第二十二話:暗殺者は手助けする
魔物の増援が来ている道をたどる。
俺は倒した魔物の血を浴びて匂いを消しつつ、気配を隠しながら、道を見失わないぎりぎりまで離れて進んでいた。
慎重かつ、大胆に進んでいく。気付かれて戦闘になったら厄介なことになる。
なにせ、一度見つかれば戦っている間に増援がやってきて処理が追いつかなくなるのが目に見えている。
……肝が冷える。
そうして、おおよそ三キロほど進んだ先に、それはいた。
見た目はオークだが、あきらかに他とは装いが違った。
魔獣の皮鎧を身につけ、全身に古傷が刻まれている。
白髪と長い髭もあいまって、歴戦の老戦士特有の風格があった。
そいつが顎を完全に外して大きく口を開けている。
すると、その口の中からオークやゴブリンがはい出てきた。
グロテスクな光景だ。
「あまり見ていて、気持ちいいものじゃないな」
ああやって、数を増やし続けているのだから、いつまで経っても戦いが終わらないのだ。
ポシェットから、道具を取り出す。
それは信号弾。
魔族を特定する使命を受けたものに学園から与えられている特別製だ。
導火線に火をつけて使う。
ロケット花火のように先端が飛んでいき、赤い光を放つ爆発を上空で引き起こす。
これなら、数キロ離れていようが見える。
エポナはすぐにやってくるはずだ。
問題があるとすれば……。
「まあ、そうなるよな」
一斉にオークとゴブリンの群れが襲い掛かってくる。
今の信号弾で、勇者にこちらの位置を知らせたのはいいが、当然敵にも自分の位置を知らせることになる。
離れて使えば安全だったが、それでは正確性にかける。
しかも、ここから離れるわけにはいかない。魔族らしき、オークの老戦士が移動すれば信号弾を打ち上げた意味がなくなる。
近くで監視し続けなければならない。
身軽なゴブリンがまるで猿のように木の枝を飛び回り肉薄してくる。
空中に躍り出た瞬間、投げナイフで眉間を貫き、三匹が墜落していった。
俺がいるのは森の中であることもあり、大型オークは木々に邪魔され動きづらくしている。
ゆえに、詠唱をする時間があった。
「【炎嵐】」
分厚い皮ごと、炎の嵐で焼ききる。
魔法の精度を高めることで、嵐の中にすべての熱を閉じ込め、とび火しない炎の檻と言うものを完成させた。
二体のオークを焼きオークにしてしまう。
しかし……。
「焼石に水でしかないか」
ゴブリンもオークも、数百体いる。
こうして、数匹倒したところでなんの意味もない。
眼をつぶり、閃光玉を取り出し投げつける。
三つしかない貴重なものだが、出し惜しみしている場合じゃない。
世界が真っ白に染まる。
オークたちにもこの手が有効なのはすでにわかっている。その一瞬の間に、俺は全力で跳躍し、隠れた。
俺が居た場所を魔物たちが探す。
索敵能力はさほど高くないようで助かった。
……さて、勇者様が来るまで、潜み続けるとしよう。
◇
監視をしながら、定期的に位置を変えながら隠れ続けている。
今のところ見つかる気配はない。
だが、妙だ。
今回の戦略的な動きを見る限り、この魔族はかなり知能が高い。
あれが信号弾であり、勇者を呼んだとわかっているはずだ。
なら、なぜ動かない?
あの魔族は勇者の位置などとうにわかっていたはずだ。
わかっていながら、勇者と直接戦わなかったということは、勇者とは戦いたくなかったからということ。
なのに、ここで待っている。
注意深くみろ、何かあるはずだ。
そう言えば、増援としてここから出ていく魔物ばかりじゃなく、もどってくる魔物がいる。
よくよく見ると、なにか荷物を持っているような気がする。
大きな麻袋のようで、たまに中が動いている。
魔族の指示でオークが麻袋をあけると、麻痺毒を使われたのか身動きがとれなくなった学生がいた。
そういうことか。
もともと、オークにはメスを攫って孕ませて数を増やす特性がある。
それを利用することで、学生を回収させていたのだ。
盾にするために。
その盾を用意したのは、前回の襲撃でエポナの弱点を知ったからだろう。
勇者が味方を巻き込むのを恐れると知ったからこその作戦だ。
俺たちがいた東方面は、優勢だったからこそ気付かなかったがその他は劣勢で、こうして攫われていたのだ。
……まずいな。
これじゃエポナは全力で戦えない。
エポナが来る前に、救出は可能か?
