第十四話:暗殺者は暗殺者を暗殺する
深夜、俺は部屋を抜け出していた。
仕掛けた罠の様子を見るためだ。
父から、エポナ暗殺を狙うものがいると聞いてから、俺は可能な限りエポナの近くにいるようにしていた。
注意深くに探れば、暗殺者の気配は感じることができた。
だが、慎重かつ、それなりに腕が立つようで、なかなか尻尾を掴ませない。
だから、方針を変えた。
尻尾を掴むことができないなら、いっそ尻尾を出すように誘導する。
行動を起こさせるに、『このタイミングしかない』とそう相手に思わせる。
まずはその準備として、エポナの護衛として振舞った。露骨にではない、密命として動く護衛であるかのような振る舞いだ。しかし、わかるものにはわかってしまうようにしている。
こんなまどろっこしいことをしたのは油断を誘うためだ。
人というのは不思議なもので、人から聞かされた情報や、無造作に転がっている情報は、偽情報かもしれないと疑ってしまうのに、自分の能力で見破った情報は無条件で信じる。
今回のもそれだ。俺の護衛であることを隠す振る舞いを見破ったからこそ、相手は俺が護衛であると信じ込んだ。
そうなれば、俺が離れるタイミングを狙い始める。
そんな相手に、不在になるタイミングを見せた。
そうなれば、準備不足であろうと動くと読んだ。暗殺を決行する可能性は低いが、俺が見張っていてはできない類の下準備ぐらいはするだろうと。
代わりにノイシュを置いていたのも罠の一つだ。
さすがに、護衛役を完全に放棄すれば疑いを呼ぶので、腕が立つノイシュを代役として置いたのだ。
しかし、ノイシュの場合、正統派剣術の腕が優れていても、暗殺者のやり口を知らず、護衛としての振る舞いも未熟だ。
ゆえに、必ず隙を見せるし、敵がその隙をつけるだけの技量を持つ暗殺者であると確信していた。
うるさい俺が離れて、代役を出し抜けるとなれば、『今しかない』と確信する。
ようするに、これは遠巻きに見ている臆病ものに手を出させるための罠だった。
まあ、エポナが守る対象であればこんな荒い手はとらない、確実に死なないエポナだからこそ、あえて無理やりチャンスだと思わせ動かせた。
エポナの部屋、その天井裏に忍び込む。
暗殺をする際に、有利なポジションというのはさほど多くない、それを一つ一つ潰していく。
暗殺の実行、もしくはその準備をするなら、どこかに必ず忍び込んでいるはずだ。
……見つけた。ここがあたりのようだ。
「侵入して狙いはしたものの、手持ちの装備では無理と諦めたか。……こうして見る限り、いつでも殺せそうなんだがな」
天井裏から見下ろすとエポナは気持ちよくぐっすり眠っている。
ほんの数メートル先に、俺がいるというのに。まったく警戒心がない。
ここから、砲撃を叩き込んでもかすり傷程度だろう。
【砲撃斉射】ですら、殺すには至らない。
さて、行こう。
獲物が罠にかかった。
……明日には暗殺者を特定できるだろう。
◇
翌日は普通に学園に通う。
トウアハーデの眼を使いながら、道行く人々を観察している。
罠の成果を確認するためだ。
罠と言っても、殺したわけでも、怪我を負わせたわけじゃない。
ただ、目印を付けただけだ。
暗殺者の正体は十中八九、教師か学生だと思っている。
この学園はセキュリティが固い。特に学園の外から侵入することは極めて難しい。
貴族の子女がこれだけひしめき合って暮らしているのだから、必然的にそうなる。
なら、疑うべきは内側にいるもの。
教師には優秀な人材が揃っているし、学生は魔力持ちかつトウアハーデのような家に生まれた子は特殊な訓練を受けているものもいる。
……暗殺者が居てもおかしくない。
「ルーグ様、さっきからきょろきょろとされてますが、どうなされたんですか?」
「ほう、わかるのか」
驚いた。タルトの言う通り俺は周囲を観察している。
