◆ 第五章 お飾り側妃、危機迫る(2)
「カイル様!」
「……うん」
机に向かって黙々と何かの作業をしていたカイルは、相変わらず言葉少ない。ベアトリスはそれを全く気にせず、カイルの席に歩み寄った。
「魔道具について教えてほしいんです」
「うん?」
「アルフレッド殿下がジャン団長に姿を変えているのって、魔道具の効果ですよね? あの魔道具って、もうひとつないんですか?」
アルフレッドが魔道具でジャンに姿を変えて好き勝手しているなら、ベアトリスが姿を変えて好き勝手しても何も言えないはずだ。
ベアトリスは期待に満ちた目で、カイルを見つめる。カイルはベアトリスを見返し、小首を傾げる。
「あるよ」
「あるんですか!?」
ダメ元で聞いたので、思わぬ答えにベアトリスは身を乗り出す。
「うん。ちょうど今朝、同じものが完成したところで──」
「それ、少しだけ貸してください!」
なんというグッドタイミング!
このチャンスを逃すまじと、ベアトリスは勢いよくカイルに迫る。
「うん」
「お願いです! この通り」
「うん」
「絶対に返しますから──……って、え?」
必死に頭を下げていたベアトリスは、驚いてカイルを見つめる。てっきり断られるとばかり思っていたのに、今『うん』と言った気が……。
「え? 貸してくださるんですか?」
「うん、いいけど?」
カイルはなんでもないことのように頷く。
「……っ、ありがとうございます!」
ベアトリスはパッと表情を明るくする。
(こんなに簡単に目論見が成功するなんて!)
なんて幸先いいのだろう。これはきっと、素敵な本を入手できること間違いない。
カイルはごそごそと足元の辺りを探り、何かを取りだした。
「はい。どうぞ」
「え? もう用意しているんですか?」
「うん」
カイルが差し出したのは、指輪だった。薄紫色の石が白金の土台に飾られている。
(指輪なんだ)
ジャンがつけている魔道具は耳飾りなので、ベアトリスは意外に思う。
「これを付ければ姿が変えられるんですか?」
「うん」
ベアトリスは、おずおずとそれを手に取ると、指に嵌めてみる。ふわっとベアトリスの体が鈍い光を発する。
じっとベアトリスのほうを見ていたカイルは、ふわっと破顔した。
「よし。成功」
「え? 成功?」
ベアトリスは聞き返す。
(もしかして、もう姿が変わっている?)
部屋を見回したベアトリスは、片隅に鏡が掛かっているのを見つける。立ち上がって鏡のほうへ行くと、おずおずと中を覗き込んだ。
「わあ……」
思わず感嘆の声を上げる。
鏡の中には、ベアトリスと同じくらいの歳頃のひとりの可憐な女性が映っていた。顔の造作はベアトリスに似ているのだが、少し下がった眦が優しげな印象だ。髪の毛は艶やかな黒色で、目は焦げ茶色をしている。
(すごい。これでは、誰もわたくしだってわからないわ)
鏡の前で右を向き、次に左を向く。どの方向から見ても、ベアトリスには見えない。
「カイルさん。これ、少しだけ借りていても? 夕方前には返しますので」
「うん」
「ありがとうございます!」
ベアトリスは満面の笑みを浮かべ、カイルにお礼を言ったのだった。