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ソフマップがレンタルパソコンソフト屋だった頃の話(地下ゲーム考古学 第一回)

もし誰かに酒の席で「今まで一番、秋葉原でお金を使った店ってどこですか?」と問われれば、当方はまず間違いなく「ソフマップ」と答えるだろう。

実際に当方はソフマップで「新品パソコン」「中古パソコン」「新品パソコンパーツ」「中古パソコンパーツ」「新品パソコンゲーム」「中古パソコンゲーム」「新品ビジネスソフト」「新品テレビゲーム」「中古テレビゲーム」「中古シンセサイザー」「中古エフェクター」「本」「CD」「OAサプライ」「コピーツール」など、様々なものを買っていたし、いま何となく「今日までソフマップにて使った金額」をエクセルに書き出して計算したところ「中古のレクサス」が買えるくらいの金額を使っていて、軽く悔いた

だが、あの頃の散在きっと今の糧になっていると思うし、もし仮に糧となっていなかったとしても「80〜90年代のソフマップの話」というのは、電脳中年たちと酒を飲んでいる際に「超盛り上がるトークの一つ」なので、少なくとも話のタネにはなっていると思いたい。

では何故、80〜90年代のソフマップの話は盛り上がるのか?

それはソフマップという店が「パソコンゲームのコピーの歴史」を語る上で外せない存在だからだ。

実際にこの話は現在、電脳中年電脳中高年電脳老年として生きている元電脳キッズ全員が一家言をあるらしく、ひとたび「私とソフマップ、そしてコピー」なんて話題を酒飲み話として投下しようものならば、誰もが堰を切ったかのように

「昔のソフマップはレンタルソフト屋をやっていたんだよ!! 昔は結構ソフトを借りてお世話になったもんだった…」
とか
「ソフマップって昔は堂々とコピーツール売ってましたよね!! 自分はアレを毎月買ってソフトをコピーまくっていましたよ!!」
とか
「誰も信じてくれないけど、昔ソフマップでファミコンのディスクシステムのコピーツールを見かけた気がするんだよね…」

……
なんて感じのグレーな話をしだすので、「昔のソフマップの思い出話」というものは、我々電脳高齢者にとって人に話したくても話せない「ドス黒い青春の1ページ」なのかもしれない。

と、いう理由から「地下ゲーム考古学 第一回」は、我々「電脳者」にとって身近なパソコンショップ「ソフマップ」を掘り下げる事にした。

●ソフマップがコピーツールを扱っていた頃の話

日本各地にある大型パソコン店「ソフマップ」が、元々「レンタルパソコンソフト屋」であった事を知る人は少ない。
だがソフマップがちょっと前まで「パソコンソフトのコピーに対し前向きなお店」であった事を記憶している「電脳中年」は多い筈だ。

思い出して欲しい、ソフマップで「中古パソコンソフト」や「中古ゲーム」を選んている際に店内放送で流れていた曲「ソフラップ」の事を。


皆様はこの動画の0:22から始まる「パソコン、ファミコン、ОA、コピーツール、FAX、なんでも揃ってる ソフマップッ!!」という歌詞に聞き覚えがないだろうか?
そして唐突に登場する不穏な単語「コピーツール」に気づいた瞬間、我が耳を疑ったのではないだろうか?

この「コピーツール」が何を指しているかは電脳中年であれば言わずもがなだが、もし仮にこのコピーツールが何であるかを掘り下げた場合、当方は新たに「地下ゲーム考古学」を書き下ろす必要性がでてくるので今回は割愛させて頂くが、一言で説明してしまえば「コピーツールとはプロテクトのかかったパソコンソフトをクラックしてコピーする為の補助ソフトウェア」の事だ。

「そんなバカな!! ソフマップは上場までした大企業だぞ!!」

そう思った方もいるかもしれない。

だが80年代〜90年代のソフマップは、「パソコンソフト用のコピーツール」を堂々と店頭で売っていたし、あまつさえレジの横に「コピーツール」を配置し、会計をするユーザーが手に取りやすいよう誘導をしていた。

