◆ 第一章 この度、お飾りの妃に任命されました(16)
「それに関しては、問題ないと言っただろう」
アルフレッドは意味ありげに口の端を上げ、ベアトリスを見つめる。
「お前をここに連れてきたのは他でもない。仕事を依頼するためだ」
「仕事……ですか?」
ベアトリスは戸惑って聞き返した。ベアトリスのしている仕事と言えば、翻訳業だ。けれど、それは偽名を使って仕事していて誰にも明かしていない。
「ああ、そうだ。お前の悩みを一気に解決する話だぞ」
「一気に」
ということは、王族の身の回りの世話をする行儀見習いに命じるつもりだろうか。王族の行儀見習いをした令嬢は、箔がついて結婚市場で人気が出るのだ。
しかし、アルフレッドの口から飛び出した役職はベアトリスの想像を裏切るものだった。
「お前を俺の、補佐官に命じる」
「へ? ほ、補佐官!?」
想像だにしない仕事内容に、ベアトリスは素っ頓狂な声を上げる。
「ああ、そうだ。先日お前はこれを拾ってきただろう?」
意味ありげに見せられたのは、見覚えのある封筒だった。真っ白な封筒の表に『錦鷹団 ジャン=アマール団長閣下』と書かれている。
「なんでそれを!?」
「なぜ? 錦鷹団は王族直轄の騎士団だ。俺がこれを持っていても、なんら不思議はないだろう?」
「……王族直轄の騎士団?」
ベアトリスはハッとする。
(だからどこにも組織名称が書かれていなかったのね!)
王族直轄の騎士団と言うことは、つまりは秘密警察のようなものだ。存在は公然の事実でも、その詳細は秘密に包まれている。ベアトリスも王族直轄の騎士団があるという噂は聞いたことがあったが、その名称や場所は全く知らなかった。
(あのジャンって人がわたくしのことをアルフレッド殿下に話したのね!)
やけに偉そうな態度の男が脳裏に甦り、イラッとする。失礼なだけでなく、こんな厄介ごとまで持ち込むとは許しがたい。
「わたくしに務まるとは思えません」
ベアトリスはひとまず、『荷が重すぎます作戦』で断ることを試みる。王太子の補佐官など、聞いただけでも面倒そうだ。
「大丈夫だ。これを読めるだけでも、かなりの即戦力だ」
「言葉がわかる、という意味でですか?」
「それもそうなのだが、この封筒を他の者に見せたときに反応がおかしいと感じたことはなかったか?」
「反応が?」
ベアトリスはそう言われ、これを拾ったあとのことを思い返す。ベアトリスがこの封筒を見せた人は全部で三人──マーガレットと門を守っていた騎士と、ジャンだ。
(そういえば、マーガレットと騎士の方はこれを見て困惑した表情を浮かべていたような……)
「その表情から察するに、心当たりがあるようだな」
アルフレッドはふっと笑う。
「この封筒には、特別な細工が施されている」
「特別な細工?」