◆ 第二章 お飾りの妃は補佐官として奮闘する(3)
「それで、ひとつお願いがあります」
「なんだ、言ってみろ」
「先ほどサミュエル様より、こちらを明後日の夜までに仕上げろと言付けがありました」
「ああ、そうだな」
ジャンは頷く。サミュエルに指示したのは団長のジャンなので、当然知っているのだろう。
「少し期限は延びませんか? さすがに厳しいです」
ジャンは僅かに眉根を寄せる。
「これまでの仕事のスピードを考えると、お前ならできるだろう?」
「妃教育もあるので同時並行は厳しいです。どちらかの負担を減らしていただけないでしょうか? もっとはっきり言わせていただくと、そもそもわたくしが仮初めの妃役というのはジャン団長もご存じのはずです。妃教育は受ける必要がないのではないかと」
「話はわかった」
ジャンの返事を聞き、ベアトリスはパッと表情を明るくする。
じゃあ、今後の妃教育はなしですよね?
そう続けようとしたベアトリスの発言を遮るように、ジャンが口を開いた。
「なら、なおさらさっさと取り掛かったほうがいいな。もう戻っていいぞ」
「は?」
ベアトリスはジャンを見返す。
「なんだ?」
「なんだ、じゃないわよ! 普通、そこで『では、妃教育を取りやめるように殿下に進言しよう』もしくは『期限は延期しよう』ってなるわよね?」
思わずジャンが上司であることも忘れて詰め寄ってしまった。ジャンはベアトリスを見返し、首を振る。
「ならないな」
「なんで!」
「仮初めでも寵妃は寵妃だ。妃教育を受けないと不審に思われる。それに、期限は延ばせない」
(こっのー!!)
なまじ顔が綺麗なだけに、澄ました顔して答える様が余計にイラッとする。
「わかりましたよ! 明後日までにやればいいんでしょ!」
「ああ、任せた」
なんて小憎たらしい男なのだろう。
だがしかし、ここで嫌みを言って呑気に時間を潰している暇はない。
ベアトリスはバシンとドアを閉めると、足早に自席へと戻ったのだった。
自席に戻ったベアトリスはがっくりと肩を落とした。
まさかあんなににべにもなく却下されるなんて!
「どうだった?」
心配したサミュエルが様子を見に来る。
「取り付く島もありませんでした」
「ははっ、団長らしいな」
サミュエルは苦笑する。
「ああ、もう! 頑張らないと」
ベアトリスは先ほどサミュエルが持ってきた調書をざっと開く。すると、その中に複数の見慣れない文字の書類が交じっていることに気付いた。以前見たヒフェル文字もある。
「前々から思っていたんですけど、ところどころで外国の文字、しかも今は使用されていない古語を使っているのはなぜですか?」
「ああ、それはね」
サミュエルは答える。
「錦鷹団の仕事は王命の機密事項を扱っていることも多いから、万が一にも手紙を敵に奪われた際にも簡単には読まれないようにするための対策なんだ。魔法をかけた上で、普通なら使わない文字を使っている。普通の人は、これを見てもまず読めない」