「Gmailを知らない人」にGmailを売り込むにはどうすればよいか
Gmailはたくさんあるメールサービスのなかでも、コンセプトレベルで差別化された製品です。使い方は「Inboxにとどいたメールをかたっぱしからアーカイブする」だけ。すべてをアーカイブすれば、Inboxが空になっていい気分にひたることができます。あとで必要になったら検索で探せるので整理する手間がかかりません。いったんGmailに慣れてしまえば、便利すぎて他のメールサービスを使う気になれません。
しかし、他のメールサービスと体験がまったく違うので、広告宣伝する立場からいえば「わかりやすく魅力を伝える」のが大変です。とりわけ誰もクチコミしてくれるユーザーがいないサービスリリース当初には。Gmailのようなサービスの提供価値は、どうすればわかりやすく伝えられるのでしょうか。
提供価値を「アテンション」と「トラクション」に分ける
一般的な言葉の定義とは違うかもしれませんが、弊社ではサービスの提供価値を、一見さんの気をひくための「アテンション」と、利用を継続してもらうための「トラクション」に分けて考えています。わかりやすい例でいえば、「クレジットカードに加入したら●万円キャッシュバック」みたいなキャンペーンだと「キャッシュバック」というのはアテンションで、「クレジットカードの使い勝手」がトラクションです。
Gmailだとトラクションは「メール処理の効率化」ですが、抽象的すぎて一見さんには伝わりにくいところがあります。よりアテンションとして有効だったと思われるのが「1GBのディスクが無料」(当時)です。
サービス開始から10年を迎えたGmailの開発秘話や現在、そして今後の課題など — GIGAZINE
まず他を圧倒したのは、ユーザーごとのメールボックスに設定されていた保存容量の巨大さでした。他社の多くは数MBから数百MBの容量を誇ってアピールしていた時代に、Gmailはいきなり1GBという文字どおりケタ違いのサービスを提供することを発表し、「そんなに巨大な容量が無料で使えるのか?」と多くのユーザーを驚かせました。
「本当にそれだけのディスク容量が必要かどうか」というのは二の次で、実際のところ、Gmailはユーザーに約束している容量を確保しているわけではありません。大事なのは、分かりやすさとインパクトです。「どういうメールサービスなの?」と聞かれたときに、「メール処理が便利になって、むにゃむにゃ……」ではなく「1GB無料なんだよ」どっひゃー!とすべきなのです。
アテンションとトラクションの両立
一見さんの気をひくにはアテンションが必要ですが、継続して利用してもらうためにはトラクションが必要です。両者はアイディア単位ではおおむねトレードオフの関係にあり、「アテンションもトラクションも強いアイディア」というのはなかなかありません。ですので、サービス内にアテンション寄りのアイディアとトラクション寄りのアイディアを、それぞれ別で持つのが理想です。
もちろん、どちらかしかないサービスもあります。アテンションだけのサービスは「一発ギャグしかできない芸人」のようなもので、注目をひいてお試しで利用してもらうところまではすんなりいきますが、そのあと「で?」となって終わります。トラクションだけのサービスは「フリートークが上手いけど華のない芸人」のようなものです。理解すれば深い趣があるのですがそれまでに高いハードルがあります。どちらにせよビジネスとして厳しくなるので、弱点を補完しなければなりません。
「遠大なゴール」から逆算してつくったサービスは、トラクション優位なのでそこにいたるまでの入口(=アテンション)を補う必要があります。逆に「なんとなくこれウケるんじゃない?」という思いつきでつくったサービスは、アテンション優位なのでそれを入口としてどこまで深い世界(=トラクション)をつくれるかが問われます。
ITサービスの事例を考察
以上がGmailをダシにつかったアテンション、トラクションの一般論です。次に上の考え方にもとづいて成功をおさめたITサービスがどのようなアテンション・トラクションをもっていたかを考察してみます。
なお実際に彼らが狙いをもっていたか、機能したかは分かりませんが、事例を「たまたま」とか「よくわからない」で片付けず、できるかぎりの理屈をつけて自らが広告宣伝するときの参考にする趣旨です。
Amazon
Amazonはオンライン、オフラインを通じた「スムーズな買い物体験」をトラクションとして提供していて、とりわけ他社が真似をできないのは「物流」です。しかしそんなことよりアテンションとしてわかりやすいのは「あらゆる本が定価より安く買える」ということです。今となっては便利さを体感しているので定価でも商品を買ったりしますが、はじめは単に「安いから買う」ぐらいの認識だったのではないでしょうか。
もともとの出自がPhotoshopコモディティのフィルタで、「綺麗な写真がかんたんに撮れる」というのがアテンションでした。それだけだったら凡百のフィルタアプリに埋もれていたと思いますが、そのあとに付け加えられた「SNS機能」がトラクションとなりユーザーをフックし続けています。
LINE
メールにくらべるとタイトルも冒頭の挨拶もいりませんし、なんならスタンプ一発でコミュニケーションができる手軽さが魅力です。つまりトラクションはコミュニケーションの円滑化(+楽しさ)です。しかしアテンションでいえば「無料通話」が強力だったように思われます。実際には通話はめったにしませんが、それだけにアテンションとしての役割がきわだちます。
Snapchat
トラクションはLINEと似たようなものですが、トラクションを得るための「写真が消える」という機能の意外性がアテンションとしても機能していました。ただし「顔を犬にする」機能を追加してからは、わかりやすさのためかそちらを前面に押し出している印象があります。「写真が消える」のはコンテキスト価値、「顔を犬にする」のはコンテンツ価値です。ぱっと見でわかるコンテンツ価値はアテンション寄りで、目に見えないコンテキスト価値はトラクション寄りということがいえるのではないかと思います。
Snapchatのコンテンツ価値、コンテキスト価値についてはこちらもどうぞ。
Snapchatは写真を消すことで写真の価値を上げている — Kaoru Okamoto — Medium
トラクションは「つぶやきからにじみでる、つぶやいた人の性格や心理状態などのコンテキスト情報」(上記記事参照)です。しかしTwitterには強力なアテンションが見当たりません。しいていえば「140文字以内」という制約と、「Tweet」「Follow」などの変わった呼称でしょうか。Twitterはリリース当時、機械的なログを流していたFacebookのタイムラインに対して、Facebookアプリとして人間のつぶやきを流すことで認知を広げた、という経緯があります。すでにユーザーの流れがあったところに「友だちのつぶやき」というトラクショナルな情報を流すことができたので、そもそも強いアテンションに頼る必要がなかったという見方が成り立つかもしれません。
バカになろう
Gmailチームのミーティング光景。
部下「メールのディスク容量を10MB、30MB、100MBの3案でプロコンしました。その結果……」
上司「何それ、全部つまらないじゃん」
部下「!? つ、つまらないですか?」
上司「おもしろくするためにはどうすればいいの?」
部下「ディスク容量でおもしろく……。1GB……とかですか?」
上司「そうだよ、やればできんじゃん!俺なら本気だせば100GBはだせるけどね」
……というのはただの妄想ですが、アテンションは真面目に考えてもアテンションになりません。バカだからこそのアテンションです。
居酒屋で飲んでいるときなどに、「隣の席にいる赤の他人に、自分の商品を売り込むにはどうすればいいか」と考えることがあります。相手は楽しく飲んでいるわけですから、真面目でつまらないことをいうと嫌がられます。酔っぱらいにすら「なにそれ、おもしろいね!」と言われるようなバカっぽい売り込み方、それがみつかれば理想的なアテンションになると思います。