「盗難防止」が目的ではなかった? 特許出願から読み解けるコマツ「Komtrax」発明の真の狙いとは?

2025年1月15日(水)4時0分 JBpress

「特許」には企業の過去から現在に至るまでの発明・イノベーションの歴史が記されている。いずれも専門的な情報が多く、読み解くのは容易ではない。しかし、そこには企業や事業の価値、ひいては「未来」をも予測する貴重な情報が数多く示されている。本連載では『Patent Information For Victory 〜「知財」から、企業の“未来”を手に入れる!〜』(楠浦崇央著/プレジデント社)から、内容の一部を抜粋・再編集。知財力に優れた国内2社の事例を元に、特許戦略の最新事情を解説する。

 第5回では、コマツが発明した建機モニタリングシステム「Komtrax」誕生の背景について、発明者と特許内容をヒントにしながら深掘りしていく。

コマツ ②
「Komtrax」から、特許ポートフォリオを構築

■ 基本特許、重要特許、キーパーソンを読む

 ここからは、特許のお話です。まずは、Komtrax誕生からの、この20年のコマツの成長と成功の歴史を、特許情報で読み解いてみましょう。

 Komtraxに関してコマツが特許出願を始めたのは、僕が調べた範囲では1997年ですね。1997年に基本特許が出て、そこから、2000年前後にかけて矢継ぎ早に関連特許が出てきます。この辺のダイナミズムというか、開発や知財活動の盛り上がりもイメージしながら、解説を楽しんでいただけると嬉しいですね。

 まずは、基本特許、重要特許とキーパーソンを見ていきます。これが理解できれば、Komtraxの発明の経緯やコマツの戦略が読み解けるからです。いつも通り、特許を権利情報としてだけでなく、技術や発明の歴史を示す情報として、そして、経営の狙いを読み解くための材料として、いろんな側面から同時並行で読んでいきましょう。

 今からご紹介するKomtraxに関する特許分析は、2014年に行ったもので、長らく企業内発明塾で特許分析というか「特許解読」の教材として使っているものです。

 受講者によれば、特許分析の方法を学ぶのに役立つだけでなく、発明や新規事業、知財戦略を考える上でとても参考になるらしく、非常に評価が高い教材です。今回は特別に、その大人気教材の一部を抜粋して紹介することにします。

 特に投資家の方で、投資先企業の目利きや評価のために特許情報を分析したい方には、このKomtraxの事例が最もわかりやすいと自負しています。投資家の方だけでなく、知財部門の方や、知財に興味がある技術者の方にも役立つ事例です。

 そもそも、多くの投資家の方は、普段はどこかにお勤めであったり、何か「お仕事」をされているでしょう。その「お仕事」のほうにも大いに役立つ事例ですので、ぜひ最後までお読みくださると嬉しいです。

 特許分析を行った際に用いた母集団について、記載しておきます。分析を行ったのは2014年ですので、母集団もそこまでになっています。最新の動向は、後ほど紹介します。

■以下の検索式で母集団を作成し、分析を実施。「出願人:小松製作所+コマツ」*「キーワード:(建機+機械+車両+遠隔)*(通信+情報+管理+監視+表示)」*「技術分類(FI): B60R+E02F+G06F+H04」(キーワード検索の範囲は、発明の名称・要約・請求項)※1993/01/01 〜 2014/08/14公開分を対象とした。※データベースは、中央光学出版 CKSWeb を利用

■ キーパーソンは誰で、何を開発している?

 特許分析を行う際、僕が一番重視するのは発明者分析です。

 できれば、その企業や技術分野において中心になっている「キーパーソン」を見つけたいところです。

 僕は、発明者分析で、企業の技術開発の流れなどがだいたいわかると思っています。そもそも僕は極度の面倒くさがりなんですね(笑)。

 なので、できるだけ楽をしたい。その僕が、いろいろな企業や技術分野の特許分析を受託したり、興味がある企業について分析してみたりして、たどり着いた結論が「発明者分析をすればだいたいわかる」なんですね。

 だから、特許分析って何からやればいいのかわからない、と悩んで始められていない方は、まずはここで僕がやっているような発明者分析に取り組んでみてください。

 では、本題に入ります。図82を見ると、Komtrax関連特許におけるトップ発明者は荒川さんです。荒川さんが発明者に入っている特許が、1999年に7件あります。

図82 ▶ 「キーパーソン」を見つけ、「太い」流れを掴む

※CsvAid(中央光学出版)を利用

 そして同時に鎌田さんと水井さんも7件。この7件について、詳細は後述します。実は7件とも、『分割⇒拒絶⇒不服申し立て』したものなので、本気の7件です。ここからコマツは、Komtraxの特許網構築で勝負をかけてきた、これは明白です。

 関連特許をすべて読んだのですが、僕が把握している限り、Komtraxに関する最初の特許出願は、長谷川さんが発明者になっている1997年のものです。仮にそうだとすると、1997年か、その少し前に長谷川さんがKomtraxについて最初の発明を行った。

 1998年に建機による強盗対策として「GPSつけたら?」という声が出て本格的に開発が始まった。1999年に荒川さんが行った発明について特許を7件出して、特許で勝負をかけ始めた。1999年には、国内のレンタル向けにKomtraxが導入され、2001年にKomtraxを標準装備化。先ほどの坂根さんの話を踏まえると、Komtrax誕生の歴史はこんな感じですね。

