夜会3
「そんなに警戒しないで欲しい」
苦笑を浮かべ、イーサンがローザのそばに来る。
「閣下、今夜のホストがバルコニーに一人でいらしてどうしたのですか?」
「ああ、少々疲れてね」
(いや、私といるともっと疲れるでしょ?)
そんな疑問はもちろん口にしなかった。
「何をおっしゃいますか? 淑女に囲まれていたではないですか」
イーサンはうんざりしたようにバルコニーの手摺りに背をもたせかけ、体を会場に向ける。
ローザは相変わらず街の灯に目を向けていて、二人は反対の方向を見ていた。
周りのカップルは甘い雰囲気なのにここだけ空気が違う。
「この夜会、どうやら誤解があったらしい」
「誤解? どんな?」
ローザが不思議そうに尋ねる。
「私が結婚相手を探していると思われているようだ」
イーサンの困った顔を見て、ローザは思わずふき出してしまった。
「いい機会ではないですか。素敵な方がよりどりみどりですよ」
「ああいう押しの強いご令嬢はちょっと……」
困り果てた顔で言う。
「奥ゆかしい方が好きなのですね。そうすると前には出てこられないですから、探すのは難しいですよ。ああ、そういえば姉妹は性格が正反対になることもあるので、ギラギラした方の妹や姉を狙ってみてはいかがですか?」
イーサンはローザの言葉にため息をつく。
「それで、君の方の調査はどうなんだい?」
「さっぱりです。後は使用人たちに期待というところですかね」
「私はいくつか噂を聞いたよ」
「え? 私の悪評ですか?」
「君はきっと女性からは情報を収集済みだと思って、男性から聞いてみたんだ」
「それで、火元はどこから?」
ローザの言葉にイーサンは首を振る。
「それがいろいろでね。細君から聞いた者もいれば、気晴らしにいった酒場で聞いた者もいた。それから家の使用人からというのもあったな」
「酒場ですか? お相手は?」
意外な場所でローザは驚いた。
「金髪の女給だったと言っていた。もちろん酒が入っていたので、容姿についてそれほど覚えていないそうだ。
いずれにしても皆面白おかしく噂を語るばかりで、肝心のどこの誰かから聞いたということに興味がない。思うに噂が独り歩きしている状態ではないかな」
「それはまた、最悪な結果ですわね」
さて、どうしたものかとローザは思う。
「私は、その酒場というものが気になりますが、場所が場所だけに探るのが難しいです」
一瞬、酒場にヒューをもぐりこませようかと思ったが、彼が諜報に向いているとは思えない。
イケメンでガタイがいいので目立ってしまう。
そのうえ、単刀直入にものを言うので多分不向きだ。
「あまり紹介はしたくないのだが、情報ギルドなら探れるかもしれない」
ローザは情報ギルドなるものがこの世界に存在することを知らなかった。
「父からも聞いたことがありませんが、密偵のような真似をするところですか?」
「実際に調査することもあるが、主に情報を売り買いする店のことだ。王都にはいくつかそんなギルドがあるが、ひとつだけ正確な情報を得られるところを知っている」
「それは私にとっては朗報です! ぜひ教えてください!」
ローザは突破口が見えたとばかりに目を輝かせた。
「しかし、情報ギルドは、あまり治安のよい場所ではない。それに信頼できるのは情報だけで、ギルド長は食えない人物だ。たいてい後ろ暗いところがある者たちがいく場所だからね」
閣下もそうなのですか、と余計な一言が口から出そうになったが寸でのところで止めた。
「私には後ろ暗いところは一切ございませんが、噂の火元を放置しておくわけにはいきません。多くの人が語れば、どんな馬鹿らしい噂も信憑性を帯びてきます」
ローザはきっぱりと言い切った。
特にローザは黒歴史持ちである。この手の噂は非常にやっかいだ。
「わかった。では私も一緒に行こう」
「いえ、結構です。そこまでしていただく必要はありません。それに私には優秀な護衛がついていますから、ご心配なく」
即座にイーサンの申し出を断った。あまり借りを作りたくない相手だからだ。
「ヒューのことか」
「あら、クロイツァー家の護衛の名前までご存じでしたの?」
「彼の武勲は轟いている」
話したければ、本人が話すだろう。
人からヒューの噂は聞きたくなかった。
「そこらあたりの事情は知りませんわ。で、その情報ギルドというのはどこにあるのですか?」
やっと希望が見えてきたこともあり、ローザは話題を戻す。
「それが、ちょっと癖のある店主でね。使いようによっては毒になる」
「気にしません!」
自分から話したくせに、いざとなるとイーサンは渋る。
しかしローザはここで引くわけには行かない。
結局イーサンから店の場所やギルド長の癖のある性格、その容姿を詳しく教えてもらった。
「もしも行くのなら、十分に気を付けて。粗暴な人物ではないが、とにかく抜け目がない。くれぐれも出し抜かれないように」
「あら、信用できる情報をくれるのではないのですか?」
「情報は確実だし、依頼人のことは絶対に話さない。だが、金次第では限りなくグレーな行動をとる人物だ。嘘はつかないが、真実を言わないこともある。
まあ、依頼人を明かさないだけましだと言えよう」
いまひとつピンとこないが、情報ギルドを利用するにあたって覚悟は必要なようだ。
今夜はこれ以上の情報収集は無理だろうとローザは判断した。