第二十五話 ボードレー伯爵邸(1)
「助かったぜ、ガラシャ」
信長は、火魔法を使ってくれたガラシャに感謝を述べた。ガラシャの加勢が無くてもおそらくは問題なく勝利できたのだろうが、それでもガラシャに気を遣う。
“前世の俺は味方に対する思いやりが欠けていたからな。それで明智の裏切りを招いたという研究もあるくらいだし・・・”
信長は21世紀での経験によって、人への気遣いがどれほど大事なものかということを理解していた。
戦国時代においては織田家の嫡男として、誰に気を遣う事無く育ってしまった。その為、明智光秀の事を“キンカン頭”とか“光禿”等と、フレンドリーなニックネームを付けてかわいがっていたつもりだったが、21世紀で信長公記やその他の資料でそれがまずかった事に初めて気づいたのだ。そして、人への気遣いを学習した。
しかし、自分が思っているほどの気遣いは出来ていないのだが・・・・。
「どういたしまして。あんた達に死なれちゃ、私、困るから。それに、子供の奴隷がまだ他にもいる可能性もあるんでしょ?その子達、助けてあげたい」
「よし、じゃあボードレー伯爵邸に向かうか」
――――
「テリューズ騎士団長!大変だ!賊に襲われて従者が三人殺された!」
ボードレー伯爵邸に駆け込んだスティアは、騎士団長の下へ全力で走った。そして、無詠唱で火魔法と氷魔法を使える女魔法使いがいる事と、アーチャー達がまだ帰っていない事を告げた。
「落ち着いてください、スティア様。アルベルト副団長が残っているのでしたら心配はいりますまい。人族の魔法使いに後れを取る事はありません」
「だ、だが団長、油断をしないでいただきたい!あなたに万が一があったら、残っている我々で勝つ事は不可能だ!」
「ははは、スティア様。私は魔法剣士としては帝国でも10指に入ると自負しております。ご安心ください」
「そ、そうだな。すまない、団長の実力を疑うような事を言ってしまって」
「では皆様は、奥の大広間に移動してください。騎士団!すぐに鎧を装着!怪しい者は誰何する事無く斬ってかまわん!」
――――
「信長様、あちらに館が見えます。あれがボードレー伯爵邸でしょう」
行く手の林が開け、石造りの館が現れた。城壁や堀も無く、城のような機能はなさそうだった。
「さあて、じゃあ行くぞ!」
「えっ?信長君?行くって、どこから入るの?」
外から見た限り、周囲を守っているエルフはいないようだった。しかし、扉は閉じられており簡単に侵入できそうには見えない。
「はぁ?おまえ、人のお家に行くときには、玄関をノックしないのか?あの正面玄関から堂々と入るんだよ!」
「えっ、あっ、そ、そうね、それが礼儀よね」
信長達は近くの木に馬を絆で結んだ。そして5人そろって正面玄関の扉の前に立つ。
コンコンコン
ドアをノックするが中からは何の反応も無い。
「こんにちわー!だれかいませんかー!」
「の、信長君、なんか恥ずかしいわよ。小学生みたい」
「信長様、反応がありませんね。私が開けてみましょう」
そう言って力丸がドアノブに手をかけてひねってみる。すると鍵はかかっていないようだった。
「えっ?信長君?」
信長はガラシャの腕をつかんで引っ張った。
そして力丸はドアを少しずつ開けて中をのぞき見る。
と、その瞬間、
「うおぉっ!」
激しい爆発と共にドアが吹き飛び、力丸も一緒に飛ばされてしまった。
「力丸くーん!」
吹き飛んだ力丸にガラシャが叫ぶ。そして駆けよって抱き起こした。
「爆裂魔法を事前に察知したのか?なかなかやるな」
館の中から、銀色の鎧を身にまとった騎士が8人歩いて出てくる。その中心に立っている男は、他とは明らかに違う強者のオーラを出していた。
信長は、館の中から“何か”を感じ、ガラシャを引っ張ってドアの正面から横に移動していたのだ。
――――
「力丸くん!しっかりして!」
「だ、大丈夫だ、ガラシャ、これしきピロシキ」
「大丈夫じゃ無いわよ!それにピロシキってなに?信じられないくらい鼻血出てるわよ!治癒魔法を試すからじっとしてて!」
そういったガラシャは、鼻の毛細血管に意識を集中する。そして、破れている箇所に血小板を集中させ凝固させるイメージを強く念じる。さらに、傷ついた細胞のネクローシス(細胞死)と正常な細胞の分裂を促した。
「あ、止まった。すごいな、ガラシャ」
「よかった、イメージ通りに鼻血が止まって」
――――
「治癒魔法も無詠唱で出来るのか?少々侮っていたかも知れぬな。話では女魔法使いだけと言う事だったが、お前達は何者だ?賊の一味か?ん?その腰の剣は、アーチャー様の?貴様ら、まさか!?」
テリューズ騎士団長は信長が腰に差している剣を見て、アーチャーの剣だと気づく。特徴的な鞘と柄はアーチャー愛用の物に間違いなかった。
「ん?これか?森で出くわした男が持ってたんだ。なかなか良さそうだったからもらったんだよ。感謝してるぜ」
テリューズは眉根を寄せて信長をにらむ。その脳裏には最悪の状況が浮かんでいた。
「貴様、アーチャー様をどうした?アーチャー様が愛刀をただで手放すはずはなかろう」
「ああ、あの幼児虐待男か?くっくっく、無様に血を吐いてな、虫のようにビクビク動いてたんだが動かなくなっちまった」
「貴様あっ!」