第六十九話 イーボチヤ伯爵(4)
城塞都市の中には数万人の領民が生活している。ユウシュンたちの進軍があまりにも速かったため、そのほとんどが避難できていなかった。
「領民は家から出るな!出なければ危害は加えない!」
ユウシュンや部隊長達は、大声で叫びながら領主城を目指した。ほとんどの領民がまさかこの城塞都市の中まで敵軍が入ってくるとは思っておらず、皆家の中で怯えて隠れている。
「イーボチヤ伯爵に告げる!1時間だけ待ってやる!その間に降伏をしろ!命だけは助けてやるぞ!1時間経って返事が無いようなら城を焼き尽くす!」
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「伯爵様、アンジュンの軍を止めることは不可能です!城門を破壊する爆裂魔法に鉄か石のつぶてを弾き出す魔法具が連中にはあります!防ぎようがありません!」
「お、お前ら!やる気はあるのかぁぁぁぁ!この役立たずどもめぇぇぇぇ!」
報告に来た騎士団長に対して、イーボチヤ伯爵は罵声を浴びせる。そして、持っている杖で何度も殴打した。
「何のために高給を払っていると思っているんだぁ!こういうときに命を張ってわしらを護るためであろう!この役立たずの臆病者がぁ!」
騎士団長はその罵声に言い訳をすること無く黙って耐えている。伯爵の言っていることはその通りなのだ。他の騎士より多い俸禄と権限をもらっておきながら、アンジュン軍に一切抵抗できずに逃げ帰ってきたのは事実だ。
「申し訳ありません、伯爵様。しかし、対抗できないことは事実。このまま籠城を続けても奴らに殺されるだけです。幸い連中は正面からだけ攻めてきております。1時間の猶予もあります。ここはご家族と共にお逃げくだされ。騎士団の30名を護衛に出します」
イーボチヤ伯爵は騎士団長に促され、家族と馬車に分乗して領主城を後にした。
そして1時間後、イーボチヤ伯爵軍は城門を開けて降伏旗を掲げた。
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残存しているイーボチヤ伯爵軍はおとなしく武装解除を受け入れた。ユウシュンたちが降伏をすれば命も身分も保障すると言ったためだ。それに、そもそもイーボチヤ伯爵に人徳が無かったため、騎士や兵の忠誠心も低かった。
「アンジュン軍の鎧を見たか?軽そうに見えるのに、重装歩兵のブロードソードをはじき返していたんだぞ。それに連中の剣は、重装歩兵の鎧を叩ききっていた。おそらく魔法で強化されてるんじゃ無いのか?」
「ああ、オレも見たぜ。矢も通さねえ。あんな連中と戦えるかよ」
アンジュン軍の鎧は、超高張力鋼で作られているのだ。対靱性(引張強度)はこの世界の鉄鎧の5倍もある。これは、材料となるチタンやバナジウムといった希少金属をバート連邦から入手することが出来たためだ。ドワーフ族のバート連邦では、昔からチタンやバナジウムの酸化物を顔料として販売していた。これはバート連邦でしか産出されず、この世界では希少な画材として取引をされていたのだ。それを信長達は高値で出来るだけ購入していた。
ユウシュン達は領主城に入り、文官と町の代表や有力者を集めた。
「これよりこの地はアンジュン辺境伯様の領地となる。そして本日より税は四公六民とする。商人への取引税もアンジュン辺境伯領と同じに引き下げる。文官達はアンジュン辺境伯領から派遣される指導官の指示に従って、これまで以上に政務に励め」
ユウシュンの宣言を聞いた者達は、一様にざわめき出す。この世界において税が5割を切ることなど考えられないのだ。
そして、町の代表が発言を求めてきた。
「ユウシュン様、戦費を賄うため敗者から奪うのは世の常。しかし、税を六公四民から四公六民にするなど俄には信じられません。何か落とし穴があるのではないかと危惧いたす所存にございます」
「ふん、別におかしな話ではない。税を下げることによって数年後には今以上の税収を得ることが出来るのだよ」
ユウシュンは胸の前で腕を組み、少しばかりふんぞり返っている。何故そんな事になるのか早く聞けと言わんばかりだ。
「え、ユウシュン様。税率を下げるのに税収が増えるのですか?そんな事が本当にあるのでしょうか?」
ユウシュンへの問いかけには“おまえは簡単な算数も出来ないのか?”という嘲笑が隠れているようだった。
「ふん、それが本当にあるのだよ。税が6割から4割になれば農民の使える金は1.5倍になる。この金で我が領で生産される効率の良い農具や肥料を買うことが出来るようになるぞ。そうすると少ない人数で今以上の収穫が出来るようになるのだ。余った人手は町で農具や食器を作る職人になれば良い。そうすればもっと豊かになれる。アンジュン辺境伯様のお考えは、税を2割減らしたなら生産を3割増やせばいいというお考えなのだ。どうだ、すごいだろう」
覚えたばかりの知識を人にひけらかしたい小学生のようだなと、ガラシャは生暖かい目で見守っている。しかし、そんな子供っぽい所のあるユウシュンもカワイイのだ。
「本当にそんなにうまく行くのでしょうか?」
「これは我が領で1年前からしていることだ。そして、麦と米の収穫は前年の1.3倍になった。必ずうまくいくさ。アンジュン辺境伯様とオレ達を信じろ。そうすれば腹一杯飯が食えるようになるぞ!」
ユウシュンたちは占領政策の第一弾として、犯罪奴隷以外の奴隷の解放と、農家に鉄製の農具を無償で貸与すると発表した。また、領主に金を貸していた商人に対しては、領主城にあった金目の物を全て売り払い返済に充てた。
こうしてイーボチヤ伯爵領の支配が進んでいく。