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小説を書く上での架空世界の言語設定について

作者: 中原恵一

 今回は趣向を変えて、ファンタジー小説を書く上での言語の設定について話したい。

 以下は私個人の意見なので、これを読む人が自身が持つ『こうあるべき』という姿については色々なものを読んで自分で考えればいい。


 まず言語の設定を特別練りたくない人のために。


 いや、まあぶっちゃけなくてもいいんだけど、といってしまえばそれまでである。

 大体日本のファンタジーで多いヨーロッパっぽい架空の世界が舞台なら、人名・地名辞典や辞書で英語含めドイツ語・フランス語・ラテン語・ギリシャ語あたりから拾ってくればできてしまうので、別にいちいち細かく設定する必要もないと思う。

 ほかもまたしかり。

 和風、中華風だろうが、アラブ風だろうが、実際にある言語――この場合古語や中国語、アラビア語――からそのままとってしまえば楽だ。

 具体的に公用語が何語で、という設定を作らずにいれば避けられる問題も多い。


 異世界転生・召喚ものだと主人公と異世界の人間たちがフツウに会話できてしまうのが問題になる。

 しかしこれも、十二国記的に物語の設定をうまく使って、言葉が話せる理由を説明するのもアリだと思う。

 十二国記の世界には『仙籍』というものがあり、神仙となった人間はすべての国の言語はおろかあやかしや動物の言葉までわかる、という設定があったため、主人公の陽子は日本語しか話せなくてもOKだった。


 ここで是非、言語の設定をあんまり作る気がしない人にも知ってもらいたいことがある。

 絶対に日本人しか言わないようなジョーク、日本にしかないことわざや日本人しか知らないものなどを、軽々しく日本とかけ離れた世界――ヨーロッパやアラブ、インドなど――が舞台のファンタジーで登場させてしまうと雰囲気が台無しになってしまう。

 たとえば『鋼の錬金術師』はヨーロッパ、ドイツのようなアメストリスという国が舞台だった。作者は番外編でこそ、主人公エドワードが満開の桜の下で花見をしているシーンを描いたりしたが、本編には明らかに日本臭いものはあまり登場させなかった。ギャグにおいても背の低さをバカにされて憤慨するとか、ヨーロッパが舞台でも違和感がないもの多かった(と思う、探せば日本的なものも出てくるかもしれない)。

 コメディなど、あまり厳密なことを気にしないもの以外では、文化背景に気を使うべきだと思う。


 次は、言語の設定を練りたい人のために。


 架空の言語を実際に作ってしまう、というのも手だ。

 指輪物語のエルフ語、スタートレックのクリンゴン語、アバターのナヴィ語、こういう手のこんだ言語は作るのに何年――下手すると何十年――もかかるので、すごく世界を作りこみたい人にはおすすめする。


 しかしそこまではだるい、という人は、以下な方法を使うといいかもしれない。

 一つは『暗号』作戦である。

 暗号系で有名なのはグロンギ語やFF10のアルベド語、もっと手が混んでいるのだとアーヴ語があげられる。

 アーヴ語にいたっては日本語の古語を規則的にフランス語に近い音韻に変換させ、名詞の格や動詞の活用など文法まで作るということをした。一見複雑そうだが慣れてしまえば膨大な単語を生み出せるので、素晴らしいアイディアであったといえる。


(アーヴ語は星界シリーズに登場する人工言語だが、完成度が非常に高い。 

 たとえばオートン・フィフェマル、『海亀の羹』という単語が出てくるがこれは実は日本語の『うみがめ』と『あつもの』を音韻変化させたものなのだ。

 atumono → autonn

 umigame → fimhaimec

 アーヴ語はA+B(生格)でBのAという意味になる。つまり語順が日本語と逆で、autonn『あつもの』の方が先に来る。そして、fimhaimec、フィフェームを生格に格変化させると後ろが-erになり、フィフェマルになる。

 四か国連合(ブルーヴォス・ゴス・スュン)も、Brubhoth Gos Synrで、分解してみれば最初のブルーヴォスは『結ぶこと brube(結ぶ)+hothこと』を変化させたものだ。synrは生格になっているが、もともと『国』だ。

 ほかにも自走鞄(ダグボーシュ)は『ながもち』、皇族(ファサンゼール)は『わかんどおり』、思考結晶(ダテューキル)は『なづき(脳の意味)』、猫の名前『ディアーホ』でさえも実は『ニャーゴ』という擬声語だとかあげるとキリがない。

