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最初はラシェル視点、途中からシリル視点になります。
「はっ、初めまして!
俺、あっ……私はエモニエ男爵の五男、サミュエル・エモニエと申します。
しゅ、趣味は調味料探し……あっ、特技は料理の隠し味がわかります!
あとは、えっと」
「どこの見合いだ。もう大丈夫だ」
殿下とシリルに挟まれて酷く縮こまった茶髪に茶色い瞳の男性はいかにも緊張しています、と分かるようにカチコチになって立っている。
シリルがポン、と安心させるかのようにサミュエルの肩に手を置く。
すると殿下が口を開く。
「彼は8年前から王宮で料理人として働いているのだけど、なかなか変わった面白い料理が多くてね。
彼の作ったものは、あっさりとしているけど美味しいものが多い」
王宮の料理人といえど、殿下とお会いする機会はなかなかないだろう。
エモニエ男爵領といえば、領地としては大きくないが森や畑が多く、日照時間も長い自然豊かな土地柄だ。
王都から離れた男爵家、しかも五男となれば自分で手に職をつけなければいけない。
社交界とも縁遠いだろう。
だが身元もしっかりしているため、腕が良ければ王宮の料理人にはもってこいの人材だろう。
オドオドとした様子に見合わない風貌の彼は、目元が細く吊り上がっており、厳つい体型で強面と呼べる。
どちらかというと、騎士だと言われた方がしっくりくる。
「サミュエル、よろしくね」
「はっ、はい!精一杯努めさせていただきます!」
「詳しいことは料理長と話し合ってちょうだい。サラ、ポールに言って屋敷のことを教えるよう伝えて」
ポールとはこの侯爵家の執事長だ。
この屋敷に住む使用人の全てを統括しているのが彼である。
「はい、ではこちらに」
「あっ、はい!お願いします」
サミュエルは最後まで大きな身体を小さくし、ペコッと小さく礼をしながらサラと共に部屋を辞していった。
「殿下、まさか料理人を連れて来るとは思いませんでした」
「予想外だったかい?君の驚く顔がついつい見たくてね」
「……はぁ」
「はは、でも彼の腕は一流だよ。独創的な料理はこの国の誰も考えつかないだろう」
「そのような人材を我が家に迎えてよろしいのでしょうか?」
「あぁ、食は基本だからね。食べられなければ身体も弱りやすい。
ラシェルが食べられるものを見つけるには、彼が適任だと思ったんだ」
「お気遣いありがとうございます」
確かにラシェルの食欲は戻らない。
侯爵家の料理人たちもラシェルが食べやすいように、味付けを薄くしてくれたりと工夫している。
だが、どうしても量を食べられないのだ。
辛うじて、野菜スープや果物は食べられるがパンや肉などは喉を通りにくい。すぐに胃もたれをおこしてしまう。
「いや、もしそれでも食べられなければ別の方法を考えるとしよう」
♢
マルセル家からルイとシリルは王宮へと戻り、執務室で溜まった仕事を黙々とこなす。
ふとシリルが思い出したかのように、資料から目を上げ一息ついているルイに声をかける。
「良いのですか?」
「何が?」
「あの料理人のことです。
彼はあなたの観察対象の1人でしょう?」
「観察対象って、お前はほんと人のことを何だと。
まぁ、確かにあの独特な発想は興味がある。使う食材の一貫性からも、どこかの郷土料理にも感じるし。
だが、最近はラシェルの色んな顔が見たいんだ。
今日の《本当に連れてきた》と言いたげな顔は良かった」
「全くあなたは」
「それに、ラシェルは驚いた顔だったり、しかめっ面だったりなかなか面白い。
だが、弱ってる姿はあまり見たくない、とも思う」
「それは何故ですか?」
「うーん、何故だろうね。
色んなラシェルを見つけることは面白いけど、弱ってるラシェルを見たいとは思わない。
まぁ、誰だって見知った者の苦しむ姿は見たくないだろう?」
はぁ、呆れたようにため息を吐くシリルにルイは怪訝そうな顔をする。
「どうした、シリル。疲れているなら休憩にするか?」
「いえ、結構です。あなたに聞いた私が間違ってました」
「は?」
「さ、仕事してください。まだまだ今日の分は終わりませんよ」
ルイはまだ納得していない顔をしていたが、渋々といった様子で資料にペンで書き込むことを始めた。
シリルは仕える相手であるルイをいつもと同じ無表情で見つめる。
──あの病弱になったことで性格まで変わった少女は、殿下にどこまで変化をもたらすか。
彼は大人をも超える能力を持ちながら、自分の心情の変化に疎い。
この間まで、彼女の変化の原因こそに興味を持っていた殿下が、今は彼女自身を見始めている。
だが、彼のこれまでの人生全ては成し遂げる目標が第一であった。
その為に、彼は自身の甘え全てを排除し、子供時代を終わらせたかのように見えた。
王太子として生まれた彼は、生まれついた時から既に特別な存在であった。
同時に、彼自身を見られるより彼の能力を計られて生きてきた。
それに伴い損得、興味のありなしでしか他人を判断したことのない殿下には、まだまだ自分の感情を理解するなど難しそうだ。
いい変化であればいいが。
悪い変化であれば……。
ふむ、見極めなければいけないな。