◆ 第一章 この度、お飾りの妃に任命されました(3)
ベアトリスことベアトリス=コーベットはここセルベス国の由緒正しき貴族であるコーベット伯爵家のひとり娘だ。今から六年前にセルベス国を襲った災害により両親を亡くし、高齢の祖父母に引き取られてひっそりと暮らしている。
しかし、それでもやっぱり寂しくなる日はある。
そんなときはいつも本を読んで、どこか別の世界へ意識を集中させることで寂しさを紛らわせた。
そしていつの間にか家中の本を読み切ったベアトリスは図書館や貸本屋であらゆる本を読み漁り、その熱は収まることなく独学で外国語の勉強までして異国の本まで読むようになった。そして、この素晴らしい本を他の人にも共有したいと思い立ち、今では偽名を使ってこっそりと翻訳家としても活躍している。
先ほど夢中になっていた原稿は、今ちょうど翻訳途中のものだ。
今日は、王宮で年二回だけ開催される王宮舞踏会の日だ。
全ての貴族の家門に招待状が届くが、ベアトリスの祖父母であるコーベット伯爵夫妻はもう高齢でダンスを踊るのは辛いというので、ベアトリスだけが参加することになっている。
ベアトリスは全身が映る鏡の前で自分の姿を確認した。
「おかしいところはないわよね?」
「とてもお綺麗でございますよ。特にその真珠の髪飾り、お嬢様の髪に映えて本当に素敵です」
「ありがとう。これ、ローラからプレゼントされたの」
「素敵です」
ベアトリスはほめられて嬉しくなり、はにかむ。
銀細工の蔦にパールが数粒付いた髪飾りは、友人のローラから先日プレゼントされたものだ。
ベアトリスも気に入っていて、愛用している。
「さあ、そろそろ出発しないと」
ベアトリスは準備を終えると、少し急ぎ気味に階下に降りる。そのまま馬車のほうへと向かった。
(今日はローラにも会えるから、楽しみだわ。あ、そういえば今回は王太子殿下が参加されるのだっけ? どんな方かしら)
セルベス国の王太子であるアルフレッド殿下が留学先から帰国されたのは数カ月程前のこと。今年の舞踏会にはご参加するらしいと、風の便りに聞いた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ。楽しんで」
馬車に乗り込んだベアトリスが窓から片手を振ると、ソフィアを始めとする使用人達は笑顔で手を振り返してくれた。
「さてと。ブルーノはどこかしら?」
王宮に到着したベアトリスはすぐにブルーノの姿を探した。
会場には多くの貴族達が集まっていて、そこかしこから歓談の声が聞こえてくる。大きなシャンデリアが高い天井からいくつもぶら下がり、金色に塗られた壁の枠に光が反射する。その枠の中には精緻な絵画が描かれていた。
「あ、ブルーノ」
ベアトリスは婚約者の姿を見つける。少しだけくせのある茶色の髪が見えた。横には、見覚えがある女性が立っている。
「なんだ。ローラと一緒だったのね」
ブルーノの隣にいるのは、ベアトリスの友人であるローラだった。美しい金髪をハーフアップにして纏め、キラキラと輝くダイヤの髪飾りを付けている。
「ブルーノ様、ローラ!」
ベアトリスは笑顔で二人に近づき、ブルーノの腕に手を触れた瞬間、事件は起こったのだ。
「俺に触るな!」