またソフマップが過去に店頭で無料配布していた小冊子「SOFMAP WORLD」では、コピーツールは「ユーティリティ」と名を変え「新品パソコンソフト」の価格表と共に掲載されている。

無料配布の小冊子 SOFMAP WORLD
右下の「ユーティリティー」がコピーツール

「ソフマップでパソコンソフトとコピーツールを買って、コピーが終わったらソフマップに売りに行こう!!」

そう表立って書けないからだろうか、当時のソフマップはあらゆる手法でユーザーに対し「コピーツール」の存在をアピールしていたし、そのアピールにより「コピーツール」の存在に気づいた人々は、「ソフマップでパソコンソフトを買い、ソフマップでパソコンソフトを売り、またソフマップでパソコンソフトを買う」という、「ソフマップを利用したコピー無限地獄」にハマり、どこかの誰かさんのように「中古のレクサスが買えるほどのお金」をソフマップに費やす事となった……と思う。

だが「ソフマップ」が本当に凄かったのは「SOFMAP WORLD」や「ソフラップ」でさり気なくコピーツールをアピールしていた90年代ではなく、完全にアングラパソコン屋であった80年代なのだ。

●ソフマップがレンタルソフト屋だった頃の話

wikipediaによるとソフマップの創業は1982年、新宿区高田馬場にある貸しビルの7階で「パソコン用ソフトウェアの会員制レンタル事業を開始」とある。


だがその前身は、ソフマップの初代社長である「鈴木慶」氏(以降、鈴木氏)が、友人と共に立ち上げたレンタルレコード屋である事はあまり知られていない。

こちらのシュッピン 代表取締役 鈴木 慶 BCN+Rのインタビュー記事(以下、インタビュー記事)によると、そのレンタルレコード店は、1981年5月に埼玉県大宮市で開業。
この店は若者を中心に好評を博すが、経営から1年ほど経過した頃に共同経営者とギャップが発生し、鈴木氏は1982年5月、レンタルレコード屋で得た資金100万円を元に、高田馬場にあるビルの7階で「パソコンソフトのレンタル事業」を開始する。

Hacker 創刊号より 「成功の㊙教えちゃおう!」の前半

レンタルパソコンソフト屋 ソフマップの誕生だ


鈴木氏が生み出した「レンタルパソコンソフト事業」とは、当時流行していたレンタルレコード業と同様、「パソコンソフトを定価の1割程度の価格で貸し出し、ユーザーの判断で勝手にコピーしてもらい、そのレンタル代で利益を得る」というもの。

このビジネスモデルは一見すると「ソープランドの自由恋愛の理屈」「パチンコの三店方式」並の胡散臭さを感じるが、00年代にTUTAYAでDVDを複数枚レンタルしてはDVD-Rに焼いて返却していた「電脳青年」だった方ならば、これがレンタル店にとっても、借りる側にとっても「暗黙の了解で成り立つWinwinなビジネス」であった事は理解できるだろう。

またレンタルレコード屋はこの世に数あれど「パソコンソフトレンタル屋」なるものは、1982年5月当時ソフマップしか存在していなかったので、本ビジネスは超ブルーオーシャンであった。
だが、パソコンソフトレンタル業は超ニッチすぎるビジネスであった為か、開店してから最初の8ヶ月は全く商売にならなかったらしい。
 
この頃の苦労話については、先に紹介したハッカーインターナショナルが発行する雑誌Hackerの創刊号(1986年9月4日号)に掲載された、後述の「成功の㊙教えちゃおう!」の後半…にて詳しく語られているが「家賃すら払えない」「ご飯が食べれなくてガリガリに」「ファッションなんか出来なくて髪の毛は自分で切っていた」「仕方がないから店のパソコンを日本流通センターへ売りに行った」など、聞くも涙語るも涙の物語。