 これに気がついて、私は『星界の紋章』に出てくる語彙の語源を調べては、パズルのように楽しめるようになった)


 比較言語学的に作るという方法もある。

 ヨーロッパの人たちが架空言語を作るときによくやる方法だ。

 指輪物語のエルフ語もこれにあたるだろう。

 たとえば英語やドイツ語など、比較的似ている言語で同じ意味の単語を並べ、音韻を比較して単語を作っていくという方法だ。こうすれば無理なく新しい言語を作ることができる。

 指輪物語の『アモンスール(Amon Sul、風の丘の意味)』という地名では、アモンが山という意味になる。ヨーロッパの言語を一つでも勉強したことがある人はすぐ、マウンテンやモンターニュ、あるいはモンターニャと関連付けて山をイメージできるかと思う。

 アスファロスAsfalothという名前の馬が出てくるが、これはサンスクリットで馬をあらわすAsvaから来ているらしい。

 そしてシンダール語では、名詞の複数形は母音交替であらわしたりとか、動詞にはドイツ語と同じく強動詞と弱動詞がある。これはゲルマン語派の言語を参考にして作ったからだろう。

 こういう現実の言語と関連のある言語は、たとえ架空の言語でも親しみやすい。


 まったくの架空言語を作りたい場合は、あらかじめ音韻を作っておいてから意味をランダムに割り振っていく方法が使えるだろう。

 たとえばフランス語にHという子音がない、ということから、フランス人にはハ行(フを除く)ではじまる名前の人がいないというのはすぐわかる。このように、架空の言語でもどの子音があってどの母音がないぐらいの音韻の規則を作っておいてから単語を作れば、全体的に調和のとれた音韻になる。たとえば響き的に気に入った音の名前や物ができても、音韻規則に則っていないなら変更する。

 言語の設定は完全にきっちりせずとも、これをやるだけでかなりそれっぽくはなる。


 上橋菜穂子の『精霊の守り人』という小説には架空の言語が出てくるが、ニャ行とかチャ行を多用したりと、発音がよく朝鮮語的と言われる。(実際の朝鮮語には上橋の小説の言語によく登場するツァやザといった子音がないので、この指摘には音声学的には間違っている)

 さらに、『ロ』は常に『の』の意味だったり『ト』が人の意味だったりと常に同じ発音のものは同じ意味になり、『サグ』と『ナユグ』(世界の名前)、『チャグム』と『サグム』(人名)といったように、似たような、あるいは反する意味の単語の音韻に共通する接辞を設けることで、より現実の言語らしさを出している。

 例:ニュンガ・ロ・チャガ(精霊の守り人)・ニュンガ・ロ・イム(水の守り人)


 いずれにせよ、本格的にやりたいのであれば言語学の知識が必須である。

 逆にもし言語学の知識があまりないけれども架空の言語を作りたい、という場合、文法や単語、音韻を特定の現実の言語にのっかったものにすればいいかもしれない。

 たとえばさきほどのアーヴ語が単語の生成元を日本語、言語自体の文法を西洋語ないしアルタイ系の言語に基づいて作ったように、実際の言語に基づけばかなり手間をはぶける。

 仮に架空のヨーロッパ語を作るとして、祖語研究でやるような方法を使うわけである。

 『言語学』というのは既存の言語を分析することで成り立つのに対し、架空の言語を作るという作業は知識を演繹するような部分があって、知っている言語が多ければ多いほどいい。

 よりエスニックにしたいとか、より無国籍にしたいとかいうならなおさら、英語以外の言語に手をつける必要がある。

 南米・北米原住民の言語では、ユーラシア大陸の言語ではあまり見られない音韻や文法(母音にuがないクリー語や、語順がOVSのヒシュカリヤナ語など)を持ったものも多く、よりオリジナルな言語を作りたいのであればそうしたものも参考にできるだろう。彼らは文化的にも興味深い。


 そういえば、以前PSVitaで発売された『Gravity Daze』というゲームでは、背景の街に独特なアルファベットが用いられた。そして、ただアルファベットと対応しているのではなく、いろいろな特殊な方法(英語や日本語の名詞から母音だけを抜き取って逆から並べたりと、ある意味アブジャッド方式)で読めなくしてあった。

 音声言語に関しても日本語を特殊なアルゴリズムで置き換えるといった方法をとっていて、これから先架空の言語はコンピューターを使って作られるようになるかもしれないと思った。

 意外と反響が大きかった……ただの落書きレベルの記事にコメントをたくさんもらって、ちょっとびっくりしました。


 情報が間違っている個所を幾つか訂正しておきます。

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