nanapi買収が示す、コンテンツ業界の3つの潮流
「スマホコンテンツバブル」がやってくる
2014/10/17
10月16日、KDDIはネット企業12社と共同で、コンテンツ連合「Syn.alliance (シンドットアライアンス)」構想を発表。生活情報サイト「nanapi」の買収など、合計7社に総額120億円を出資した。本構想の仕掛人であるKDDI・新規ビジネス推進本部担当部長の森岡康一氏(上写真)は「モバイルインターネットの新しい世界を創る」と宣言。このニュースが示す、コンテンツ業界の新しい潮流について考察する。
「ウェブコンテンツ不毛時代」の終わり
「今回の買収をターニングポイントとして、メディアのネットシフトが本格化するのではないか」。
10月16日、KDDIに会社を売却したnanapiの古川社長はそう語る。今回のニュースから読み取れる、コンテンツ業界のトレンドとは何か。nanapi古川氏へのインタビューも参考にしながら、3つのポイントを説明していこう。
一つ目のポイントは、「ウェブコンテンツ不毛時代」の終わりである。
「日本のウェブコンテンツは総じてクオリティが低い」ーーこれは、コンテンツ創りのプロのみならず、読者の多くも感じていることだろう。
今のウェブメディア界は、ページビュー(PV)至上主義に陥り、芸能ニュースなどの軽いコンテンツや、大げさな見出しをつけた煽動的なコンテンツがあふれている。著作権に問題のある、コピーコンテンツも多い。
こうした現状を生んだ最大の要因は、ウェブの脆弱な収益モデルだ。現在のウェブメディアは、PV連動型の広告モデルが主流だが、その単価が極めて低い(一般的に1PV=0.1〜1円)。そのため、どう安いコストでPVを稼げるコンテンツを創るかばかりに、意識が偏ってしまっている。
一方、新聞社、出版社、テレビ局などの大手メディアは、ウェブ領域に本腰を入れていない。既存の紙やテレビのビジネスを食うおそれのある、ウェブへの投資には及び腰だ。たとえ投資をしたとしても、早期の黒字化を求めるため、事業が小粒になってしまう。
つまり日本では、ウェブコンテンツにおカネが十分に投資されていないのだ。当面の赤字覚悟で大胆に投資するプレーヤーがいないことーーそれが、日本のウェブメディアの最大の不幸だった。
そこに、救世主として現れたのが、通信キャリアである。ウェブメディア業界は、長らく求めていた、パトロンをやっと見つけたと言える。
営業利益が数千億円(ソフトバンクは1兆円)に上る通信キャリアにとって、数十億円、数百億円の投資はさほどハードルは高くない。差別化や成長の切り札として、コンテンツの重要性が高まっているだけに、大胆な投資は望むところだろう。
たとえばドコモは、デジタルコンテンツを展開する「dマーケット」を成長戦略の柱に置いている。今年6月にスタートしたdマガジン(86種類の雑誌が読み放題のサービス。月額400円)は、すでに50万会員を突破。dビデオ(映画、ドラマ2万タイトルを見放題。月額500円)、dヒッツ(約300プログラムが聞き放題。月額300円、500円の2コース)もそれぞれ400万人、200万人の会員を獲得している。
ドコモは、dマーケットを軸に、メディア・コンテンツ領域を拡充し、2015年度には、3,000億円の売上げを狙っている。13年度の売上げが1270億円なので、2年間で倍以上に事業を成長させるという強気な計画だ。
同じくKDDIも、コンテンツ定額サービス「auスマートパス」(月額372円)を、成長戦略のコアとしている。1,000万人を突破した会員数をさらに伸ばすためにも、強力なコンテンツが不可欠だ。今回、「Syn.」構想をリードした森岡氏は、1,000億円もの投資枠を持つと言われている。
ソフトバンクも、傘下のヤフー、ガンホー、スーパーセルなどのコンテンツ力の高い子会社を抱えており、海外でもコンテンツ投資を加速している。
通信キャリアからの資金を原資として、新たなウェブコンテンツ生成の生態系が産まれれば、既存メディアからの人材流入も加速するだろう。
現在、ウェブメディアへの人材流入が遅れている大きな理由は、賃金差にある。典型例でいえば、朝日新聞の平均給与は1280万円であり、ヤフーの平均給与は663万円である。平均年齢の差はあるにしろ、ほぼ倍の差だ。
この給与差を縮め、一流の人材が十分に稼げる報酬体系を創り、かつ、自由にクリエイティビティを発揮できる場を整えれば、優秀な人材ほど、ウェブへと移動し始めるだろう。
「コンテンツ・プラットフォーマー」の競争激化
2つ目の示唆は、「プラットフォーマー」と「コンテンツプロバイダー」との融合の加速である。すなわち、コンテンツの流通を担う「プラットフォーマー」と、コンテンツの制作、編集を担う「コンテンツプロバイダー」が融合し、「コンテンツ・プラットフォーマー」の時代がやってくる。これは、KADOKAWA・DWANGOの統合にも象徴されるトレンドだ。
