ローザにだって罪悪感はちょっぴりある
「なるほど、では少し彼女の働きを見てから決定しましょう」
やれやれとローザが肩をすくめると今度は後ろから野太い声がした。
「お嬢様、俺はお嬢様の護衛騎士として雇われました」
後ろから野太い男の声がした。振り返るとヒューが疲れたような顔で立っている。
「ああ、そうよね。あなたにも店の警備ばかり任せてしまってごめんなさい。女性従業員ばかりだから心配なのよ」
しかし、ヒューはなおも言い募る。
「存じております。が、私は売り子ではございません」
ヒューは顔がいいので、女性客から人気なのだ。そのうえ、開店前から携わっているので、商品にも詳しい。
気づけば、護衛兼売り子となっていた。店は七割近くが女性客なので、どうしてもイケメン護衛に目が行ってしまうらしい。
ヒューはオープン当時、店を手伝ってくれていたから、なおさらだ。
「ごめんさいね。あなたたちばかりに負担をかけさせて、店も家も人員不足で大変だわ」
「本当に、屋敷の者たちもどうしてしまったのでしょう? 皆働きやすいと言っていたのに」
ヘレナが訝しげに首を傾げる。
「まさかうちより、良い条件のところへ引き抜かれたのかしら?」
「え? クロイツァー家より条件のよい屋敷があるのですか?」
「俺は、聞いたことがありません」
ヘレナもヒューも口をそろえて言う。
ローザはやはりそこにたくらみを感じる。
(いったい誰がこんなことをしたの? お父様の追跡調査の結果はどうなったのかしら)
気になることも山積みだが、今はとにかく目の前にあることから、片づけていかなければならない。
ローザは、早速帳簿の確認に入り、新商品の開発をヘレナにアン、そのほかの売り子たちに意見を求めながら、進めた。
だが、忙しいとはいってもローザは仕事にかまけて夜も眠らず作業するような真似はしていない。
バスボムを布教するものとして、肌の美しさは大切だ。
ローザは、どれほど忙しくても八時間睡眠を死守した。
それだけで若い肌は、あっという間にハリと艶を取り戻す。
◇
その朝起きるとローザはヘレナに化粧台の前に連れていかれていた。
「お嬢様、今日はこちらのドレスにいたしましょう」
「あら、それは私のじゃないわ」
真新しい新緑色の淡い色のドレスを見てローザが言った。
「お嬢様のものです。この間閣下からいただいたものですよ? もうお忘れですか」
ヘレナががっかりしたように言う。
そうイーサンは律儀で、婚約したとたんに過不足ない程度にドレスや宝飾品をプレゼントしてくれている。
彼がやることは完璧だ。
「確かにヘレナの言うとおりね。イーサン様とお会いするのだから、いただいたものを身につける方がいいわよね」
ローザはさっそくそのドレスに袖を通した。
色も綺麗だし、デザインもいい、何より軽くて動きやすそうだ。
「お嬢様、とてもお似合いです」
今ローザの部屋にはヘレナを含め三人ほどメイドがいて、ローザを褒めて
くれる。
それからは流れるように、それぞれがテキパキとローザの外出の準備を進めていく。
耳飾りに髪飾りにネックレス。あっというまに淑女の完成だ。
「今日は植物園に行くだけだから、大げさではない?」
「お嬢様、閣下の隣に並ばれるのですよ! 思い切り着飾らなければなりません」
ヘレナが何かの使命感に燃えている。
面倒なので、全部彼女にお任せすることにした。
「植物園ね。子供の時以来だわ」
「そうなんですか?」
「ええ。綺麗な花もあるけれど、地味な草も多いのよ。イーサン様はきっとそっちのほうがお好みね」
確か薬草園もあったはず。地味だが商売に取り入れられるとなったら、話は別だ。バスボムによさそうなものがあれば聞いてみよう。
「なるほど」
ヘレナが納得したように頷いた。
ちょうど準備が整ったところでイーサンが到着したと使用人が知らせに来た。
ローザは鏡の前で最終点検をして、二階の部屋から中央階段を降り、エントランスへと向かう。
すると父と母がすでにイーサンと談笑していた。
ものすごくうれしそうだ。ローザの胸がずきりと痛む。
(お父様、お母様、ごめんなさい! でも、毒殺されたくないのよ! クロイツァー家も没落させないように頑張るわ! 備えはしているけれど)
ローザは金の延べ棒をせっせと蓄えている。今後は島へと移送するつもりだ。
もちろん一人ではできないので、イーサンの手を借りる気満々だ。
(きっと手伝ってくれるわよね? でも私、イーサン様に借りを作り過ぎではないかしら)
そこはかとなく不安となる。