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貴方のために(アメリア視点)

 アメリアは一瞬ひるんだものの、すぐに毅然と顔を上げてアーネストの眼差しを受け止めた。


「何故って、貴方のためよ、アーネスト」

「俺はそんなことを望んでいません」

「まあアーネスト、それは貴方が何も分かっていないからよ。いいこと、あれはどうしても必要なことだったの」


 アメリアは噛んで含めるように言葉を続けた。


「そりゃあ、私だってビアトリスさんが可哀そうだと思わないではなかったわ。でも貴方が即位してからもずっと、彼女が我が物顔で社交界を闊歩するたび、人々は例の事件を思い出すの。そのことが、どれほど貴方の権威を傷つけるか……。そんなことがないようにするためには、ビアトリス・ウォルトンの存在自体をなんとかしなけりゃ駄目だったのよ。あれは必要なことだったの」

「俺にとって何が必要かを、俺の知らないところで勝手に決めないでください」

「なんですって?」

「たとえ母上から見た俺が何も分からない愚かな子供だとしても、俺のためと称して、そんな醜悪なことをやってほしくありません」


(醜悪って……)


 アメリアは思わず絶句した。

 皮肉なことに、それはつい先日アメリア自身がビアトリスに使った言葉だった。


 ――アーネストはあの通り潔癖なたちですから、彼女の醜悪な部分に我慢できなくて、つい手が出てしまったのではないでしょうか。


 アメリアがアーネストを擁護するために使った言葉を、当のアーネストはよりにもよってアメリアに対して突き付けて、己の裏切り行為を正当化しようとしているのだ。


 アメリアは改めて目の前に立つ息子の姿に目をやった。

 金の巻き毛と青い瞳。王家の特徴を色濃く受け継ぐ愛しい息子、アーネスト。

 誰より愛し、慈しんできた相手が、まるで別の生き物のように感じられた。


「……そう、そういうことを言うのね。私が貴方のためにやったことを、貴方は醜悪だと言って非難するのね」

「ですから俺は、そんなことは」

「望んでなかったって言いたいの? 私が勝手に余計なことをやったって? 言っておくけど、私だって別にあんなことやりたくなかったわ。そもそも貴方が人前でビアトリス・ウォルトンを殴ったりしなければ良かっただけの話じゃないの」


 アメリアは激情のままに吐き捨てた。


「私が今まで貴方のためにどれだけ尽くしてきたと思っているの? グレイス・ガーランドに証言させたことだって、お腹にいる貴方を王太子にするためにやったのよ? それだけでは足りなかったから、婚約者にウォルトン公爵令嬢を選んであげた。婚約者とあんなことになったから、その後始末もしてあげた。貴方がアルバートさまから失望されるたび、私がどれだけフォローしてあげたと思っているの? 愛する貴方のためにいつもいつも必死になって頑張って来たのに……貴方はそれを醜悪だと罵って、私を陥れても当然って顔をするのね。ああ、なんて恩知らずな子なのかしら」

「母上の望むような息子になれなかったことは、申し訳なく思っています」

「よくもぬけぬけと……ああ、なんでこんな子になってしまったのかしら。本当に、なんでこんな風に育ってしまったのかしらね」


 いくら責め立てても、アーネストの表情は変わらなかった。

 アメリアはその手ごたえのなさに恐怖を覚え、絶望的な心持になった。

 

 どうあがいても事態は何も変わらない。

 愛する夫であり、尊敬する国王でもあるアルバート。

 愛しい息子であり、王太子でもあるアーネスト。

 そして有能な王妃であり、良き妻であり、慈愛の母でもある自分。

 アメリアが努力の果てに手に入れたはずの理想の形が、脆くも崩れ去っていく。

 もう何もかもおしまいだ。


「……私が今までわが身を削って貴方たちに尽くしてきたことは、何もかもが無駄だったのね」


 アメリアはぽつりとつぶやいた。

 案の定、二人から言葉は返ってこなかった。

 アメリアは気を取り直してアルバートの方に向き直ると、穏やかな、ほとんど優しいといえるような口調で言った。


「アルバートさま、これから貴方は何か新しい政策を実現しようとするたびに、私のことを思い出すでしょうね。だって貴方の家臣の方々に、私の代わりが務まるとは思えませんもの。反対派を脅したり、すかしたり、裏から手を回して懐柔したり、汚い交渉事は私が一手に引き受けてきたのですから。貴方はこれから何一つ実現できない無能な王と嘲られ、今日のことを後悔しながら生きるのでしょうね」


 それからアーネストの方に振り返って薄く微笑みかけた。


「アーネスト、可哀そうな子。私だけが貴方の味方だったのに。世界中で貴方を愛してあげられるのは私だけだったのに。その私を失って、これからどうするつもりなの? 貴方はこの先ずっと孤独なまま、今日のことを後悔し続けることになるでしょうね」


 アメリアの言葉に、アルバートは困ったように目をそらした。この人は都合の悪いことがあるたびに、いつもこうやって目をそらす。そんなところも可愛らしいと思っていたものだが、今はもう冷え冷えとした感情しか湧いてこない。

 一方のアーネストはただ静謐な眼差しで、アメリアをじっと見つめていた。

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コミック4巻の書影です  書籍4巻の書影です
― 新着の感想 ―
[良い点] めっちゃ面白いです!最初はただの婚約破棄とかそんな感じのよくある話かと思ったんですが、みんながみんなふく雑な感情や考えが手に取るようにわかって、めっちゃのめり込んで読んじゃいました。 [気…
2023/06/30 20:13 きのみ
[一言] 最後まで自分の都合しか考えない女だったな
2022/10/06 18:10
[良い点] アーネストがしっかり反省したのか、まともになってる。 あのままの性格で王になってたら、王妃みたいになってたかも… まぁ、本当に反省しているなら、自分から王位継承権放棄してカインを王にする…
2021/08/17 01:57 宵華 桜
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