だが奇跡が起きる


奇しくもこの頃は、レンタルレコード屋が「貸レコード問題」として社会問題となっており、その新手の商売として「ソフマップのレンタルパソコンソフト屋」がマスコミの目にとまった。

Hacker 創刊号より 「成功の㊙教えちゃおう!」の後半 

その結果、ソフマップは「朝日新聞」にデカデカと掲載され、次の日からお客さんが入りきれない程に押しかけ、気づけばテレビ局が3社、毎日取材が2・3件やってくる程の超人気店となり、「レンタルパソコンソフト屋 ソフマップ」は一夜にして時代の寵児となった。
 
この朝日新聞の反響がどれだけ凄まじかったのか?
それについては、鈴木氏が先述のインタビュー記事にて次のように述べている。

記事が掲載されるとすべてが激変しました。まさに、流行らないラーメン屋に突然行列ができたようなものです。店から「大変なことになっている!」と連絡があり、あわててみに行ったら、マンションに人が入り切れない状態で長蛇の列。

週刊BCN 2016年06月20日号 vol.1633より

 実際に「売上」は相当凄かったようで、先のインタビュー内で鈴木氏は次のように述べている。

奥田 貸ソフトの売り上げは?
鈴木 凄まじく増えました。このとき、こんないいビジネスはない、濡れ手で粟だなと思いました。

週刊BCN 2016年06月20日号 vol.1633より

濡れ手に粟のビジネスであれば、誰でも参加してみたくなるもの。

マスコミに騒がれてから、2ヵ月くらいで、お客さんのなかにも同じ商売をやってみたいって人が現われて、それじゃフランチャイズをやろうって簡単に考えて、契約金を40万円くらいもらって、すぐやり始めて、3店舗になりました。

Hacker 創刊号より 「成功の㊙教えちゃおう!」の後半より
 

こうしてソフマップは瞬く間に「高田馬場(東京)」「日本橋(大阪)」「京橋(大阪)」の3店舗を構える大世帯となった。

そんな最中、パソコン雑誌「テクノポリス」「いまバカ受けのソフトレンタル店の人気No,1はアドベンチャーゲームだ!」という記事が掲載される。

もちろん舞台は「レンタルパソコンソフト屋 ソフマップ」だ。

テクノポリス 1983年4月号に掲載されたソフマップの紹介記事

この当時の「テクノポリス」は、ソフトメーカーの広告や、市販ゲームソフトの紹介記事は一切掲載しておらず、どちらかというと自作プログラム最新のコンピューター情報ばかり掲載していた。

故に「パソコンソフトのレンタル事業で迷惑をこうむるソフトメーカーの事なんか知ったこっちゃなかった」のだろう。

実際、本記事の数ページ先には「ソフマップがソフトメーカーに喧嘩を売っているとしか思えない広告」が掲載されているので、先の「いまバカ受けのソフトレンタル店の人気No,1はアドベンチャーゲームだ!」という記事自体が広告であった可能性も否めない。

テクノポリス 1983年4月号に掲載されたソフマップの広告

本件について「鈴木氏」は、インタビューや対談の中で次のように述べている。

私はというと、有名になりたいという気持ちが勝って、過激なこともしゃべりまくり、もうめちゃくちゃでしたね。

シュッピン 代表取締役 鈴木 慶 BCN+Rより

そのころは、とにかくマスコミ取材が楽しくってしかたがないわけですよ。とにかくベラベラしゃべっちゃう、ソフト会社にケンカを売るようなことまでいっちゃう・・・・・・・(笑)

Hacker 創刊号より 「成功の㊙教えちゃおう!」の後半より 

 今でこそビジネスに注目を集める為に「意図的な炎上をさせる事は手法の一つ」とされているが、今から40年以上前にマスコミを使った「炎上ビジネスを展開していた鈴木氏」は先見の明があったとしか言いようがない。

