第五十一話 アンジュン辺境伯(6)
信長の座る椅子の前で、アンジュン辺境伯の長子レインと騎士のユウシュンが片膝を突いて控えていた。
「よし、今日からこのアンジュン辺境伯の領主はレイン、お前だ。中央にはオーガ族に攻められて領主の父は戦死したと伝えろ。そして、ユウシュンの大活躍でオーガ族を退けて従えさせたとな」
信長はアンジュン辺境伯領を乗っ取るため、領主の息子レインを傀儡にすることにした。もし、信長が完全に乗っ取ってしまうとイーシ王国軍が討伐に押し寄せてくるだろう。そうなったとしてもおそらく勝てるとは思うが、それでは人族が大きなダメージを受けてしまう。そうならないよう、レインを新領主に立てることにしたのだ。
「わかりました、信長様。では、父は、前アンジュン辺境伯の処分はどのように?」
祖父の代には兵も精強で領民も豊かだった。そして、王国に対して犯罪奴隷は送るが、狩り用や愛玩用の奴隷の供出は拒否していたのだ。しかし3年前に父親の代になってからは、国の求めに応じて狩りや愛玩用の奴隷を出している。その為に、貧民街に兵を送って無理矢理女や子供を掠って奴隷にまでした。また、税率も上げて領民は苦しくなっている。レインの年齢は13歳だが、年齢に似合わずそのような父親に忸怩たる思いを抱いていたことは間違いない。だが、戦死したことにするとなると生かしておくわけにはいかないだろう。もし誰かの口から生きていることが王国にばれたら、懲罰の対象になるかもしれないのだ。
「あん?お前の父親か?心配するな。もう処分した。来週には盛大な葬儀を挙げてやろう」
「えっ?あの・・・・処分・・・ですか?」
「ああ、もう棺の中だ。戦に負けると言うことはそういうことだ。それに、お前の父親は領民の子供を掠って奴隷に出したんだろ?しかも狩り用だ。エルフの国に送られて殺されたって事だよな?人様の子供を掠って殺すようなヤツを、俺様が許すとでも思ったか?」
何でもないような事のように、信長は抑揚の無い言葉でレインに告げた。レインは黙ってはいるが、その肩が小刻みに揺れている。その横では、ユウシュンが拳を握りしめていた。
領民にとって良い領主では無かったかもしれない。しかし、レインにとってはかけがえのない父親であったし、ユウシュンにとっては忠誠を捧げていた主なのだ。
実際の所、信長はアンジュン辺境伯を既に殺害していた。蘭丸が腕を切り飛ばした後、別の部屋に運んですぐにとどめを刺している。万が一生かしておいて、どこかでそれが露呈することは避けなければならなかったのだ。
「安心しろ。お前の父親とユウシュンの大活躍でオーガ族を撃退したんだ。救国の英雄ってヤツだな。そうだ。お前の名前で勲章を贈れ。屈強なオーガ族を10人切り伏せて、最強の戦士と相打ちになったと宣伝してやろう。きっと領民も国王も喜ぶぞ」
それを聞いていたレインは怒りと共に、信長の冷徹な策謀に恐怖と畏怖を覚えた。信長は、この領地を豊かにして、誰一人飢えて死ぬようなことのないようにすると宣言していた。犯罪奴隷以外の奴隷制度も廃止して、領民の全てが明日を夢見ることのできる希望にあふれた領地にすると言ったのだ。その目標を実現するためには、前領主は死ななければならなかった。信長にとっては、ただそれだけのことだ。
「2年だ。2年でこの領地の兵を鍛え上げて王都に攻め込む。そして俺様が国王になってこの国を変えてやろう。お前の働きが良ければ、ここの領主として安堵してやってもいい。いいか、俺たちの最終目標は人族だけでなく、この星に住む全ての知的生命体がみんな幸せに暮らしていくことだ。そのことを忘れるな」
一週間後、前アンジュン領主の葬儀が盛大に行われた。そして、オーガ族を打ち倒して従えることに成功したと発表される。また同時に、信長がアンジュン領の筆頭家老に就任した。
――――
「えっ?税率を四公六民にするのですか?それでは、兵団や家臣団を維持できません」
※四公六民 収穫した農作物の40%を税として納めること。
アンジュン辺境伯領を手に入れた信長は、早速領地の改革に手を付けた。
「ああ、四公六民だ。これで農民の手取りは1.5倍になる。ずいぶん豊かになるはずだ。そうすれば、良い農具が買えて生産力が向上するだろ。一時的な税収減なんかすぐに元が取れる」
このアンジュン辺境伯領では、北部の丘陵地帯では小麦を栽培し、南部の平野地帯では米を生産していた。米を取り寄せて確認すると、米はジャポニカ米とほぼ変わらない品種のようだ。一応金貨や銀貨銅貨が流通しているが、経済規模に対して圧倒的に足りていなかった。その為、納税や大きな取引には米や麦が使われている。
「経済は米麦本位制に近いのか」
今は夏が終わった頃で、そろそろ米の収穫が始まる。北部の丘陵地帯では、これから秋まき小麦の作付けだ。
人口が200万人もいるので、すぐに全部の農地に手を入れることは出来ないが、領主城近くの農地から改善を行っていく。
そして、この領地の地下資源の調査も開始した。出来れば鉄鉱石や石炭などが発見されるとありがたい。カリウム鉱山があればさらに助かる。
農地改革には力丸を、領地の調査には坊丸を抜擢した。そして、
「細川ガラシャを文部科学奉行に任ずる」
領地の子供たち全員に義務教育を実施することとした。まずは、読み書きと四則演算が出来るようにする。中世のヨーロッパかそれ以下の文明レベルなので、領民のほとんどが文字を書けないし、計算もせいぜい二桁の足し引きだけなのだ。これを短期間で改善しなければならなかった。
さあ、内政チートの時間だ!