アメリカではすでに、プラットフォーマーがコンテンツを創る流れが浸透している。動画配信のプラットフォーマーであるネットフリックスは、単にコンテンツを他社から購入するだけでなく、自社で「ハウス・オブ・カーズ」などのオリジナルドラマを製作している。アマゾンも書籍やドラマの製作を手がけており、今年8月には、ゲームの実況サイト「Twitch」を買収した。同様に、米ヤフーもオリジナルのドラマやニュースの製作を行っている。
日本では、PC領域で独占状態にあったヤフーは、あえてコンテンツを創る必要はなかった。コンテンツを創ってしまうと、中立性を失いビジネスのマイナスになってしまうからだ。
しかし、スマホの時代に入り、ヤフーの独占状態が崩れ、プラットフォーマーが乱立し始めた。ニュース領域では、スマートニュース、グノシーなどのプレーヤーが勃興し、DeNA、グリーらもゲーム以外の事業を拡大。そこに、通信キャリアという巨人が加わり、大競争時代が到来している。
こうしてプラットフォーマーが乱立すればするほど、差別化としてコンテンツが重要になってくる。これまで、通信キャリアは端末や、つながりやすさで競争してきたが、競争の軸はコンテンツに移りつつある。今後は、有力なコンテンツを囲い込む力と、自分らオリジナルコンテンツを創る力が、競争力の源泉になるはずだ。
通信キャリアにとって、客を呼べるコンテンツを創れるプレーヤーとの提携・買収が戦略としてカギになってくる。すでにKDDIはnanapi以外にも、音楽サイトのナタリーを買収している。ソフトバンクも、ガンホー、スーパーセルという世界屈指のゲーム会社を傘下に置き、映画分野では、米レジェンダリー・ピクチャーズへの出資にこぎ着けた。これらの出来事が集中しているのは、偶然ではない。
もちろん、コンテンツ・プラットフォーマーは通信キャリアだけではない。ネット企業も有力なプレーヤーだ。住まい・インテリアに特化したキュレーションメディア「iemo」と、女性向けファッション・キュレーションメディア「MERY」を総額約50億円で買収したDeNA、10月9日にコンテンツ関連の新サービスを発表したLINE、スマートニュースへ出資するグリーも注目プレーヤーだ。
さらに、メディア系としては、前出のKADOKAWA DWANGO、Hulu買収で動画のプラットフォーマーを目指す日本テレビ、そして、ドコモとスマホ向け映像プラットフォーム「BeeTV」を運営し、音楽、芸能マネジメントに強いエイベックスが有力な候補となる。
これらのコンテンツ・プラットフォーマーは、得意領域が異なるため、必ずしも競合するわけではない。たとえば、角川とドコモは共同でdマガジンを運営しているし、グリーとLINEは共同のゲーム会社を創っているし、エイベックスは、ドコモとソフトバンクと動画を運営している。各々のコンテンツ・プラットフォーマーが、ときに競争し、ときに手を組みながら、コンテンツ業界を盛り上げて行くはずだ。
「スマホコンテンツ・イズ・キング」時代の本格到来
3つ目に、こうしたコンテンツ・プラットフォーマー競争の激化により起きるのが、コンテンツの相対的な価値のアップである。とくに、スマホと相性のいいコンテンツを持つプレーヤーは、引く手あまたとなるだろう。「スマホコンテンツバブル」が到来するといってもいい。
下図にあるように、PCのヤフー一局集中の時代は、コンテンツプロバイダーは安く買いたたかれる構造にあった。独占構造にある側が、一方的に交渉力をもつのは当然だ。しかし、スマホシフトにより、多数のプラットフォームが生まれ、一流のコンテンツをもつプロバイダーの売り先が増え、交渉力が高まっている。
コンテンツプロバイダーにしてみれば、PC時代には、「ヤフーへ尽くす」か「外部配信をせず自社で完結する」かの二択しかなかった。ただ、今後は、「全方位外交をする(多くのプラットフォーマーに高値でコンテンツを売る)」「特定のプレーヤーと同盟を組む(特定プラットフォーマーに売却・提携する)」の2つの道が加わった。
コンテンツ側の交渉力アップを象徴するのが、ディズニーである。ディズニーは、『アナと雪の女王』といったキラーコンテンツを、ドコモにも、auにも、ソフトバンクにも、Huluにも、高値で売ることができる。
今後、コンテンツの創り手として力を増すのは、既存の有力プレーヤーだけではない。動画にしろ、写真にしろ、記事にしろ、スマホ時代に合ったコンテンツ作りのノウハウはまだ誰も確立できてない。そこにメディアスタートアップの可能性がある。
大手のコンテンツメーカーで経験を積んだ人間や、異業種からの参入者が、スマホ時代のヒットコンテンツを産み出し、その会社を高値でコンテンツ・プラットフォーマーに売り抜けるーーそんなケースが、今後増えていくだろう。
近年、アメリカでは、メディアスタートアップが次々と生まれ、バズフィードのような圧倒的な成功例も生まれている。フォーチュン誌によると、ディズニーが同社の買収を画策したという(バズフィード側が10億ドルを要求したため交渉は決裂)。
nanapiの評価額は77億円と言われるが、今後数百億円、数千億円のメディア買収が日本で起きる日も遠くないだろう。スマホシフトで大変化を迎えるコンテンツ。いよいよメディア産業が面白くなってきた。
(撮影:福田俊介)