◆ 第四章 お飾り側妃は寵妃を演じる(9)
本当に、こう言えばああ言う。
楽しげに笑うアルフレッドは絶対にベアトリスを揶揄っている。
ぽすんと叩こうと手を伸ばすと、その手は簡単に絡め取られてしまった。
バランスを崩した体は、アルフレッドに難なく支えられ、大きな胸に抱きしめられる。
「俺の妃はわかりやすくて可愛いな」
周囲から、「きゃあ」と黄色い声が聞こえた。
◇ ◇ ◇
ローラは、ぎゅっと拳を握りしめた。
「何よ、あれ……」
少し離れたところで、王太子であるアルフレッドとベアトリスが人目も憚らずいちゃいちゃとしている。それは、『アルフレッドがベアトリスを寵愛している』という噂に真実味を持たせるには十分な光景だった。
(許せない)
昔から、地味で大人しいベアトリスはローラの引き立て役のような存在だった。
ローラがベアトリスに出会ったのは、王立学園に入学した十一歳のときだった。大人しく自分の席で本を読んでおり、ベアトリスはいわゆる〝目立たない存在〟だった。
学園生活でも話の中心にはいつもローラがいてベアトリスは大人しい聞き役だったし、クラスメートの貴族令息達に声をかけられるのもローラのほうだった。
身分こそベアトリスのほうが上だったけれど、垢抜けていて人気者なのはいつもローラのほう。
だから、ベアトリスの存在はローラにとって、自分は一角の人間であると信じるための安心材料のようなものだった。
それなのに──。
「なんであの子が、アルフレッド殿下に寵愛されて周囲からもちやほやされているのよ」
面白くない。こんなこと、許せない。
数年前、ベアトリスの元婚約者であるブルーノと初めて出会ったとき、ローラはベアトリスに嫉妬心を覚えた。
ブルーノの整った見目に、次期侯爵という身分。
誰もが憧れるその人の婚約者がベアトリスだという事実に、自分が負けたような気がした。
ベアトリスはいつだって、ローラの引き立て役なのだ。
ベアトリスが自分より上の立場に立つなんて、我慢ならない。
だから、奪ってやろうと決意した。
いかにも自然を装って声をかけ、悩みがあると言ってブルーノの懐に入り込んだ。そして、ベアトリスに対してはこれまでと変わらず友人としての仮面を被り続けた。
その甲斐あってようやくブルーノをベアトリスから奪略することに成功したというのに──。
(絶対に許さない)
引き立て役のベアトリスが自分より目立って、周りからちやほやされるなんて絶対に容認できない。
「ローラ。どうした?」
立ち尽くしたまま黙り込んでいると、隣に立つブルーノが心配そうに顔を覗き込んできた。
普段だったら可愛い笑顔を浮かべて微笑み返すところだけれど、今はそれすら煩わしく感じた。
「なんでもないわ」
ローラは首を横に振る。
「そう? それにしても、ベアティのやつ本当に寵妃になったんだな」
驚いたようにいうブルーノの呑気な態度に、苛立ちが募る。
(こんなことなら、最初っからアルフレッド殿下狙いでいくべきだったわ)
そうすれば、あの見目麗しい王太子の隣に立ち、皆から傅かれて羨望の的になっていたのは自分だったかもしれないのに。
ベアトリスなんかに、自分が負けるはずがない。
「……体調が優れないので帰るわ」
「え? 大丈夫か? 送るよ」
「ひとりで帰れるから結構よ」
今はとにかくひとりになりたかった。脳天気な顔であれこれ話しかけられると、怒りを爆発させてしまいそうだったから。
ローラはくるりと体の向きを変えると、「おいっ、ローラ!」と呼び止めようとするブルーノを無視して王宮の出口に向かって歩き始めた。