金持ちの倫理観が完全に終わってるSF映画! “クローンを死刑にすれば無罪放免な島”での悪夢を描く「インフィニティ・プール」レビュー(1/3 ページ)
「イヤな映画」としては満点の出来栄えです
映画「インフィニティ・プール」が、4月5日から公開されている。この映画、「この世の邪悪を煮詰めて作った汁を飲ませたら、人間はどう変わっちゃうのか」を、バキバキの天才監督がねっとりと見せる作品だ。「イヤな映画」が好きな人は必見。走って映画館に行きましょう。なお、この記事は基本設定について一部ネタバレを含んでいるので、まっさらな状態で見たい人は注意していただきたい。
「クローンを死刑にすれば無罪放免」なリゾート島で、カスな金持ちが大暴れ!
主人公ジェームス・フォースターは、スランプに陥った作家である。妻のエムと共に高級リゾート地であるリ・トルカ島を訪れた彼は、再び創作に向かうためのインスピレーションを得ようと焦っていた。ある日ジェームスは、自分の著作のファンだという女、ガビ・バウアーと知り合う。ガビとその夫アルバンと夕食に出かけ意気投合したフォースター夫妻は、翌日スタッフから車を借りてホテルの敷地外へと出かけることに。
リ・トルカ島では、観光客がホテル敷地外へ外出することは、トラブル防止のために禁じられていた。禁を破って外出した4人だったが、ホテルに戻るためにジェームスが車を運転している時に事故を起こし、島民を撥ねて殺してしまう。
島の法律ではあらゆる犯罪が内容を問わず死刑に処されることになっており、このままではジェームスも死刑ということに。焦るジェームスに提示されたのは、「大金を積んで犯人と同じ記憶を持つクローン人間を作り、クローンに刑を肩代わりさせれば本人は死刑を免れることができる」という特別ルールだった。ジェームスはこのルールに飛びつくが、それはさらなる悪夢への入り口だった。
毎回毎回よくもまあこんなにイヤな設定を思いつくな……を感心してしまうブランドン・クローネンバーグ監督の最新作、今回のネタはクローン人間である。
と言ってもSFっぽい突飛さがあるのは「金はかかるけど、やろうと思えばクローンを作れます」という設定だけで、あとはその設定を使ってどれだけ生理的にゾクゾクする状況を作れるか、そして一人の男が「やっちゃう側」へと一線を踏み越えていく様子に力を入れた作品になっている。「奇抜で奇怪な設定を背景に、人間が不可逆な変化をする様を描く」という点に関して言えば、監督の前作「ポゼッサー」もそうだった。お好きなんですね、そういうの……。
しかし「ポゼッサー」と違い、今度の舞台はセレブや金持ちが集まる高級リゾートである。一昔前ならすごい金持ちがどう生活しているかというのはぼんやり想像するしかなかったが、今の時代はSNSで金持ち側が勝手に自慢してくる。そういった投稿を見ているとわかるが、“調子に乗った金持ち”というのは決して我慢したり順番待ちの列に並んだりしない。多少法律を犯していようが面白そうだからやりたいと思えばやっちゃうし、金持ち以外の人間を低く見ることにも躊躇がない。そういったグロテスクな格差を、「インフィニティ・プール」はねっとりと描く。
冒頭からジェームスはホテルの外で貧乏暮らしを強いられている島民とその街に対して嫌悪感を露わにしているし、中盤以降登場するガビとアルバンの知り合いの金持ちたちも言動がいちいちいけすかない。ところどころにホテルの内と外の絶望的格差がわかるようなシーンが盛り込まれているし、警官たちの制服や振る舞いはお巡りさんというより全体主義国家の秘密警察っぽい。そもそも「犯罪はとにかく死刑!」という法律自体、島民をキツく縛り付けている。
声高に主張されないものの、「強権的な政権が貧乏な島民を強く押さえつけて成立しているリゾートと、そこでやりたい放題するわがままで貪欲な金持ちたち」という構図が透けて見えるようになっているのだ。う〜む、現代社会の縮図……!
