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指輪のゆくえ

作者: 渡辺 佐倉

「ねえ。必ず僕が迎えに行くから。

そうしたらけっこんしよう。

これは約束の印だよ」



そう言って、私に指輪を渡してくれた男の子が再び私の前にあらわれることはありませんでした。


避暑地での出来事だったので相手がどこの家の子かは分かりません。

ただ、リュークという名前だけは教えてもらったので覚えています。


そのこがどの家門の子かがわかったのは、約束と言えるか分からない結婚の約束をしてから数年後のことでした。


* * *


指輪の石には特殊な加工がしてあり、光を通すと家門が光の先に写し出されました。

鏡で似た加工品があることは知っていましたが、装飾品にもできるという事を私はその時知りました。


けれど、そこに映し出された家門の陰影を見て、それが可能な家なのだと私は悟りました。


この国で魔導にたけた侯爵家の家門が浮かび上がっていました。

私はこの時この恋の短い終わりを感じました。


身分が違いすぎて無理でしょう。

私の家は古くからあるものの子爵の中でも、力の弱い家でした。


指輪をお返しする。そう考えた時期もありましたが、なにぶん時間がたちすぎていました。

盗まれたと言われたらどうすることもできません。


同じようにもし捨ててしまったら。

万が一誰かの目に触れるのも何か良くないことに巻き込まれる気がして、私の初恋の証はずっとそっとしまっておくしかありませんでした。



そんな初恋よりも、私には日常に追われている様になってしまいました。


父が再婚をしたのです。

母は初恋のあの時にはもうおりませんでした。


母に代わって家族になってくれると言った、初恋のあのこのことよりも、父の再婚相手とその連れ子という肩書の妹にふりまわされ、そのことばかり考えていました。



継母は、私の実母との思い出という思い出を処分してまわりました。

まるで母の痕跡を全て消すと決めているかのように、母が選んだというだけでカーテンもソファーも何もかも変えていきました。


妹は、私の本当の妹だという事も公然の秘密とされていました。

父が愛人との間に作った子。父はずっと実の子として妹をかわいがってきたようでした。

妹は、なんでも私のものを欲しがりました。

最初は誕生日で親族からいただいたぬいぐるみだった様な気がしますが、それがハンカチになり、万年筆となり、それからドレスや宝飾品、それこそなんでも私のものを欲しがりました。


父はそんな妹を許してしまいました。

姉なのだから少しは分け与えてあげたらどうだというのが父の意見でした。

その中には母の形見もありました。


最初は抵抗していたものの継母に頬を打たれ、頬がはれているが目に見えて分かっているのに、妹に譲るように言う父。

何もかもに疲れ果てていました。


それがいけなかったのでしょうか、私は貴族たちが通う学園のパーティで、あの指輪を見せて「あの時の約束の令嬢は私です!!」と叫ぶ妹を見てしまいました。


* * *


貴族学園に通うようになって、初恋のあの人があの時の指輪を探しているという話を聞きました。

そんなに大切なものを子供だったために渡してしまったのだろうかと、私は慌てましたがどうも話が違うようです。


あれは初恋のあの人の個人資産の一部で価値は大したものではない。

けれど、その時にした約束を果たしたいので探しているというものでした。


学園で何度もあの人とすれ違ったけれど、あの人は私に気が付いた様子はありませんでした。


それ以上のことは妹をいじめるいじわるな姉、と学園で噂される私が知ることはできませんでした。


いつも肌身離さず持っていたはずの指輪を無くしたと気が付いたのは三日前のことでした。

あちこちを探したのに見つからなかった理由がようやくわかりました。

無くさないようにチェーンに通していた筈のチェーンには傷一つなく、指輪だけが忽然と消えてしまったのはこういう事だったのでしょう。


あの人は指輪を受け取ると、その碧眼でまじまじとそれを見ました。

それから「これをどこで?」と聞きました。


「ですから、あなたのお探しの相手は私なのです!」


妹はそう言いました。



あんなものは子供の戯言。

果たすべき約束は何もありません。


だから名乗り出なかったというのに――


というのは半分嘘で、悪い噂ばかりがある私が名乗り出てあの時の思い出を汚したくはなかったのです。

それに約束が果たせるとは思いません。


けれど、妹をまじまじと見たあの人は、その後「違う、あなたではない」と言いました。

誰であっても関係ない。

指輪を取り戻して約束は無理だとお断りする。


それだけの話のはずなのに、あの人はそう言いました。


「でも指輪を僕の元にもどしてくれたのは、ありがとう」


あの人はそう言いました。


「きっと、幼いころのことで覚え違いがあるのでは!!」


妹は更にあの人に言いました。


「幼い?