しかし、警戒していることを周囲に気付かれるような振る舞いはしていない。
そんなことをすれば、周りに不審がられる。
だからこそ、焦点を絞らず全体視を使い、脳に取り込んだ画像を分析するという手法を取っていた。
傍目に見れば、いつもと変わらない。
「なんとなくです。その、空気がちょっと違って」
「そっか。いい子だ」
タルトの頭を撫でてやると、うれしそうにタルトが目を細める。
暗殺者にとって、感度の高いセンサーというのは何より重要だ。どんな些細な兆候にも気づけなければ、生き残ることはできない。
「ううう、タルトばっかり褒められてずるいよ。私もがんばらないと」
「ディアは昨日、魔法で褒めたばかりだろ」
「それはそれこれはこれだよ」
ディアが膨れてる。
こうやって対抗意識を燃やしているのが可愛らしい。
◇
教室に入って、安心した。
どうやら、このクラスに暗殺者はいない。
良かった。このクラスにいるものたちとはそれなりに仲良くなっており、クラスメイトが欠けるのは避けたかった。
授業が終わってから、教官の詰め所に用事を作っていく。
少なくとも、その場にいた教官はシロ。
さらに昼食時は、いつものように中庭で弁当を食べるのではなく、食堂に向かう。
そちらのほうが多くの生徒と遭遇できる。
暗殺者を探すために食堂に来たが、事情を知らないタルトとディアは純粋に食堂の料理を楽しんでいる。
「美味しい……びっくりしました」
「でも、高いわね」
「いい材料を使っているからな」
本当にうまい。
いつも、タルトが材料をもらって夕食を作り、余った材料で弁当まで作ってくれているので食堂を使うことはないのだが、たまの贅沢に食堂を使うのはいいかもしれない。
材料がいいし、手間もかかっている。その分高い。
朝食、夕食と違い昼食は自腹であり、使うには勇気がいる値段だ。
トウアハーデは医者として儲けていることもあり、親に泣きつけば常用できなくはないが、男爵程度の収入ならかなりきつい。
ゆえに、あまり多くの生徒が通っているわけじゃない。おそらく食堂を使っているのは四割ほどだろう。
それでも、中庭で食べる生徒より多いのは、食堂を使う経済力がないことを恥ずかしがり、どこかでこそこそと食べる生徒が多いせいだ。
「いい材料を使っているだけじゃないですよ。調理法もすごい。このクリームシチュー、シチュー自体もいい味ですが、具の鶏肉が絶品、旨味をシチューの中に出し切っているのに、ちゃんとしっとりで美味しくて、魔法みたいです」
料理好きの血が騒いでいる。
この後、厨房に駆け込んでレシピを教えてと頼み込みそうな勢いだ。
こういう向上心の良さは、タルトの美徳だ。
そんなタルトを愛でながら周囲を見る。
ようやく見つけた。
俺の仕掛けた罠の正体……それは、特殊な粉末塗料。あらかじめ暗殺者がエポナを殺すため、あるいは下準備をするであろう場所すべてに粉末塗料を撒いていた。
灰色がかかった白で、極々微小ということもあり、付着していることに気づかない。
しかし、肌に付着すると水で洗っただけでは取れず、粉末塗料をトウアハーデの瞳でみると青く光って見える。
「へえ、彼か」
Aクラスにぎりぎり入学していた侯爵家の男だ。
……一段階、敵の評価を上げる。
ここ数日の振る舞いで、暗殺者が有能であることはわかっていた。そもそも勇者の暗殺を任されるような奴だ。
その気になれば、このSクラスに居て当然だ。
しかし、いないということは目立たないために、プロに徹し下のクラスに入学したことになる。
周囲との距離を取るため、きっちり個室が与えられるAクラスに潜り込むあたりも抜け目がない。
俺は、エポナの近くで弱点を探るためにあえてSクラスに入ったが、暗殺者としての王道は彼のように目立たず距離を取ることだろう。
ただ、撒いた餌にすぐ食いつくようでは自制心が足りない。