最後まで見ると浮かび上がる、「インフィニティ・プール」というタイトルの意味
なんせ金さえ積めば犯罪を犯してもクローンに身代わりさせて無罪放免という場所なので、劇中に登場する金持ちたちの倫理は完全に終わってしまっている。平気で乱暴狼藉を働き、自分のクローンが処刑されるところも爆笑しながら鑑賞する金持ちたちに囲まれて、主人公ジェームスはどんどんその毒気に感化されていく。
「やろうと思えばなんでもやれてしまう」という状況に抗うのは難しいだろうし、「やれちゃう側」は総じてシュッとして愉快な勝ち組の金持ちなのである。妻が自分の本を出してくれた版元の社長の娘なのでそもそも夫婦間に経済格差があり、しかも絶賛スランプ中で無収入というジェームスならば、やりたい放題な金持ちクラブの仲間に入りたいと思ってしまってもちっとも不思議ではない。
「インフィニティ・プール」が絶妙なのは、そう思っているジェームスや周囲の金持ちたちが、クローンなのかどうか正直よくわからないという点である。クローンを作り終わった際には必ず気絶してしまい、複製元の人間は目が覚めたら病院のベッドの上である。ということは、どこかのタイミングでクローン人間と複製元がどこかで入れ替えられていても、本人にはわからない。
しかし、倫理のネジがぶっ飛んでいる金持ちたちにとっては、そんなことは些細な問題だ。別に自分がクローンでもそうでなくても、正直どっちでもいい。そんなことより高級リゾートでやりたい放題の乱暴狼藉をやるほうがずっと楽しいじゃないか。自己の複製をとったことが最初の一線であり、そこを超えてしまったのならその先の問題はあってないようなものである。
そんなネジが外れた金持ちたちの行動は、当然ながらめちゃくちゃ胸糞悪い。正直言って目を背けたくなるようなシーンもいくつかある。あるんだけど、ひたすら衝動的に暴れ回り自分たちの欲求と快楽にバカ正直になっている彼らを見ていると、「こいつら全員酷い目に遭わんかな〜」と思いつつ、ちょっと「いいなあ……」と思ってしまうところがある。
見てるこっちもだんだん倫理のネジが取れかけているような感じになってきて、超えない方がよさそうな一線をどんどん踏み越えていくジェームスに対しても「そりゃそうなるよなあ」という気持ちが湧いてくる。だって何やってもクローン作って終わりなんだもん。そりゃそうなりますって。そして映画はこの後もっととんでもないことになるのだが、それは見てのお楽しみである。
タイトルの「インフィニティ・プール」とは、縁の部分に視界を遮る手すりなどがなく、奥に広がっている海や湖とつながっているように見えるプールのことを指す。最初こそなんのこっちゃという感じだったが、全編見た今となっては非常に秀逸なタイトルだと言わざるを得ない。
自分がクローンなのかそうでないのか。倫理のタガが外れた自分は前と同じ自分なのか。「人が変わる」とはどういうことなのか。自分の意思で境界線を踏み越えたわけでもないままに状況に引き摺り込まれた人間は、このプールから出ることができない。
ということで、「インフィニティ・プール」はとても怪しく刺激的な作品だ。強烈に毒気のあるものが見たいという人でも、怖いもの見たさで見にきたという人も、きっと満足して劇場を出られるはずである。
(しげる)
関連記事
- 熱い! 濃い! ド派手! 中国製SFブロックバスター映画「流転の地球 -太陽系脱出計画-」がすごい
中国SFコンテンツの到達点的作品です - 『三体』三部作が完結したのでマシーナリーとも子と「三体面白かったよね会」をやりました
1ページ目はネタバレなし、2ページ目以降はネタバレありでお送りします。 - 「トップガン」はなぜ「トップガン」なのか? 「トップガン マーヴェリック」でオタクが悲鳴を上げ歓喜した理由
「トップガン」の本質って、何だと思いますか……? - 「これ、どこが面白いの?」 『ダンケルク』が描く“事象”としての戦争、描かれない内面
「結局これどこが面白いの!?」への答えは。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