だがこの「ソフマップの成功」は余りにも目立ちすぎたようで、翌年には同業のパソコンソフトレンタル店が100店舗近くまで増えるという異常事態に。

その後、同業のできるスピードも凄まじかった。それまで私の1店舗しかなかった貸ソフト屋が、翌年には100店くらいできてしまったのです。

週刊BCN 2016年06月20日号 vol.1633より

実際に「ソフマップ」が紹介された次号のテクノポリスでは、「ソフマップ」の他に「ソフトランド」という別のパソコンソフトレンタル屋の広告が掲載されている上に、その店の在庫は「ゲームソフトが3000本」「ビジネスソフトが500本」と、並大抵のパソコンショップでは太刀打ちできない程のアイテム数であった。

テクノポリス 1983年5月号に掲載された「ソフトランド」と「ソフマップ」の広告

それから暫くすると、パソコンのゲーム情報ゲームメーカーの広告を掲載しているパソコン雑誌「LOGiN」までもが、具体的な金額を提示した上で「パソコンのソフトをレンタルするとどれだけ得なのか」という記事を掲載し始める。

LOGiN 1983年11月号より

こんな商売が社会問題にならない訳がない


こうして「パソコンソフトレンタル店」「レンタルレコード店」に引き続き社会問題となり、1983年5月にソフトメーカーのエニックス(現スクウェア・エニックス)が「ソフマップ」に対し営業差し止めを求めて東京地裁に仮処分を申請をした。

ゲームマシン 1983年7月15日第123号より

災難は続く。
数ヶ月前までソフマップを「いまバカ受けのソフトレンタル店」と持ち上げていた「テクノポリス」が、2ページに渡り「パソコンソフトのレンタルは著作権侵害の可能性が高いのではないか?」といった趣旨の記事を掲載したのだ。

テクノポリス 1983年8月号に掲載されたソフマップに関する記事

テクノポリス編集部は、記事内で「ゲームメーカー側の主張」「パソコンソフトレンタル店側の主張」の両方を掲載をし公平性を保ってはいるが、どう読んでも「パソコンソフトレンタル店」の方が劣勢にしか読めない。
また本来ならば、この記事内で扱うべき「パソコンソフトレンタル店側からゲームメーカーへの打改案」という大事な部分を、別ページの最下部でオマケのように取り扱う始末

テクノポリス 1983年8月号 35ページ

※パソコンソフトのレンタル会社が7月中に業界団体「日本ソフトウェアレンタル協会」(仮称)を発足させる意向だ。同協会は、著作権問題に対応していくとともにレンタル用ソフトの共同開発も進める。著作権使用料支払いについても「メーカー側と話し合いの場を作る」とのこと。

テクノポリス 1983年8月号 35ページ下部より

後にレンタルレコード業界が「日本レコードレンタル商業組合」を結成し、音楽業界と契約を結び「貸与権」の元にレンタル事業を続けた事を考えると、この「日本ソフトウェアレンタル協会」の構想はあながち間違ってはいなかったとは思う。
だが、過去に鈴木氏が「過激なこともしゃべりまくった」「ソフト会社にケンカを売るようなことまで言った」という事があったからだろうか、この構想についての続報は以降ない。

これに続かのように、日本アミューズメントマシン協会(JAMMA)が文化庁に対し「意見書」を提出。
その内容は業界紙であるゲームマシンに詳しく紹介された。

ゲームマシン 1983年8月1日第193号より

ゲームマシンの記事により「エニックス」の他、「コナミ」を含めた計8社が1983年6月10日にソフマップへ対し、営業差し止めを求めて東京地裁に仮処分を申請をした事が判明する。
これらレンタルパソコンソフト問題と、以前から問題とされていたレンタルレコード問題を受け、文化庁は遂に「著作権法の改正」にのりだす。

ゲームマシン 1983年10月1日第197号 より

1986年3月28日、東京地裁は「ソフマップ」に対する仮処分命令を決定。
エニックスソフマップに対して営業差し止めの申し立てをしてから約3年もの月日が流れていた。

