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お店をゲットします2


 店先で起きていた騒ぎはすぐに収まった。

 ローザはセンスをぱっと開き、扇ぎながら店先に出る。

 するとヒューが一人で立っていた。


 周りには十数人のごろつきたちが死屍累々と積み上げられている。

「ねえ、ちょっと殺してないわよね?」

 ローザが顔を青くして問うと、ヒューが振り返る。


「当然です。お嬢様が買い取る予定の店ですから、こいつらの血で汚すわけには参りません」

 父は、なかなか物騒な護衛を雇ったようだ。


 ローザには前世の記憶がある。社畜ではあったが、平和な国に育ち、人死には身近ではないので、平然としている護衛が普通に怖い。

 ついでに今世でも悪役とはいえ、箱入り娘だ。

 だが、彼がローザを守ってくれたのは確かなことで。


「ずいぶん強いのね。一人で倒したの?」

 ローザの言葉に頷くと、ヒューは通りに向かって軽く手を挙げた。

 すると四人ほど、変装して物陰から見守っていたクロイツァー家の護衛がわらわらと現れ、ごろつきどもをあっという間に引っ立てていった。すごい連携ぶりだ。というか娘に五人も護衛をつけるなんて父は過保護過ぎだと思う。


 それにヒューは新顔のはずなのに、なせか古参の護衛たちが従っている。彼はなに者なのかちょっと気になるところだ。


 その時店の老夫妻がひょっこりと顔を出す。

「あの…店の方は無事でしょうか?」 

 ローザはこわごわと店先をのぞきこむ老夫妻を店に押し込め、さっそく商談に移ることにした。


「このお店、おいくらでお買いになりました?」

「ええっと当時は十ゴールドぐらいでしたね。だからそれ以下の値段で売ることはご勘弁いただきたいのですが」

 主人は冷や汗を流しながら訴える。十ゴールドあれば、庶民なら王都で三年ほど働かずに暮らせる。

 田舎に引っ込めば、もっと楽な生活が送れるだろう。


「千ゴールドでどうかしら?」

「は?」

「今後は護衛をしっかり雇って、財産を守りながら、裕福に暮らしたらどうでしょう?」

 老夫妻はびっくりして、固まった。


(私も二十代後半に差し掛かって、彼氏なしの社畜で……、老後を考えると不安だったわね)

 

 そんな回想にひたりつつローザが手を打つと、ヘレナが金貨がたっぷりと入った重い袋を持ってきた。

 ローザがそれをどんと机の上に置くと、古い机はかしぐ。執務用の机は丈夫なオーク材にしようとローザは決めた。


「あ、あのお嬢様、これは?」

 いつの間にか彼らから『お嬢様』と呼ばれている。悪い気はしなかった。

 

「本物です。確かめてください。これは商売ですから。で、この店は売ってくれるの? くれないの? 駄目なら、別の店舗をさがさなければなりませんので」

 店主夫妻は顔を合わせると喜色満面に声をそろえていった。


「お買い上げありがとうございます!」

「やったわ! あなた、悠々自適な老後が送れるわ!」

 二人は子供ようにはしゃいで歓声を上げる。


「あなたがた、驚き過ぎです。適正価格です。強盗に合わないようにしっかり護衛を雇ってくださいね」

 こうしてローザは、その日のうちに居ぬきの店を確保した。


 それから、ローザは大金を持った老夫妻に、しばらく護衛を貸し出した。

 老夫妻は倉庫にある生地をすべてローザに譲り、何の感傷もなくさっさと店を後にして、喜び勇んで馬車に乗り街一番のホテルに向かっていった。


 商売人だからか、そこら辺はドライである。もし感傷に浸りたいのなら、明け渡しを十日ほど猶予しようかと考えていたが、いらなかったようだ。


 ヘレナと共に彼らの豹変ぶりをみて唖然とし、生温かい目で老夫妻を見送った。


 


 その後、役所により諸々の手続きを終え、帰途につく。

 隣の空き家は持ち主も見つかり、なんとか買い取れるめどがついた。


 帰りの馬車は夕暮れの街をぽくぽくと走る。

 車内に再びヒューが乗り込んだこともあり、妙な圧迫感があった。

 だが、かなり腕が立つ護衛とわかったので、連れて歩かないわけにはいかない。


「それでお嬢様、あの店にある生地どうしましょう?」

 いつもの淡々とした口調でヘレナが言う。


「そうねえ。まずはうちのメイドたちに下げ渡して、余ったものは孤児院に寄付するつもり」

 するとヘレナは驚いたように目を見開いた。

 なぜか向かいに座るヒューも珍しいものを見る目でローザをみる。

 

 つくづく失礼な使用人たちだと思う。というか今までのローザがアレだったので驚くのも無理はないかもしれないが、いちいち乙女心が傷ついてしまうのだ。


「お嬢様は、生地を売って商売の足しにはしないのですか?」

 ヘレナが本気で心配そうな顔をする。


「私は生地ではなく、バスボムを売るの。それにこれから忙しくなるから、あなたもお仕着せだけではなく、訪問着を準備しないと。

 店にあった一番いい布で、誂えるから選んでおいてちょうだい」

 

 ローザの言葉にヘレナが珍しく怯んだ。


「え? 私がですか? 一介メイドですよ?」


「何を言っているのよ。店を手伝うのだから、いつもお仕着せというわけにはいかないでしょ?」


「いえ、しかし、私はお嬢様専属のメイドで……」

 彼女が柄にもなく、もごもごとした口調で言う。心なし、頬をそめているように見えるが、きっと気のせいだ。

 ヘレナもいろいろとあった一日で、疲れているのだろうとローザは思った。

 

「いいから、作るって言ったら作るのよ。今日は疲れたわね。あなたも帰ったらゆっくり休みなさい。それからヒュー、素晴らしい働きでした」

「お嬢様、貴族のご子弟もいたようでしたが、つい一緒に倒してしまいました」

 ヒューが整った眉を軽く寄せ、平板な口調で言う。

 相手が悪いとはいえ、貴族を倒したのだから多少なりとも弱気にならないだろうか?

 父はこの剛の者をいったいどこで見つけて来たのかと、ローザは不思議に思う。


「知っているわ、男爵家の不良のバカ息子たちでしょ? 夜会で何度か見かけたことがある。若い令嬢にしつこく言い寄っていたから、いい気味。しばらく監獄にでも入って頭を冷やせばいいのよ」


 ローザはこともなげに言うと、小さくあくびをして馬車の中でうとうとと眠り始めた。



 そのせいでローザは、彼女を尊敬のまなざしで見るヘレナとヒューの姿を見逃してしまった。





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