アーネストとのお茶会
王宮にあるサンルームは、幼いころからビアトリスのお気に入りの場所だった。
かつては王妃教育の終了後、アーネストと共にこの部屋でお菓子を食べながらお喋りをするのが恒例であり、ビアトリスはそれを楽しみに日々の王妃教育を頑張っていたものである。
関係が悪化した後は、そんな習慣はあっさり廃れてしまったが。
「ここで君とお茶をするのも久しぶりだな」
「はい」
なんだか落ち着かない気分で、ビアトリスは目の前の紅茶に口をつけた。口腔内に広がる爽やかな風味は、ビアトリスが幼いころから好んでいる北方産紅茶の特徴だ。テーブルの中央には大皿が置かれ、色とりどりのタルトが華やかに並べられていた。
「あの店のタルトを買いに行かせたんだよ。とても美味しかったから、トリシァと一緒に食べたいと思ってね」
「それは……ありがとうございます」
「さあ、好きなものをどうぞ、お姫様。俺はこの前、桃のタルトを食べたが美味かったよ」
「じゃあ、今日はそれをいただきます」
「トリシァは前は何を食べたんだ?」
「私は杏とブルーベリーをいただきました。どちらも美味しかったです」
「ふうん、二種類食べたのか」
「はい……」
カインに分けて貰ったことに気づいたのか、一瞬アーネストから表情が消えたが、すぐに元のにこやかな笑顔へと戻った。
「じゃあ、俺は杏にしてみるよ」
アーネストは杏のタルトを口にして、「うん、こいつは美味いな」と破顔した。ビアトリスもつられるように桃のタルトを口にしたものの、緊張で味がしなかった。
この状況はなんなのか。
表情も物言いも、まるでかつてのアーネストを丁寧になぞっているかのようだが、かつてのような屈託のなさや親密さはまるで感じられず、なにもかもが作り物臭くて不自然だ。
「ところでさっきのことなんだが、母が余計なことを言ったようで悪かったな。君に断られたことをつい漏らしてしまったら、なんだか大げさにとらえられてしまったようなんだ」
「いえそんな、気になさらないでください」
「ありがとう。相変わらずトリシァは優しいな。――それで、その生徒会の手伝いについてだが、改めて君に頼みたいと思っているんだ」
「本当に申し訳ありませんが、その件についてはやはり承服できません」
「いや誤解しないでくれ、もう君の交友関係に口を出すつもりはない。この前君たちの話しているところを偶然見かけたんだが、確かにいかがわしい雰囲気ではなかったな。聞くところによれば、あの赤毛の青年はなかなか優秀な学生のようだし、友達として付き合う分には別に問題はないだろう」
「はあ」
認めて下さってありがとうございますというのもおかしな気がして、ビアトリスは曖昧な微笑を浮かべた。
あのときのアーネストの暗い眼差しと、今の科白がどうにも頭の中で結びつかず、違和感ばかりが積もっていく。
「今回申し出ているのは、前とは全く別の話だ。何かとの引き換えではなく、ただ単に人手が足りないから、君に手伝ってほしいんだよ」
「失礼ですが、なぜ私なのでしょう。私よりもっと適した方がいらっしゃるのではないでしょうか」
先ほど王妃にも伝えた通り、アーネストは学院内で人望があるし、進んで彼の役に立ちたいと考える生徒は大勢いる。また手伝いという形であっても、王立学院の生徒会に参加することで己の経歴に箔が付くと考える下級貴族もいるだろう。
あえてビアトリスに頼まねばならない理由なんてどこにもない。
「何を言っているんだ、君は成績上位者で優等生だろう? 君より適任はいないくらいだ。……いや適任かどうかは関係ないな。俺がトリシァに近くで手伝ってもらいたいんだ。駄目だろうか」
アーネストの訴えるような眼差しに、ビアトリスは思わず視線を落とした。
あのアーネストが、ビアトリスに対して「近くで自分を手伝ってほしい」と懇願している。かつてのビアトリスならば感激の涙とともに、二つ返事で引き受けていたに違いない。しかし今のビアトリスは、とてもそんな気持ちにはなれなかった。
アーネストの意図が読めなくて不安だし、今からあのメンバーに加わって自分が馴染めるとは思えないし、一度不適格の烙印を押された人間が、こんな形で加わることに対する周囲の反応も気にかかる。加えて言うなら、せっかくできた友人たちとの時間が削られるのも不本意だ。
とはいえこうして真正面から懇願されたことを、ただ単に「やりたくないから」という理由で断るのは、やはりためらわれるものがあった。関係改善を諦めたとはいえ、なにも自分から喧嘩を売りたいわけではないのである。
「……少し考えさせていただけますか」
「ああ、もちろん、君の気持ちが固まるまでいくらでも待つよ」
その後はしばらく当たり障りのない会話を続けたのち、ふたりのお茶会はお開きになった。
アーネストは終始穏やかな笑顔で、かつてのような優しい王子様を演じ続けた。
その笑顔の裏で何を考えているのかは、最後まで分からないままだった。