ゲームマシン 1986年4月15日第282号より

だが、この決定には「レトロゲーム的な謎」が一点存在している。
以下は、明治大学が公開している「ソフマップ事件仮処分決定」なのだが、物件目録の中に「この世に存在していないパソコンゲーム」が含まれているのだ。

キャリーラボの物件目録

このキャリーラボの物件目録の中にあるポーラスターIIIというゲームに「PC-6001版」は存在していない。
故にこの裁判の中で、存在していないゲームがどのように争われたのかは不明であるし、決定後に存在しないPC-6001版 ポーラスターIIIがどのように取り扱われたのかは謎のままだ。

だが命令の直後、ソフマップは「パソコンソフトのレンタル事業」から早々に撤退し、そのビジネスで得た膨大な資金を元手に「中古パソコンと中古ソフトの売買ビジネス」に事業転換した。

……と、一般的に思われているようだが、この事業転換は裁判所から命令が出る随分前から始まっていたようだ。

POPCOM 1985年4月号より(右ページに注目)


これはパソコン雑誌「POPCOM 1985年4月号」に掲載された「秋葉原のマイコンショップ情報」という記事。
本記事の3ページ目にて「ソフマップ」は次のように説明されている。

昨年までソフトレンタルショップだったが、今は中古ソフト販売、中古ハード委託販売、買い取りをしている。
中古ソフトは7〜8割引もあり、ディスケットも安い

POPCOM 1985年4月号より

この本が発行されたのは「1985年4月1日」、東京地裁からソフマップに仮処分命令が出たのが「1986年3月28日」という点を踏まえると、ソフマップは約1年前から事業変更を行ってたと考えるのが妥当だ。

他方で次のような記事も存在している。

以下は、1985年7月に発行された「バックアップ活用テクニック Part1」に掲載された「エリアマップ秋葉原」という記事。

バックアップ活用テクニック Part1より

この記事によると1985年7月頃の「ソフマップ」は、事業転換の要となる「中古のパソコン販売」の他に「コピーツール販売」「中古パソコンソフト販売」を行っていたようだ。

ここの社長は、20代の青年社長だ。
レンタル屋さんだったが、中古ソフト販売に変更。内容はあまり変わらない気もするが……。
ハードの中古も意外と安いものが多い。コビーツールの種類が多く行ってみたいお店だ。

バックアップ活用テクニック Part1より

だがこれは、これから始まる「ソフマップのコピーソフト飛翔伝説」の序章にすぎなかった。

この翌年である1986年、この頃になると「コピーツールを使ったパソコンソフトのコピー」はNHKがテレビで取り上げるほどの社会問題となるのだが、その映像の中に「あれ? これってもしかして……」というシーンが登場する。

この映像の「12:07」から「13:20」にかけて登場する「社長 柿谷義郎」の名前に見覚えはないだろうか?
彼はwikipediaにある「ソフマップ 二代目社長 柿谷義郎」氏、その人である。

NHK……     こうして作られたコピーツールは、いま秋葉原などにある一部の電気店で売られています。コピーツールの値段は一つ1万円前後、これさえあれば1枚数万円もするソフトウェアも簡単に何枚でもコピーする事ができる為、大企業のオフィスからも買いに来るといいます。

社長 柿谷義郎…… 私達が製品化しました。(以下略)

NHK……  法的にも若干微妙なって言いますかねぇ、その灰色な部分がまだ残されていると思うんですけども、それについてはどうですか?

社長 柿谷義郎…… いやぁ、これは完全なプログラムですから何ら灰色でもありませんし、暗くもありませんし、全くブライトです。ピンク色です。太陽の光ですよ。

パソコンソフトコピー問題 (1986年)より

おお! ことばの意味は分からんが、とにかくすごい自信だ!