-
リンゴを1年間、水の中で放置→顕微鏡で見てみたら…… 衝撃の実験結果に「これはすごい」「息をのみました」【海外】
-
“駐車場2台分”の土地に、建築家の夫が家を建てたら…… “とんでもない空間”に驚き「すごい。流行る」
-
こ、これは! ウインナーにホットケーキミックスをつけて揚げたら…… “まさかの料理”が爆誕 驚きのビジュアルが293万再生
-
「思ってたんと違う」 ダイソーの“クマさんグッズ”→鼻を押すと…… 衝撃ビジュアルに「想像超えてきた」
-
空港で荷物が重すぎると呼び出され…… 職員に囲まれ確認されたスーツケースの中身に「密輸や笑」「気持ちはわかる」
-
「お父さん(78)昔は美男子だったのよ」→娘は信じていなかったが…… 当時の“驚きの姿”に「漫画に出てきそう」
-
田んぼに捨てられていた小さな黒猫→2年後…… 驚きの“現在”に「2年で!?」「あらまぁ!!!」と300万表示
-
「尊敬します」 妻が22時に作る“旦那弁当”をのぞくと…… 残り物がパッと豪華に見える“ひと工夫”に「幸せ者ですなぁ」
-
鮮魚店で売れ残ったタコを水槽に入れたら…… 予想もしなかった波乱万丈な生きざまに「タコに泣かされる日が来るなんて」「まじでツラい」
-
【ヤフオク】ブックオフから買った“約8000円のジャンク品”→開封したら…… “ぶっ飛んだ代物”にネット大興奮 「夢が広がる」
- 【ハンドメイド】余った布が大変身! 捨てるのがもったいなくなる活用法に「天才じゃないですか!」「素敵なアイデア」
- 高校生のときに出会った“同級生カップル”→「親に頼らん!」と必死に貯金して…… 19年後、現在の姿に反響
- 岡田紗佳、一連の騒動を生中継で謝罪 頭を深く下げ「申し訳ございませんでした」
- 庭に置かれた“普通の物置” → DIYで“まさかの姿”に大変貌 「え?物置ですか?」「すごすぎ」
- “部屋が汚すぎて”彼氏に振られた女性→1人孤独に片付けを続け、600日後…… まさかの光景に「感動しました」
- 「許されると思ってんの?」 スマホのアラームを設定→翌朝…… “絶望の通知内容”が430万表示 「ほんとこれ」
- 一般家庭で暮らすワニ、“ご飯だよ”の合図を聞いた瞬間 400万再生の予想外すぎる顔に「温室育ちの純粋な目をしてて草」
- 普通の折り紙1枚を、パタパタ折っていくと…… プレゼントにぴったりな美しいアイテム完成に「すげぇつくりたい」「かわいい」
- クルマのドアが開かない……! 車内から緊急脱出する“驚きの方法”に目からウロコ 「貴重な情報」「良い知識」
- 大人なら5秒で解きたい!「9+0÷2−3」の答えは?【算数クイズ】
- ドブで捕獲したザリガニを“清らかな天然水”で2週間育てたら…… 「こりゃすごい」興味深い結末が195万再生「初めて見た」
- 「配慮が足りない」 映画の入場特典で「おみくじ」配布→“大凶”も…… 指摘受け配給元謝罪「深くお詫び」
- 母「昔は何十人もの男性の誘いを断った」→娘は疑っていたが…… 当時の“モテ必至の姿”が1170万再生「なんてこった!」【海外】
- 風呂に入ろうとしたら…… 子どもから“超高難易度ミッション”が課されていた父に笑いと同情 「父さんはどのようにしてこのお風呂に入るのか」
- 母親から届いた「もち」の仕送り方法が秀逸 まさかの梱包アイデアに「この発想は無かった」と称賛 投稿者にその後を聞いた
- 市役所で手続き中、急に笑い出した職員→何かと思って横を見たら…… 衝撃の光景が340万表示 飼い主にその後を聞いた
- 「ごめん母さん。塩20キロ届く」LINEで謝罪 → お母さんからの返信が「最高」「まじで好きw」と話題に
- DIYで室温が約10℃変わった「トイレの寒さ対策」が310万再生 コスパ最強のアイデアへ「天才!」「これすごくいい」
- 「こんなおばあちゃん憧れ」 80代女性が1週間分の晩ご飯を作り置き “まねしたくなるレシピ”に感嘆「同じものを繰り返していたので助かる」
- 岡田紗佳、生配信での発言を謝罪 「とても不快」「暴言だと思う」「残念すぎ」と物議