2023年のノーベル経済学賞はClaudia Goldinに授与された。それに伴い、彼女の業績の簡単な説明と詳しい説明がノーベル賞公式から配布されている。

彼女の業績で最も受賞に貢献したと思われるのは、「制度的な男女平等が達成された後にもなぜ経済的な男女不平等が続いているのか？」という論点に対して、「女性が育児のために労働から退出することによって生じる」（子無しなら男女の所得に差はない）という議論の先鞭をつけたことだろう。その論点について、公式の一般向け説明を抜粋して紹介しよう。

ノーベル賞の紹介文にもある通り、これらの研究は他の国でも追試が行われ、日本でも2010年代にこの効果を追認する研究が多数行われた。

また、職業によってその効果は異なり、例えば薬剤師のような仕事では働く時間に関わらず時給換算が一定である一方で、法廷弁護士などのある種の職種では長時間働くほど時給換算が上がり（弁護士の場合割のいい大型案件はパートタイムでは難しいとも言い換えられる）時短すると時給も下がる問題があることをGoldin (2014)の “A Grand Gender Convergence: Its Last Chapter.” で明らかにしている。

このあたりの「時短しやすい職」の議論は経済学者の大湾秀雄氏が財務総合政策研究所の2022年の研究会でイリス・ボネット『WORK DESIGN（ワークデザイン）:行動経済学でジェンダー格差を克服する』と共に紹介しており、その資料が読みやすいだろう。

𝕏男女論界隈とGoldin氏の研究

所得の男女格差はほとんど結婚・育児の問題である、というGoldin氏の議論は、その後の社会統計や研究に強い影響を与えていたし、社会学というより社会科学的な実証データに基づく議論を好む𝕏男女論の我々界隈では、当時最新研究だった日本国内の追試的実証研究が重視され、2010年代後半にはこの議論が「ほぼ大前提」というレベルで受け入れられていた。𝕏上の男女論のうち一部は、我々界隈の「実証主義男女平等派」が伝統的なナラティブなフェミニズムと意見対立している構図とも言える（Goldin本人も「さすがにもう制度的差別が原因とは言えないから……」という立場で、いうなれば我々が「Goldinキッズ」世代とも言える）。

その議論を私が2019年にまとめた際にも、類書でボネット「WORK DESIGN」を勧めたり、セクション1つをGoldin (2014)の議論に割いたりしており、彼女の2010年以降の研究を積極的に受け入れていたことが見て取れる。特に2014年の論文は経済学者クラスタでも2022年の大湾氏の紹介で知ったという意見も多く、日本国内では早期に取り入れていたほうだと言って差し支えないだろう（私個人はマミートラック問題を実地の職場に落とすうえで当然問題になる部分が気になって検索していて見つけたもので、普通に真剣に男女平等の手段を考えていたのである）。

時短対応は言うほど簡単ではない

Goldin氏の議論からは「時短しても分担しやすい業務にしろ」という含意を導くことができるが、上述のセクションではこれが案外難しいことを議論している。

先ほどの大湾氏は例えば「職の標準化」を例に挙げているが、これをやると裁量が減り仕事がつまらなくなる（軍隊は管理職が死んでも作戦続行できるような強い標準化が行われているが、要は標準化が進んだ職場は「軍隊式」にルールと命令の順守による業務になる）。職の標準化は時短してもやりがいのある仕事を求める中野円佳氏のような主張とはそりが合わない。

長時間労働ボーナスが発生する職種は、情報を一人に集約し整合性のある意思決定をする業務が多く、複数人で分担しても情報のインプットは分担者が全員同じ量を行わないと難しい。私の2019年の事例紹介では法廷弁護士はインプットが仕事の中心なので分担しようにも「両者共通業務」たる読み込みの業務の比率が高く上手くいかないのだろうと推定している。ドイツの管理職ジョブシェアリングの事例研究でも、メールは常にCCをつけ週に一日は二人の固定日を設けて直接話し合うなど綿密なインプットの共有が必要とされているし、パート管理職が二人合計120％の時間働く必要がある例が出ている。この事例紹介では、ボッシュ社がパートタイム管理職でも待遇や出世速度に差を付けないことにしているにも関わらず、女性管理職の29.8％がパートを選択する一方、男性管理職は1.8％にとどまることを紹介している。面倒くさくなるので分割したくないのが正直なところだろう。