おかげで、こちらだけが一方的にアドバンテージを稼げた。
あとはやりたい放題だ。
「むう、やっぱりルーグ様も食堂の料理を気に入ったようですね。負けませんから! もっと美味しいって思わせる料理を作っちゃいます」
表情を緩めたことで、俺が料理をいたく気に入ったとタルトが勘違いをしている。
ただ、それをわざわざ口に出すこともないか。
こんなにやる気を出してくれているのだから。
「ルーグ、夕食は美味しいものが食べられそうだね」
「ああ、これだけ気合が入っているんだからな」
ディアと二人でタルトを見て苦笑する。
せっかく、タルトがご馳走を作ってくれるのだし、始末するのは食後にしよう。
◇
放課後、学園長を含め、何人かに手回しをしておいた。
学生一人がいなくなるのだから、事前に根回しは必要だ。
色々と話しあった結果、ターゲットは厳しい学園生活に耐えかねて脱走し、行方不明となったシナリオが出来上がっている。
すでに、フェンスの一部を切り取り、逃げた痕跡も作っておいた。
学園長の息がかかっている警備員が逃走を証明する目撃証言をしてくれる手はずであり、念を入れて、彼が身に着けている制服をひっかけ、繊維を残して置く予定だ。
学園長も、初めは学生を始末することを渋ったが、相手が勇者暗殺を企んでいることを説明すると納得してくれた。
勇者はすべてに優先される。
……もっとも、この根回しの代償に俺が学生を殺したという事実を知られ、弱みとなるが、同時にこちらも相手がそれに加担し協力したという弱みを握っている。
一蓮托生。それも含めての根回し。
処罰の実行役を教官がするという話も出たが、万が一露見した場合のことを考え、最終的に俺の手で行うことになった。
教官が生徒を殺したとなると学園の存続そのものがまずくなる。
深夜、変装をしてAランクの寮に忍び込む。
なにも小細工はしない。
みんなが寝静まった時間に、ただ正面から門をくぐって目的の部屋を目指す。
消灯の時間を過ぎており、誰一人部屋の外に出ない。
消灯時間を過ぎて部屋を出るのは、Sクラス以外では違反で大きな罰則を受ける。
気配を消し、音も経てずに、学園長から預かった鍵を使って扉を開けて暗殺者の部屋に侵入。
ターゲットが眠っているのを確認し、即座にナイフを投擲。
トウアハーデの瞳で、相手が纏っている魔力量を見切り、適切に魔力を込めた一撃だ。
かけ布団を貫通し、深々とナイフが突き刺さり血が広がるが、悲鳴すらでない。
即効性の神経毒、毒が体内に流れ込んだ瞬間に指一本動かせない。当然、悲鳴なんて上げようがない。
暗殺者が俺の顔を見る。
その表情には、困惑があった。
エポナの護衛である俺が、こういう直接的な手に出てくることは想定外なのだろう。
……少々お粗末だ。あまりにも警戒心がなさすぎる。
「悪いな。俺の仕事を邪魔させるわけにはいかない。それから、無駄かもしれないが、一つアドバイスをしてやろう。暗殺者は、常に自分が狩られる側になることも想定しなければならない。……まあ、かつて失敗した俺が言うのもどうかと思うが」
意識を刈り取り、止血し、持ち込んでいた麻袋に、血が染みついたシーツと一緒に入れて担ぐ。
来た時と同じように、無人の廊下を歩く。
見回りルートとタイミングを熟知している故にリスクはない。
消灯後の寮がこれほど仕事がやりやすい場だとは思わなかった。
……さて、あそこに連れていくとしようか。
こういうときのために秘密基地を用意した。
どれだけ音を立てても、周囲に気取られない場所だ。
こいつから、エポナを狙った動機を聞き出さなければならない、拷問する必要がある。
もちろん、それだけで終わらせない。ようやく魔力持ちの体が手に入った。思う存分、トウアハーデの瞳を与える手術の実験ができる。
タルトへの施術を行うのだ。万全を期さなければ。
今夜は忙しくなる。明日、授業で居眠りしないか心配だ。