◆ 第五章 お飾り側妃、危機迫る(10)
「それにもうひとつ。以前、ベアトリス妃のところに侵入したローラ嬢の件ですが、彼女からも魔力の残痕を感じました。見知らぬ者に魔道具の腕輪を渡されたという本人の供述をもとに考えると、魅了の魔道具を持っていたのではないかと」
「魅了の?」
アルフレッドは眉間に皺を寄せる。
「だが、あの女は魔力を持たないだろう? それに、何者かに渡されたと本人が供述している腕輪は結局見つかっていない」
「はい。しかし、魅了の魔道具を持っていて、城の衛兵を唆して侵入したと考えれば色々と辻褄が合います。何者かが魔力を事前に込めた上で渡し、ローラ嬢が捕まったあとに回収したのではないかと」
カイルはそこで言葉を止める。
「実はあの舞踏会の日、殿下に依頼されてベアトリス妃のために作った幻術の魔道具が一時的に見当たらなくなっていたんです。翌日には元通りあったので、床にでも落としたのだと思って報告していなかったのですが……」
「何者かが魔道具を錦鷹団から盗み出し、それを使って姿を変えた上であの女に魅了の魔道具を与えたと?」
「わかりません」
「…………」
アルフレッドは黙り込む。
そんなことをできる人間が、果たしているのだろうか。
しかし、カイルの言うとおり、もしそうだとすれば色々と辻褄が合うのも正しい。
「状況はわかった。引き続き、調査に当たってくれ」
「はい」
カイルは頷くと、今度こそアルフレッドの執務室をあとにする。その後ろ姿を見送りながら、アルフレッドは椅子の背もたれに体を預けた。
自分の与り知らないところで何かが動いている、嫌な予感がしてならなかった。
◇ ◇ ◇
──アルフレッド殿下が新しい妃を迎える準備をしている。
ベアトリスがそんな噂話を聞いたのは、偶然だった。
その日は思ったより早く仕事が終わったので、王宮の敷地内にある国立図書館に本を借りに行ったのだ。
(えへへ。たくさん新刊が入荷されていたわ。早速読んで、時間が余ったら翻訳作業も──)
ベアトリスは本を入れた鞄を胸に抱え、顔を綻ばせる。
(最近は城下の本屋さんも行けないからなあ)
アルフレッドによると最近城下の治安が悪いそうで、あまり城下には行かないようにと言われてしまった。確かにここ最近城下に行くといつも何かしらのトラブルに遭遇するのでアルフレッドの言うことは嘘ではないのだろう。
アルフレッドは『欲しい物があるなら商人に持ってこさせるから言え』と言うけれど、ベアトリスは本を選ぶ醍醐味は本棚に並ぶ本の背表紙を眺めながら一期一会を楽しむことにこそあると思っている。
だから、国立図書館でこうして本を借りることができて今日は大満足だ。
大切に本を胸に抱えご機嫌で帰ってくる最中、離宮に向かう小道の脇でメイド達が立ち話しているのに出くわした。
「今日で三回目よ」
「ええ。それも、全部アルフレッド殿下のほうからお誘いしているらしいわ。もう、セリーク公爵が大喜びだって、セリーク公爵家で働いている知り合いが言っていたわ」
「やっぱりベアトリス妃は側妃のままで、正妃はレティシア様なのかしら?」
ベアトリスは足を止める。レティシアとは確か、セリーク公爵令嬢の名前だ。
(アルフレッド殿下がセリーク公爵令嬢を呼び出しているの?)
アルフレッドが誰を呼び出そうがベアトリスがとやかく言うべき事ではないが、胸の内にモヤモヤしたものが広がっていくのを感じる。