アーネストの警告
驚きのあまり声を失っているビアトリスに対し、アーネストは「君に話があるから待たせてもらった」と淡々とした調子で言った。
「俺が君の教室に行くと目立つからな。ここに来れば君に会えると思っていた」
「そうですか……」
また少し痩せただろうか。かつての自信にあふれた態度はなりをひそめ、今の彼はどこか儚げで、存在感が希薄なように感じられた。
「あの、お話とはなんでしょう」
「母についてだ」
「王妃さまについて、ですか」
「ああ。母が余計なことをやっているようですまない。こんなことはもうやめるように伝えたんだが、大丈夫だから気にしないでいい、全部自分に任せておけというばかりでな。……あの人は、まだ何か企んでいるようだ」
「そうですか」
「すまない」
「いえ、アーネスト殿下に謝っていただくことではありません」
「まあ、どうせ俺では母を制御できないからな」
「そういう意味では」
「誤魔化さなくていい。俺も自分の非力さは自覚している」
アーネストは自嘲的な笑みを浮かべた。
「俺は結局ずっと母上の掌の上だ。あのときも」
「あのとき?」
「いや……王妃教育のあとのお茶会で、君を泣かせたことがあったろう」
「はい」
――君は自分が偉いと思っているのか?
大好きだったアーネストに突き放された日のことは、忘れようにも忘れられない。
「もし、あのとき俺が」
アーネストはそこで口をつぐんだ。彼の眼差しはビアトリスではなく、その背後に注がれている。視線を追って振り返ると、ちょうどカインがこちらにやってくるところだった。
「君の待ち人が来たようだから失礼するよ。それじゃ」
アーネストはそう言うと、校舎の方に消えていった。
「ビアトリス! まさかあいつに何かされたのか?」
あずまやに到着したカインが、勢い込んで問いかけた。
「いいえ、少しお話していただけです。王妃さまがまだ何か企んでいるようだと警告していただきました」
「そうか……」
ビアトリスの言葉に、カインはほっと肩の力を抜いた。
「殿下は王妃さまにやめるようにおっしゃって下さったのですが、聞き入れる様子はなかったそうです」
「まあそれはそうだろうな。国王ですらあの女を御しきれてないところはあるし、アーネストの手には余るだろう」
カインはため息をついて言葉を続けた。
「俺は子供のころ、母親のいるアーネストが羨ましかったが、今にして思えば、そんな良いものでもなかったのかもしれないな。俺は他人だからさっさと離れることができたが、アーネストはあの女が生きている限り、振り回され続けることになりそうだ」
「そんなことは」
そんなことはない、とは言えなかった。
だけどそうだと言い切る気にもなれなかった。
ただアーネストの儚げな後ろ姿が、いつまでもビアトリスの脳裏に焼き付いていた。