36 光魔法
エメルがコソコソと耳打ちしてくれたことを、口にする。
「光魔法の最大の力を発揮する能力はもちろん治癒系です。我が家の書物の〈光魔法〉のかたの鍛錬の様子では、ひたすら病院などで治癒を行ってます。病人や怪我人の症状は様々。それを的確に察知して、患者の負担にならないように短時間で次々と治癒していく……それが光魔法のレベル上げになります。できれば魔力は枯渇するギリギリまで使った方がいいです。容量が増えます。そして、使える治癒系の魔法に幅ができます」
「殿下が病気の蔓延する場所に出向くだと!? そんな危険な真似できっこないだろう!」
従者が、私の蔓に足が絡まったまま喚く。
「ご自分を〈光魔法〉の膜で包めば問題ないでしょう。まあ、周りの制止を説得することもできなかったり、心が病への恐怖に負けて、その場に行けないのでしたら無理ですが。話を戻すと、死病と言われる赤蟲病の治癒を一時間で終えるようになったら、だいたいレベル50のマスターです」
「赤蟲病……」
赤蟲病はこの世界の死因ワースト10に入っている、難しい病だ。患部がすぐ体中に転移する。
「そこから、いろいろと治癒以外の光魔法が使えるようになります。例を挙げると、私の『草壁』のような物理結界を光で拵えたり、光を交錯させて幻を見せたり、輝く光の槍でもって、敵を刺し抜いたり……」
「そ、そのようなことができるのか?」
「できるらしいです」
エメルによれば。
殿下が必死の形相で私の手を握りしめる!
やはり、臣下をわかりやすく、はむかえないと理解させられる攻撃系の魔法の手持ちがないと、不安なのだろう。周りのものは何かしら持っているから、尚更。
「頼む! その先達の書物を私にくれ」
「……殿下、家宝を簡単に手放す人間などおりません」
甘ったれか? 王族ならばなんでも臣下は差し出すと思ってるの?
「対価ならば、なんでも払う!」
『おっと、いい言葉を引き出したな、クロエ』
エメルがニヤリと笑う。
引き出したつもりはなかったけれど……最大限活用させてもらおう。
「そのお言葉、お忘れになりませんように。それでは殿下がマスターに到達した暁には、その書物の写しを差し上げます」
「なぜ写しなのだ?」
「〈光魔法〉以外の当家の秘密も書いてありますので」
本当は私がエメルに聞いて書きとるだけなんだけど。
『簡単に教えてやっていいのか』
「マスターになればね。その努力に敬意を払うよ」
『まあ確かに……今は中級治癒魔法のレベル30手前だな。こっからは実践で数をこなさねば伸び悩むだろうな。オレももうちょっと記憶を探してみるよ』
まあ、マスターになれば、私たちのヒントがなくとも、あれこれ自分で思いつき、自作できると思う。
「簡単におっしゃいますが……あなたはマスターなのですか?」
従者の一人があざけるように言う。
「もちろん。辺境を守るものは皆マスターですし、適性以外のものも鍛えて複数魔法のマスターもおります。次代のローゼンバルク辺境伯である兄は、底無しに強いですよ」
「「「!」」」
女の私が強いのは受け入れづらいけれど、兄が強いのは納得できるようだ。
「つまり、私は私よりも強く、さらに兄よりも強い人としか婚約などしませんので悪しからず」
私はこれで昨日の拒絶の返事になっただろうとばかり、ニッコリ微笑んだ。
「なるほどな、私と同世代の兄がそのように猛者ならば、私やドミニクなど目にも止まらんわけだ……見たところ王族になって贅沢したいなどという野心もなさそうだし」
今世の私は、〈草魔法〉の知識でいくらでも稼げる。欲しいものは自分で買える。
「私は二度と……私を一人の人間として尊重してくれない世界に住む気はないのです」
「それは……王家では確かに難しいね」
「……おわかりいただけましたかな」
大好きな声が上から降ってきた。いつのまにか祖父が現れて、私を見えないエメルごと背中から引き寄せた。
「殿下、主人不在の家に押しかけるなど、権力を振りかざしているのと同じですぞ。今後、クロエに会うことはかないませんので、悪しからず」
「っ!」
「もう十分に、クロエからヒントを受け取られたようだ。皆、殿下がお帰りだ。クロエ!」
「はい。成長!」
蔓を枯らし、従者の縛りを解いた。
「邪魔をした。クロエ……ありがとう」
アベル殿下は深々と頭を下げて、供とともに帰っていった。