 どうでしょう、ある程度裏は取れましたかね(笑)。この辺は、後で再度深掘りします。

 発明者分析でキーパーソンが特定できましたので、特徴的な特許を発明者と紐づけながら紹介し、大まかな流れを紹介しておきます。一部については、後で取りあげて内容を解説します。

 1996年以前は、遠隔通信とは関係のない「異常検出」に関係する特許が「菅野さん」他の名前でちらほら出ていました。これは、遠隔通信ではないのでKomtraxとは関係ないのですが、「異常検出」が一つの課題になっていたことを示しているので、僕は注目しています。

 そして1997年に突然、「異常を検出」してその前後のデータを「遠隔通信」するコンセプトについての特許が出願されます(特開平11-065645)。長谷川さんの発明ですね。恐らくこれが、Komtraxに関する最初の特許出願だろう、と僕は考えています。

 ちなみにここで検出対象になっている「異常」には、エンジンの油圧低下などがあがっていますし、「稼働時の異常」とも書かれていますので、「盗難防止」を想定していたわけではない、と僕は考えています。建設機械を安定的に稼働させるために必要な技術開発を行う中で、生まれた発明であり特許だと考えるのが、自然でしょう。

 長谷川さんには、同じ1997年に「メンテナンス時期を稼働データから判定する方法」についての特許出願もあります。やはり当初から、「稼働時の異常検知」「メンテナンス」が目的でKomtraxが開発(発明)されていたように思えますね。

 1999年には、送信する際の消費電力を削減する方法に関する特許が出願されています。これは、その後7件に分割されていて、1件を除いて権利化されています。ここが肝ですね。

 遠隔モニタリング、つまり、異常データを送信する、という基本コンセプトについて特許を出した後、送信における課題として大きなものである「消費電力」に関する権利を押さえにきてるわけですよね。データ送信に電気を使うため、バッテリーにこれまで以上の負担がかかることは、容易に想定できます。

 2000年に出願された関連特許には、「サーバ」という言葉が頻出しています。これは、要するにデータを貯めておくとか、分析するとか、そういう話ですよね。

 このあたりでコマツはKomtraxの本当の価値に気づいて、研究開発と特許化に本腰をいれたんじゃないかな、という気がしています。

 レンタル建機向けが1999年、標準装備化が2001年ですから、レンタルで試してみてデータを集めて分析して、そこから新たなサービスが生み出せそうか味見をした。そこで生まれた課題をつぶして特許出願した。そして標準装備化した。こういう流れですね。

 2000年9月には 、「通信負荷」に関する特許も1件出ていて、こちらは2012年に分割出願されています。消費電力の次は、通信負荷が課題になったわけです。2001年7月には「移動体の通信装置」という名称で関連特許が出願されていますが、こちらも通信負荷の削減がテーマです。発明者は、水井さん、鎌田さん、あたりですね。

 彼らは恐らくこの時期、アイデア出しも含めて、通信負荷を低減する方法をかなり検討していたのでしょう。ちなみに僕がコマツに入社したのは、ちょうどこの時期(2002年)です。Komtrax開発チームがいろんな意味で盛り上がり始めたタイミングだったと思われます。

 そして、2003年以降は「データの活用」として、低燃費とか、セキュリティなど用途特許の出願が始まっています。2000年に出願された特許に「サーバ」というワードが出ていましたので、その流れですね。

 このときの出願は、Komtraxの活用に関わる特許ポートフォリオの形成を意図したものが中心ですね。通信に関わる課題じゃなくて、データ活用に、明らかに軸足を移しています。

 データの活用を含むビジネスモデル関連の特許は、出願だけで権利化されてないものが結構あります。9割ぐらいは権利化されていません(図83)。これはおそらく、当初から公開目的で出願したのでしょう。この辺も、知財部として明確な方針があって出願していたのかなと思います。

図83 ▶「警報」「燃費」「通信」を重点的に権利化

※CsvAid(中央光学出版)を利用

 また、通信に関する課題を扱ったものは6割ぐらいは権利化。燃費制御は7割5分、警報システムは8割が権利化されています。警報システムは、要するに異常のアラートですよね。最初の出願で「稼働時の異常」データを送信すると書いていますが、案の定、この辺はしっかり取っているわけです。

<連載ラインアップ>
■第1回 「食品知財の黒船」花王はいかにして他社を寄せ付けない“鉄壁の特許網”を築いていったのか?
■第2回 食品業界を震撼させた花王の「減塩醤油特許」、他社に大きな影響を与える緻密な特許戦略とは?
■第3回 ヘルスケア・メディカルに特化した「Another Kao」なぜ花王はソリューション領域を目指すのか?
■第4回 世界に先駆けてIoT分野を開拓したコマツ、建設機械の在り方を変えた特許戦略「Komtrax」とは?
■第5回 「盗難防止」が目的ではなかった? 特許出願から読み解ける、コマツ「Komtrax」発明の真の狙いとは?(本稿)
■第6回 部品の破損を事前に察知「Komtrax」の次の一手とコマツが20年かけて育てる「リマン事業」とは?(1月17日公開)

※公開予定日は変更になる可能性がございます。この機会にフォロー機能をご利用ください。
<著者フォロー機能のご案内>
●無料会員に登録すれば、本記事の下部にある著者プロフィール欄から著者フォローできます。
●フォローした著者の記事は、マイページから簡単に確認できるようになります。
●会員登録(無料)はこちらから

筆者:楠浦 崇央

JBpress

「特許」をもっと詳しく

「特許」のニュース

「特許」のニュース

トピックス

x
BIGLOBE
トップへ