そんなこと僕言ってないのに何故?」


妹は上機嫌を隠せない笑みを浮かべて言いました。


「それは私があなたの約束の相手だからです」


約束としか言わない妹は約束が叶うはずのない物なのだときっと知らないのでしょう。

けれど、多分妹は私が彼女が初めて子爵家の屋敷に乗り込んできた時にはもうあの指輪を持っていたことを知っていたのでしょう。


「それは、違う。

だって指輪が反応しないのだから」


これはね。僕が作った魔道具なんだよ。

あの人はそう言いました。

そして、その魔道具は約束の相手にのみ反応すると。


「君は僕の約束の相手ではないけれど、君の近しい人が僕の探し人だってことはわかったよ。

それに君は約束の内容を知らない。

親友からくすねてきたとか、託された感じじゃないね」


事情を中途半端にしか知らない妹に対して、目を細めてあの人はそう言いました。


それから配下の貴族に妹の名を聞いている様でした。


私はこの場を去らなければなりません。

淡い初恋の約束を本人の手によって否定される前に、この場を去らなければなりません。


自分でもあの約束は無かったことにしかならないと知っているのに、なんて矛盾している考えなんでしょう。

そう思ったからこそ動きました。


それが多分よくなかったのでしょう。

あの人の目にとまってしまいました。


「マリィ――」


あの人の唇が、今は誰も呼ばない私の愛称の形を作ったと思った次の瞬間、目の前の視界がぐにゃりとゆがみました。



次の瞬間には知らない場所にいました。

見慣れない調度品はどれもいい品物なのだとわかります。


「ああ、本当に、マリィだ」


目の前には先ほどは遠くにいた筈のあの人がいました。

魔導にたけた一族の嫡男、次期侯爵といわれる令息。


「ウィンザー侯爵令息……」

「やだなあ、昔みたいにリュークと呼んでよ」


彼が誰だかわかった今は、それが彼の名前ではなく愛称なのだと知っています。

それは子供ならまだしもこの年齢になったら家族以外は特別な間柄でしか使わないことを知っています。


彼がなぜそう言うのかが分かりませんでした。


「迎えに来るのが、遅くて、同じ学園にいるなんて気が付かなくて怒っている?」


心配そうに彼が私を見ました。


「違います。

私は子爵家で……」


あなたは侯爵家で釣り合わない。

そう言おうと思ったのに上手く言葉が出ませんでした。


「そんなことは、どうでもいい事だよ。

魔法使いは契約をたがえない」


大事なことはそれだけだよ。

彼はそう言いました。


「あんな、子供の約束に縛られる必要は無いです」


あの約束が無ければ選ばない女の子との、けっこんの約束を律儀に守る必要は無い。

そう思い言いました。


「ゴメン。

きみを傷つけてしまった。

本当にごめん」


くしゃりと顔をゆがめた後、「まだ僕はあの時のあの子に恋をしてるんだ。だから約束を守りたい。あなたを守りたいし、ずっと一緒にいたいんだ」と言った。


それから

「結婚して欲しい。あなたの家族になりたいんだよ」

と言って、あの時と同じように指輪を差し出した。


褪せてしまって輝きを失ったように見えた指輪はあの日と同じ様にキラキラと輝いていた。

そのきらきらと輝く指輪を見て、「ああやっぱり君にだけ反応するように作った甲斐があった。でもあの時は子供すぎて一部回路が間違っていて動きを止めていたみたいだけれど」と言った。



「これはあなたが作ったの?」


てっきり家のものを持ってきたのだと思った。


「そうだよ、マリィのためだけに作ったんだよ。

今まで持っていてくれたってことだよね」


嬉しそうに彼は笑った。

私がずっとあの日の思い出を大切にしていたのは知られてしまっているようでした。


「本当に私でいいんですか?」


私が言うと、彼は、リュークは指輪を私にはめてくれました。

指輪は多分魔法の力で私の薬指にぴったりのサイズでキラキラときらめいていました。


「勿論」


彼はそう言って私を抱きしめました。



それから、迎えに来た。という言葉通り彼は私を生家には帰さず、何故だか家格が違うはずなのに婚約が調っていました。


彼の配下の人たちは嫌な噂のある私なのに、約束の人が見つかったと大層喜んでいました。

今は、リュークに魔導士について少しずつ教わっている最中です。


指輪は今は常に私の薬指で輝いています。


「その指輪も僕も二度ときみから離れないから」


彼がそう言うと、本当にそうなる気がしました。


END








ざまあが入らなかった……

別視点であってもいいのかもしれないと少し思っています。

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