外出禁止になりました
暇を持て余しているローザのもとに、イーサンが治療しにやって来た。
ただの打ち身と擦り傷に、国一番の治癒師に治療してもらうというのもどうだろう。
とローザは思う。
イーサン曰く、「君は今私の婚約者だから、当然だ」ということだ。
「やはり、手の傷を治すついでに額の傷も消してしまおう」
気づかわしげにイーサンが言う。
「なんでですか?」
ローザはすこぶる機嫌が悪い。なぜなら、父から外出禁止命令が出ているからだ。
「私の婚約者なのに、傷が残っているのはおかしいだろう」
確かに国一番の治癒師である婚約者がいるのに、化粧と髪で隠しているとはいえ、いつまでも顔に傷を残しているのはおかしいし、イーサンの腕が疑われかねない。
「わかりました。はあ、それにしても退屈です」
「ローザ、婚約者を前にそれはないだろう?」
イーサンが苦笑を浮かべる。
「だって、婚約者とはいっても……むぐっ」
そこまで言ったところでローザの口は塞がれた。
イーサンがきらきらとした笑顔を浮かべている。
(多分これ、怒っているやつ)
今日はヘレナには代理で店に出てもらっているので、ローザには別のメイドたちがついている。
相変わらず、契約婚約のことはヘレナしか知らない事実だ。
「ローザ、おかしなことを口走っていないで、きちんと治療をさせてくれるかな?」
ローザは黙ることにした。
イーサンによるとヒューの回復はすこぶる早く、もうすぐ護衛の仕事に復帰できそうだという。
ヒューはローザさえ抱えていなければ、ケガもなく走る馬車からとびおりられたのかもしれない。
そう思うと申し訳なかった。
ヒューはそのための護衛だと言うかもしれないが、外敵ではなく、同じ屋敷の人間に狙われたのだ。
これはクロイツァー家の責任だろう。
「内部に敵がいると言うのはやっかいなものですねえ」
ローザが小声でイーサンにささやく。
「かなり厄介だ。くれぐれも身を慎んでくれ」
「ああ、バスボムが、ローゼリアンが気になります」
「そんな事より、毒見を置いた方がよいのではないか?」
イーサンがローザの耳元でささやく。
「やめてくださいよ! なんで脅すようことを言うのですか!」
ローザが頬を紅潮させて怒ったが、イーサンは真摯な瞳で彼女を見つめている。
「君はかなりの厄介ごとに巻き込まれている。今回の件は、恐らく脅しではなく、命を狙われている。私の方でも調べてみるから、身辺には十分に気を付けて」
(だから、それが怖いって!)
そう思いつつもローザの中では恐れより、怒りがまさっていた。
もちろんイーサンにではなく、クロイツァー家を狙っているものに対してだ。
「ああ、絶対に許せないわ。この手で成敗してやりたい!」
ローザがふるふると怒りに震える。
「それこそ自重して欲しい。君は怯えたり、怖がったりということはないのか?」
イーサンがあきれを通り越して、もはや不思議そうに問う。
「そんなの怖いに決まっているではないですか! しかし、落ち込むことはいつでもできます。いまはそのとき
ではありません。敵が誰かを見定めて成敗するときです!」
めらめらと闘志に燃えるローザをみて、イーサンは苦笑した。
「ローザが元気でよかった。とにかく、家でしばらく大人しくしてくれ」
「承知しました」
ローザが殊勝に頷く。
「間違ってもマーピンを使って一人で調査しようなどと思うなよ」
ぎょっとしてイーサンを見る。
(なにこの人! 私の心が読めるの?)
「君は単純で表情に出やすいから、極秘の調査には向かないタイプだよ。そこらへんはあきらめて」
「イーサン様、それって当然誉め言葉ですよね?」
ローザが悪女然とした不穏な笑みを浮かべる。
「もちろん、私にとっては最大級の誉め言葉だよ。表情に嘘がないことは美徳だよ」
イーサンがこの世のものとは思えないほど、美しい笑みを浮かべたおかげで、ローザはうっかりくらくらしかけた。
(失言を笑顔ですべてなかったことにするとは、前世『推し』おそるべし!)
ーー単にローザがちょろい悪役なだけだった。