「一人二人ならどうにでもできるが。二十三人か」
不可能だ。人質に近いオークを倒すだけならできるが、一人で二十人近い人質を回収してここから逃げるのは現実的じゃない。
爆音が聞こえて、そちらを見る。
「ようやく見つけたよ。僕の敵。僕はおまえを殺して、使命を果たす。僕はちゃんとした勇者に、みんなの期待通りの勇者になるんだ」
手を考えている間にエポナが来てしまった。
エポナの通ってきた跡が道になっている。
風圧で周囲のものがなぎ倒され、蹴られた地面にクレーターができていたのだ。相変わらずの規格外っぷり。
オークの群れが笑い、老戦士風のオーク……魔族が前に出る。
「此度の勇者は未熟じゃのう。未熟、未熟、勇者に選ばれただけの子供よ」
「そうかもしれない。でも、僕はやりとげてみせる」
「おおう、勇ましい。せっかくだ。わしの名を告げておこう。まあ、お主らに名を告げても、聞き取れもせんじゃろうから、お主らの言葉で名乗ってやろう。オーク・ジェネラル。究極のオークよ」
こちらに合わせたというのは、同じニュアンスの言葉を選んだということだ。
オークの将軍。統率者として実にわかりやすい。
「……エポナ、勇者エポナ」
「ふぉふぉふぉ。エポナ、覚えた。まず、一人目の勇者をいただくとしよう。みなが起きる前に、ポイントを稼いでおかないとのう」
ちょっと待て、今なんて言った?
一人目の勇者。
それが言い間違いでないのなら、勇者が複数人存在することになる。
過去の文献でも、同時代に勇者が複数存在したなんて記録はない。
そんな疑問を抱いている間に戦いは始まる。
屈強なオークの群れがエポナに襲い掛かる。
しかし、エポナはものともしない。
まるで羽虫でも払うように煩わしげに腕を払うだけで、数体まとめて引きちぎられて吹き飛び、魔術ですらないただの魔力の塊をぶつけるだけで、オークが四散する。
圧倒的な力。
だというのに、オーク・ジェネラルは笑っている。
笑いながら口をあけてオークを生み出し続ける。
エポナの動きが悪くなった。
オークたちが、攫ってきた学生たちを盾にし出したのだ。
その醜い腹に紐のようなもので学生たちを括り付けている。
「卑怯者!」
「戦略じゃよ。勇者なんて化け物とまともに戦っていられぬからな」
オーク・ジェネラルの高笑いが聞こえる。
そんななか、エポナは戦う。
学生たちを傷つけないように。
もともと、強すぎて細かな制御ができないエポナだ、ろくに戦えない。
それでも、理不尽なまでの防御力で劣勢にはなっていないところが、勇者らしい。
「ふむ、わざわざ口に出すまでもなく伝わると思っていたのじゃが……わかってないようだから、言おう。戦いを辞めねば……わかってるおるな?」
オーク・ジェネラルが合図を送ると、一人の男子生徒が頭から食べられて絶命した。
エポナは奥歯を噛みしめ、オーク・ジェネラルをにらみつける。
しかし、戦いはやめない。
「うむ、勇者は血も涙もないのう」
「僕が負けたら、どうせ殺される」
意外だ。
てっきり、エポナの性格上、向こうの要求に従うと思ったが、現実が見えているらしい。
彼女の言う通り、どっちみちエポナが死ねば終わりなのだから、人質を気にする必要はない。
……とても、前の戦いで自分のせいで俺が怪我をしたと落ち込んでいた人間と同一人物に見えない。
俺は勘違いしていたのか。エポナは、味方が傷つくことが嫌なのではなく、あくまで自分の手で殺すことを忌避している。
「がはははははは、しかり、しかり、しかり。馬鹿ではないようだのう。なのに、どうして、そうも動きが悪くなる」
人質を括り付けたオークばかりが前にでるようになった。
エポナは、不器用ながらも人質を避けるように戦う。
やはりそうだ。エポナは自分が人殺しになることだけを極端に恐れている。
表情で考えていることがわかる。いっそ、人質を殺してくれればいいのに。そうすれば、自分が殺すかもしれない状況から解放されると。
何があったらここまで歪むのだろう。
そんな戦いを続けていくうちに、エポナの様子がおかしくなっていく。
どんどん雑になる。眼がらんらんと輝き、口元が吊り上がり、魔力が満ち、筋肉が盛り上がる。
血と戦いに酔っている。
「うっとうしいいいいいいいいいいんだよおおおおおおおおおお」
そして、とうとう全力でこぶしを振るった。
オークを人質ごと貫いたのだ。
「うわああああああああああああああああ、僕は、また僕は」
そんな悲鳴を見て、よりオークはこれ見よがしに人質を突き付けるようにして襲いかかる。
エポナはほとんど無意識に反撃して、さらに人殺しをした。
顔は蒼白でがたがたと震える。
……戦っているうちに、保有スキルの何かで理性を無くして、人殺しの衝撃で我に返った。
人殺しでショックを受けるのはわかるが、度を超えている。
何かしら、深いトラウマがあるようだ。
その場で嘔吐し、ついには座りこんだ。
これではもう戦えない。
さすがに見てはいられない。
俺単独では人質を助けることは不可能だった。
だが、エポナがいる今なら救出が可能。
俺も参戦することにしよう、今勇者に負けてもらっては困るのだ。