◆ 第三章 お飾りの妃は手柄をたてる(19)
(ジャン団長がアルフレッド殿下だったのね)
今まで、全く気が付かなかった。
けれど、そうとわかればサミュエルがベアトリスが『アルフレッド殿下が全然来ない』と文句を言っていたときに苦笑いしていた理由もわかる。それに、ジャンの家名であるアマール家が貴族年鑑に載っていないことにも合点がいく。
「こちらをお飲みください」
「うん、ありがとう」
ベアトリスはソフィアが差し出した飲み物を一気に飲み干す。喉の奥を冷たいものが抜ける感覚がして、生き返るような気分だ。
(薬のせいかしら? 頭がまだ重いわ)
ベッドサイドのデスクには、ベアトリスが使っていた姿を消すための目眩ましのケープが綺麗に畳んでおいてあるのが見えた。
(少しだけ、横になろう)
ベアトリスはもう一度、枕に頭を置く。
いつの間にか、意識はまた闇に呑まれていた。
ふと、額に優しく手を重ねられるのを感じ、ベアトリスはうっすらと目を開ける。
どれくらい眠っていたのだろう。さっきまで明るかった室内は、既に薄暗くなっていた。
「目覚めたか?」
聞き覚えのある低い声に、ベアトリスは横になったまま額の手の主を見上げようとした。しかし、それより先に体に強い衝撃を感じる。アルフレッドがベアトリスをぎゅっと抱きしめたのだ。
ベアトリスは驚いた。アルフレッドがベアトリスを抱きしめたことなど、今まで一度もなかったから。
「アルフレッド殿下?」
ベアトリスはアルフレッドの背中に手を回し、トントンと叩く。
「……お前に何もなくてよかった。体調に問題はないか?」
「大丈夫です。心配していただき、ありがとうございます」
まさかこんなに心配してくれるとは思っていなかった。
ベアトリスはゆっくりと上半身を起こすと、アルフレッドを見つめる。きっと、とても心配してくれていたのだろうと感じた。
「妃の心配をするのは当然だ」
「でも──」
お飾りの妃ですけれどねと言いかけて、さすがに可愛げがないので言うのをやめた。
「お陰様でどこも悪くありません」
さきほどまで残っていた頭痛も、今はすっかりなくなっていた。アルフレッドはそれを聞き、ほっとしたような表情を浮かべる。
「……ひとりで怪しい人物の元に乗り込むなど、無茶をする」
「申し訳ありません。事件を解決するには早いほうがいいと思ったので……」
「今回はたまたま大事なかったからよかったようなものの、以後、このようなことはするな」
「はい」
自分でも迂闊だったと思う。怒られてしゅんと俯くベアトリスの頭を、優しく撫でる感覚がした。
「この度の件、よく頑張ってくれた」
ようやくかけられたねぎらいの言葉に、ベアトリスはパッと顔を上げて微笑む。
「どういたしまして。お役に立てて嬉しいです」
目が合ったアルフレッドは、少しだけ口の端を上げた。
「今度褒美を贈ろう」
「国宝を贈ってはダメですよ?」
「それは約束できないな。俺は俺の贈りたいものを贈るまでだ」
アルフレッドは口の端を上げる。
「元気そうで安心した。さっき、侍女殿に回復薬を飲ませるように伝えておいたのだが、効いているようだな」
「回復薬?」
さっき、眠る前にソフィアから勧められた飲み物のことだろうか。
アルフレッドの片手が伸びてきて、ベアトリスの頬に触れる。じっと見つめられ、何をされたわけでもないのに、触れられた頬に熱が集まるのを感じた。
赤くなるベアトリスを見て、アルフレッドはフッと笑う。
「心配だから、しばらくは毎日来る」
「お忙しいでしょうから大丈夫です」
ベアトリスは首を横に振る。