「……随分と親切だったな、クロエ。アベル殿下が気に入ったのか?」
祖父が右眉をピクリと上げた。
私は目を大きく見開いて答えた。
「まさか! ありえません。王家は使えるものも、使えないものも、全て利用することしか考えてないもの」
使えないものは、前世の私。使えるものは、現世の私。
「そうか。よくわかった。今後王家が何かお前に打診してきても、理由をつけて断ろう」
「ありがとう、おじい様」
そうは言いつつも、アベル殿下は前世のドミニク殿下よりもずっと、話のわかる人だった。四大魔法でなかったから、傲慢な人格に形成されなかったのかもしれない。
「どうした?」
「アベル殿下、王宮で生きていくのは前途多難だろうなって。適性が四魔法ではなく〈光魔法〉だそうです。ちょっと同情しました」
多分盗み聞きしていただろうけれど、祖父にかいつまんで話す。祖父に前世がらみ以外で秘密を持とうとは思わない。祖父は子どもには率直さを求めている。
「……立場がどうであれ、己をどれだけ追い込み鍛えられるかだ」
私が祖父の腰にギュッとしがみつくと、祖父は私をさっと抱き上げた。
「よし、帰るぞ!」
「『はーい!』」
◇◇◇
数日かけて旅をして、ローゼンバルク領に入ると、松明を掲げた数人が待ち構えていた。
『お?』
エメルがスピードをあげて、そちらに突撃した。ということは、
「お兄様!?」
「クロエ!」
祖父が素早い手綱捌きで、兄の馬に向かって駆ける。私は祖父と自分をくっつけている蔓を枯らして、エメルに続き兄に向かってジャンプした!
「お兄様っ! 迎えに来てくれたの?」
兄は手綱から手を離し、私を危なげなく両手で抱きとめて、
「クロエ……よかった、帰ってきてくれて……」
「ジュード、心配をかけたな。概ね用事は片付けてきたぞ」
「おじい様! 大神殿での様子や、クロエが王宮に呼ばれたと聞いて、俺はもう、クロエが王家に捕まったかと……」
ちょうど兄の胸の位置にある耳が、兄の常にないバクバクという鼓動を拾う。
「お兄様! 私はローゼンバルクのクロエだもん。どこに行っても、絶対お兄様のもとに帰ってくるよ!」
「そうか……」
兄は額を私の額に押し付けた。
「クロエ、約束してくれるか? 俺がクロエを守るから、ずっとそばにいてくれると」
いつもそばにいるとは……約束できない。私は流れの薬師になるのだから。
でも……
「大きくなったら、学校とかに行って、いつも一緒にはいられないでしょう? でも、心はいつでもお兄様のところにあります。お兄様が呼んだらすぐエメルと飛んできます。大事なお兄様は私が絶対に守ります!」
「クロエ……」
兄が苦笑いした。
「クロエ、わしのところには戻ってこないのか?」
「おじい様と、お兄様は私の全てです!もちろんおじい様が困ってる時も駆けつけます!」
私は祖父に向かってドンと自分の胸を叩いて約束した。
「お館様〜! よかったですね〜! 仲間外れにされなくて! お館様が二日酔いのときは、どんなに遠くにいてもクロエ様を呼びつけますからね〜!」
ゴーシュの声は相変わらず大きい。
「え〜! それはヤダ!」
『じい! 大人なんだから自分でなんとかしろ!』
私と、兄の頭にへばりついたエメルが揃って顔をしかめると、場がドッと笑いに包まれた。
「やれやれ、では、皆、戻るぞ! 一気に屋敷まで行く!」
「「「「はっ!」」」」
祖父の一声で、一斉に馬が駆け出した。
「クロエ……決して離れぬように、繋いでろ」
「はい!」
私は兄と私を蔓でグルグルと巻いた。すると、兄がその上からマントをかけた。
「寝てていいぞ」
「うん、でもね、王都のことお話ししたい。あのね、お兄様へのお土産何かわかる?」
「うーん、なんだろな。どこで買った?」
「グルニー横丁!」
「じゃあ本だな」
「ぶぶー!ハズレ〜!」
「だとすれば……」
たくさん話題はあったのに、領地に入って安心したのか、兄の腕の中は暖かすぎるのか、まだ空は明るいのに、寝てしまった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
誤字報告、感謝です。
いよいよ……九月ですね……
クロエの8歳編はこれで終わりです。明日からちょっぴり大きくなります。
今月はのんびり投稿となりますが、慌ただしいクロエをのんびり見守ってくださると嬉しいです。
それでは今後ともよろしくお願いします_φ(*^_^*)