残念ながら番組放送内で柿谷氏が社長をしている「コピーツールを製品化した会社名」は語られなかったが、映像にはしっかりと「ソフマップ」の文字が意図的に映り込んでいたので、これも炎上商法の一つだったのだろう。

画面左上にSofmapの文字

また柿崎氏が動画内で「私達が製品化したコピーツール」ことThe HAND PICK」にも「Sofmap」の文字は堂々と記載されている。

フロッピーのラベルの左肩にSofmapの文字が(オークフリーより)
パッケージの裏面に株式会社 ソフマップの文字が(オークフリーより)

「そんなバカな!! ソフマップは上場までした大企業だぞ!!」

だがソフマップは更に暴走し続けた。
以下は、1986年12月に発行された雑誌「Hacker 4号」に掲載されたソフマップの広告。

雑誌 Hacker 4号より

なんとソフマップは「新品パソコンソフトのアイテム/価格表」「コピーツールのアイテム/価格表」を併記した広告を出稿するという暴挙にでた。
また、そこに書かれたキャッチコピーは、糸井重里も裸足で逃げ出すような過激なもので……

コピーツール大セール中!!
コピーツール、販売実績、展示量日本最大!!!
コピーツールの命は・サポート!!
ファミコンのディスク用コピーツール誕生!!

雑誌 Hacker 4号に掲載されたソフマップの広告より

もはやただの「コピーツール専門店」だ。

この広告により、文頭で某電脳高齢者が述べていた「ソフマップの夢まぼろしのような話」が現実であった事が判明する。

「誰も信じてくれないけど、昔ソフマップでファミコンのディスクシステム用のコピーツールを見かけた気がするんだよね…」

Hacker 4号の背表紙に掲載されたディスクシステム用コピーツールの広告

ともあれ、ソフマップは「濡れ手で粟のパソコンソフトのレンタル事業」から撤退し、今でも続く「中古パソコンの販売事業」と「中古パソコンソフトの販売事業」へ事業転換した事により大躍進を遂げる。
以下は、その時を振り返る鈴木氏のインタビュー。

中古は、実はレンタルからの発想なんですよ。期限を決めるとレンタルで、期限を決めないと中古になる。それで秋葉原にお店があったので、中古パソコンがいいんじゃないかと。
中古パソコンは驚くほど売れました。いままでやっていたレンタル商売がばからしく思えるほどでした。

週刊BCN 2016年06月20日号 vol.1633掲載より

現行法にでは一応違法になってしまったんで、できなくなってしまったんです。まあ、今でもやってるところはありますけど、ソフマップがやるわけにはいかないんで、商売変えしなくちゃならなくなったわけですよ。
それで、中古のハードをやるしかないんで始めたわけです。やってみると当たってね、土曜、日曜になると5千人くらいの客が来ますよ。

Hacker 創刊号より 「成功の㊙教えちゃおう!」の後半より

ここまで長々と「ソフマップのコピー伝説」をまとめた当方ではあるが、ここで一つの疑問が脳裏を過った。

それは、漫画「おとなのしくみ」に掲載された、雑誌「Hacker」の発行元である「ハッカーインターナショナル」の社長「萩原暁」氏に対するインタビューの中にある。
その中で語られる「ソフマップの鈴木氏」は、開業当初「レンタルパソコンソフト業」ではなく「中古パソコンの販売業」をしていたという事なのだが、あれは正しい情報なのだろうか……と。

あんたっちゃぶる 4巻 99話より

正直なところ、この当時のアングラなゲーム話なんて、当事者でない限り何が本当で何が間違っているのかを確認する事なんてできない。

だが、当事者たちもどんどん歳を取り、それら記憶は正しいものから曖昧なものになってゆく。
だから鈴木慶氏のインタビューも、萩原暁氏のインタビューも、そしても、の記憶だって、正直もう怪しい。

だって僕らは、もう電脳高齢者なのだから。

 

ここまで長々と読んで頂き、本当にありがとうございました。



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吉野@連邦(renpou.com)
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