究極の対応策：主夫を持て

「時短すると出世しにくく給料が下がる、やりがいがある裁量の大きい仕事に就きにくくなる」という制約下で、「子育て負担が女性に集中するから女性が時短労働をせざるを得なくなる」という問題への回答をするならば、「女性が配偶者を主夫にして育児を任せ、その内助の功で仕事に専念して出世する」というものが一番直球であろう。

平均的な世論では夫婦平等分担が好まれるが、この選択をすると結果的にダブル時短になるので二人とも問題を抱えることになる。アメリカでは夫婦平等分担がそこそこ見られるが、保育費に夫婦片割れの給料を丸々突っ込む水準で金をかけ「ダブルフルタイマー」をやっているのでこちらも大変である。

ただこの「主夫を持て」という議論は、女性でも「生理的に嫌悪」というほど嫌う人が多い議論であるのも事実である。女性が「自分より所得（ないし何らかの「格」）が上の男」を強く選好する（男性が自分より所得が上の女性を嫌うという説は、婚活市場とマッチングアプリからデータが豊富に得られるようになったことでほぼ否定されつつある）傾向にあることは先述の私のまとめにも含まれているし、それを端的に示した上野千鶴子のコメントが良く知られている。

この「女性自身の出世のために配偶者を主夫にしろ」論は、絶対に嫌という女性が多く、その結果としてこの論に賛同する論者、例えばYS@GPCRや小山晃弘などは「アンチフェミ」「ミソジニー」側に分類されることが多い。彼らはよく男女論レスバ組手をやっているが、彼らはGoldin氏の議論は知っていて主張の下敷きにしているので、ノーベル賞を授与された男女平等論を語る彼らに対して「アンフェ」呼びしながら突っかかる女性が大量に出るという謎な事態がよく出現する。

ただいずれにしても、Goldinの主張である「女性が所得を増やすために、女性の育児負担を男性に分散せよ」というのは、程度によらず「男に仕事をやめて家のことをしてもらい、女が外で働いて稼ぎ、その金で男と子供を養う」と言うのと同義である。それは夫婦半々の家事とか男女均等に育休を取る場合も同じことで、たまに男性育休を「育児が大変だから男女ともに休んで育児する」と言っている女性を𝕏で見かけるが、それをやると女性の所得向上につながらない、女性はそこで働いて稼がなければならない。今のパート感覚～男が家全体の金を稼ぎ、女は自分のために金を稼ぐ～という感覚を引きずった妻たちは決して男女平等を達成することができない。日本の男女の所得格差が大きいのは女性の意識がアップデートされていないからであり、これを変えないと所得の男女平等の最終達成は難しかろうというのが私の意見である。彼女が言う通り、日本の育休制度は充実しており、特に男性育休の制度自体は世界一と言えるくらい整備されている（我々𝕏男女論界隈も激推ししていた）が、利用率は低い。ただ、結局使う側の意識の問題で、それは徐々にしか変わらない――というところである。

女性としては直感的に嫌だが、やってもらわないと男女平等が達成できないという意味で、私は自分の意見を「スパルタン・フェミニズム」という名前で位置付けている。

とはいえ、意識はそうそう簡単に変わるわけではない、というのもGoldinの研究の中には含まれる。制度的にはオープンであっても、社会の常識が「どうせ家に入って育児するだけなのに大学に行く必要ないでしょう」といったものだったりすると、その機会を利用するより「常識」に沿って合理的な行動をするので機会が生かされず、ロールモデルを見ながら徐々に変わっていくのだ、という議論も今回の受賞対象になっている。

ちなみに、一応のノーベル賞の紹介記事として、女性の社会進出ついて、「人権のない時代以来家庭に閉じ込められてきた女が徐々に解放されてきた」というストーリーではなく、第一次産業が中心の時代はむしろ男女共に働いていて、工業化と共に育児に専念するようになり、サービス業化の時代に再び社会に出るようになってきたという議論も受賞対象となっていることも紹介しておこう。小山晃弘がときたま「マルクス主義に汚染されていた時代のフェミニズム本が言うほど一直線ではない」というときによく引かれる研究である。

なお、参考のためにプロの経済学者氏のnoteも紹介しておこう。