためには、ある意味で原作を壊したり、改変するところもあるかもしれない。でも、核は壊れない。核の部分は変えず、輪廻転生のように読み継がれるようにしていきたい。それがライフワークですね。

──最後に、改めて火の鳥とはどのような存在でしょうか?

福岡氏:まさに媒介者。生命たらしめるエネルギーを吹き込む、媒介者として描かれています。動的平衡を体現する媒介です。

手塚氏:手塚治虫そのものです。色んな作品を描いた手塚が、一番活き活きと描いたのが伝わる。常に読者や雑誌を意識して描いていたが、自由奔放に、自分が描きたいものを描いています。漫画という文法を、色んな表現方法を「火の鳥」で試している。そこに手塚が現われていて、イコール手塚治虫がどんな人物・どんな作家だったかが見えてくるのでは。そこは私にもわからないので、福岡先生に読み解いてもらいたいです。