05 ギルドに登録……出来なかった話
ちょっと窮屈だと思うが、アレキサンダーにはしばらくボロ布を被っていてもらおう。
冒険者ギルドに着くまでに人の目に触れて、騒ぎになるとマズいからな。
問題は。
自分迷子です。ここは何処でしょう?
ギルドどころか現在地もよくわからんのだが。
貴広と翠に『迷子ヘルプみー』と送ってみた。迷子になったら動かないのが鉄則だしな。
貴広からは『すまん! 外で戦闘中!』と返答がきた。タイミング悪かったな。
翠からは『地図設定がデフォルトになっていませんか? 兄さんも馬鹿ではないのですから良く確認してください。ギルドの類いはほとんど街の中心部です。噴水を目印にしてください』と。
なんか微妙にディスられた気がするな。
地図をよくよく確認してみたところ左上に小さくコンパスがあり、北が右を向いていた。あと縮尺を調整してみると、街の南西部をうろうろしていたことが判明する。
今まで西側を北だと思ってた罠。これだから磁場を感じられないゲームは嫌なんだ。
屋根を走って行こうかとも思ったが、踏み抜きそうなのでやめとこう。
パルクール失敗動画みたいになって笑いものになるのも嫌だしな。
最初の宿屋の前まで戻ってから住民の方に道を聞く。
冒険しないで宿屋の前の道をまっすぐ行けば良かっただけと判明した。
しかし奥様方に聞いたのは失敗だった。
手荷物に疑問は抱かれなかったからいいものの、20分ほど話に付き合わされた。
ついでに図書館とお得な道具屋さんと、市場の場所を聞けたのはプラスになったけど。
中央広場は宿屋から10分と離れていなかった。
さほど派手ではないがシンプルな円形の噴水は市民の憩いの場所のようだ。周りを囲むように幾つかのベンチも設置されてある。
待合せをしているプレイヤーの姿もあり、ご同輩の存在にちょっと安堵したのは内緒だ。
周囲を見渡していると俺に注意を向けている者がいることに気が付いた。
振り向くと、ちょっと存在感の違う2人組の女性が此方へ近寄ってきた。
片方は軽装の猫耳、猫獣人だな。髪の色は紫。もう片方は杖を持ったエルフで髪はレモンイエロー。
つか猫耳の顔は見覚えがあるな。さっきまで自室で見てた気がする。
「見付けた、兄さん」
「よう。さっきはサンキューな」
リアルネームはタブーなので片手をあげて翠へ挨拶をする。
「こっちではアルヘナって呼んでください。こちらはβからの友人のエニフ」
「初めまして」
「初めまして、ナナシだ。義妹と仲良くしてくれてありがとう」
名乗って互いにフレンド登録をする。
此方からは他人のウインドウは見えないが、アルヘナは画面を睨んで不満顔だ。
「またそんな適当な名前付けて……」
「名付けは苦手なんだって言ってるだろう。これでも本名を弾かれたから、第2案なんだぞ」
「もっとダメじゃないですか! まったくもう!」
肩をすくめた俺にくってかかるアルヘナの様子にくすくす笑っているエニフさん。それに気付いた翠はばつが悪くなったのか目を反らした。
「ところでナナシさんの持ってるそれは何ですか?」
ボロ布を被っててもぽよんぽよんと震えていたアレキサンダーにエニフさんが気付く。気付かないほうがおかしいか。
「緊急でこいつの安全確保が先だった。冒険者ギルドってどれだ?」
「「これです」」
2人が同時に背後を指差した。俺から見て正面にあるのがそうだったのか。
「冒険者登録と同時に職業選択がありますよ。兄さんまだビギナーでしょう?」
ということは冒険者になっても、職種は変わらないようだ。
職業じゃなくて職種ってことなのかね。
「世捨人ないかな?」
「ありませんよそんなの」
つい呟いた最有力要望はアルヘナに一刀両断された。隣でエニフさんが目を丸くしている。
「んじゃ、ちょっと行ってくるわ」
「ではここで待ってますね。あとで少し狩りに行きましょう」
「おう」
駆け足で入った冒険者ギルド内は意外にも空いていた。
もう2日目だというし、ピークは過ぎ去ったんだろうな。
空いているカウンターに近付くと、受付嬢がにこやかに挨拶をしてきた。
「ようこそ冒険者ギルドへ。初めての方のようですね。本日は登録ですか?」
「その前に質問があるんだが構わないか?」
「はい、どうぞ」
騒ぎになるのを覚悟してアレキサンダーのボロ布を取り払い、カウンターに乗せる。拍子抜けだったのは周囲のプレイヤーに此方を注視する者がいなかったことだろうか。
あとで聞いたところによると、受付カウンターはちょっとしたシークレットエリアになっているとのことだ。割り込みや混雑や騒動を防ぐためらしい。
「ギルドに登録しなくても、従魔登録は可能か?」
「そちらのモンスターですね。かまいませんが、ギルドに登録しないのですか?」
「ギルド登録でクラスを設定するって聞いたんだが、希望するものが無いようなんでな」
「確かにギルド登録と同時にクラス設定をして頂く規約ですね。もし差し支えなければどのようなクラスか伺っても?」
「世捨人」
「それは……、申し訳ありません。私共も聞いたことの無いクラスですね。わかりました。登録して頂けないのは残念ですが従魔の方だけ登録致します。此方を触って頂けますか」
しつこく勧誘してくるかと思ったが、あっさりと納得したな。
受付嬢が差し出した銀色の板へ、アレキサンダーの体から伸ばした一部が触れると登録は完了したようだ。
「それではこちらをお持ち下さい。従魔の目につくところに装着して頂ければ結構です。従魔が街中で何か問題を起こしますと、貴方の責任になりますのでお気を付けくださいますように」
「ああ、気を付ける。登録ありがとう」
チェーンのついた銀色のタグを受け取った。
問題はアレキサンダーに首もくびれもないところだよな……。
どうやって取り付けようか悩んでいたら、アレキサンダーがぽよんと飛び付いて来てチェーンをむにむにと体内へ取り込み始めた。
体内へチェーンを全部取り込んで、タグだけは頭頂部から覗かせるとか器用な真似を。
「よし。これでお前も外を自由に歩き回れるってことだな!」
少々乱暴に撫でてやると、アレキサンダーは目を輝かせて嬉しそうに跳ねている。そうして俺の腕に乗り、肩を踏み台に跳ねてから頭の上に落ち着いた。
まあ、特に重くもないからいいか。足元にいると蹴りかねないしな。
アレキサンダーを頭の上に乗せたまま、受付カウンターを離れると周囲の喧騒が一瞬で静まり返った。
なんだ?
いきなりぎっくり腰になってしまいパソコンの前に座れない……。