◆ 第五章 お飾り側妃、危機迫る(7)
離宮に戻ったベアトリスは、そっとジャンのほうを窺い見る。
あのあと、ベアトリスはジャンによって捕まえられ、離宮にそのまま連れ帰られた。ジャンは、帰り道もほとんど口を開かず黙り込んだままだ。
(怒ってる? ものすごーく、怒ってる?)
この態度、そうとしか思えない。
そもそも、ベアトリスは城下に行きたいとジャンに申し出て、却下された。それを完全に無視して勝手に離宮を抜け出したのだから、ジャンが怒って当然だ。
(ど、どうしましょう……)
自分でも、浅はかな行動だったと思う。
ベアトリスはお飾りとはいえ、アルフレッドの寵妃なのだ。そんな自分に何かがあったら、大騒ぎになるのは目に見えていたのに。
「……ごめんなさい」
ベアトリスはぎゅっと手を握る。
大事にならなかったからよかったものの、一歩間違えば大変なことになっていた。
「ジャ──」
こちらを見てくれないジャンの腕に、ベアトリスは手を伸ばす。次の瞬間、力強く抱きしめられた。
「団長?」
「お前もいなくなるのかと思った」
かすかに聞こえた声はかすれていた。
「本当に……本当にごめんなさい」
ベアトリスは深く反省し、しゅんとして目を伏せる。
ベアトリスを抱きしめる力がようやく緩み、ジャンの体が少し離れた。
「とても反省しています」
「そうか」
ジャンはベアトリスを見つめ、ふっと微笑む。
「では、勝手なことをした罰として、今抱えている資料整理の締め切りは明日までに繰り上げだ。それと、今後一カ月間、俺の許可なしの外出は一切認めない」
「……は?」
聞き間違いだろうか。
ベアトリスは唖然としてジャンを見る。
「何それ! 一カ月って長過ぎ! それに、明日までだなんて……せっかく買ってきた新刊を読む暇がないじゃない!」
「じゃあ、読めるように急ぐんだな」
ジャンは表情を崩すことなく、淡々と言い放つ。すっくと立ち上がったジャンは、くるりと体の向きを変えて部屋の出口のほうに向かう。
「では、またな」
「……っ! こっの、鬼ー!」
ベアトリスの叫び声が離宮に響いた。
ペンを置いたベアトリスは時計を見る。時刻は夜の八時を回っていた。
「はあ、結局こんな時間になっちゃったな」
ベアトリスはぐったりとして息を吐く。
「お疲れ様」
トンッと音がして、机の上にマグカップが置かれた。顔を上げると、机の前に立っているのはサミュエルだ。
「ホットミルクなんだけど、よかったらどうぞ」
「サミュエル様……。ありがとうございます」
ベアトリスは眉尻を下げる。
団長室からしゅんとして戻ってきたあと、黙々と仕事をこなすベアトリスを気にかけてくれたのだろう。その心遣いに、迷惑をかけたことを改めて申し訳なく思った。
「今日は、申し訳ございません」
「もう終わったことだし、気にしないで。次から気をつけてくれればいいから」
サミュエルはそう言うと、少し困ったような顔をした。
「ただ、団長はかなりピリピリしているから、しばらくは行動を控えてほしいかな。ベアトリスの姿が見えないって聞くやいなや、血相を変えて探しに飛び出していったんだから」
「団長が?」
ベアトリスは、意外な話に驚いた。