◆ 第三章 お飾りの妃は手柄をたてる(15)
壁の片側にはぎっしりと本や書類の収納された本棚が、反対側には風景画が飾られている。中央には大きな執務机があり、いくつかの書類が積み重なっていた。
(人身売買に関する書類を隠すとしたら、どこかしら?)
自身がバロー伯爵になった気分で考えてみる。当然、目立つところには置かないはずだ。
「木を隠すなら森の中ってことで、本棚? それとも、鍵のかかる机の中……」
どちらもあり得る。だが、いつバロー伯爵がもどってくるかわからないこの状況ではゆっくり捜している時間はない。
ベアトリスはまず、さっさと確認が終わりそうな机の中を見ることにした。引き出しを引くと、意外なことに鍵はかかっていない。引き出しの中には雑多に筆記用具や白紙の便箋が入っていた。素早く目を通すが、関係しそうなものは何もない。
「となると、やっぱり本棚かしら」
ベアトリスは壁の一面を覆う本棚を見る。これを全部確認するのは至難の業だ。
とりあえずひと束、書類を引き抜いてみた。中身はマルカン地方の伝統料理について書かれたものだった。つまり、全く関係がない。
ベアトリスは根気よく本を引き抜いてはパラパラと捲る。ようやく四段目の書類の一部を引き抜いたとき、はたと手を止めた。
「これ……」
それは、法律で勝手な取引が禁止されているセルベス国の希少な動物の輸入を、特別に全面許可するという許可証だった。許可者の欄にはアルフレッド王太子名が入り、印も押されている。
(アルフレッド殿下が希少動物の輸入を全面的に許可?)
見てすぐに、強い違和感を抱いた。
法律で取引を禁止されている希少動物を輸入すれば、通常であれば犯罪とされる。
アルフレッドがこんな許可証を出すはずがない。
それに、違和感を抱いた理由はもうひとつ──。
「これって、今回と全く同じケースね……」
先日の麻薬取引の際の許可証と、今の希少動物の輸入許可証。対象は違っているけれど、本来であれば犯罪であるとされる行為を王太子であるアルフレッドが許可したという点は共通している。
(どういうこと? もしかして、偽造?)
王族の公文書を偽造するなど、重犯罪だ。もし本当に偽造だとしたら、バロー伯爵は重刑を免れないだろう。
そのとき、カチャッと部屋のドアノブが回る音がした。
(いけないっ!)
集中していたせいで、足音に気がつかないなんて。迂闊だったと、己を呪う。
(逃げないと)
ベアトリスは書類の束はそのままに、目眩ましのケープを深く被る。気付かれないように、そろりそろりと出口に向かって移動し始めた。
「全く、あの女! 一体どこからあんな情報を……ん?」
部屋に入るなり憎々しげにそう吐き捨てたバロー伯爵の動きが止まる。その視線は、ベアトリスが先ほど本棚から出して床に置いたままにしてある書類の束に向いていた。
「なぜこんなところに書類が?」
バロー伯爵はつかつかと本棚の方に歩み寄り、書類の束を拾い上げる。そして、それを取り出したであろうとすぐにわかる本棚の空洞と自分の手元の書類の束を見比べて眉根を寄せた。
「まさかっ、誰か勝手にこの部屋に!?」
途端に狼狽えた様子のバロー伯爵が部屋の出口に向かって足早に近づく。そのとき、同じく出口の方向に移動していたベアトリスにぶつかり、バロー伯爵は勢いよく転んだ。
「痛っ!」
ベアトリスはぶつかられた足を摩る。
一方、「ぐっ」と声を上げて倒れたバロー伯爵は何に躓いたのかと自分の足元を振り返る。そして、大きく目を見開いた。
「なっ。一体どこから! 突然どういうことだっ!」
バロー伯爵の驚愕の視線が明らかに自分に向いていることに気付き、ベアトリスは目を瞬かせる。