なぜマルボロの広告は意識が高いのか
「二兎を追え」「出る杭は打たれ強い」
ちょっと前に「マンションポエム」という言葉がバズりましたね。
「「この聖域は、総てのDESIREを満たす。」(ランドステージ代々木の杜)、「扉の向こうに、完全なる小宇宙が広がっている。」(南青山テラス常盤松フォレスト)――。週末の折り込みチラシや電車の中づり広告には、都心の新築高級マンションを形容する華やかなキャッチコピーが躍る。」
マンション広告に躍る「ポエム」 建築を包む物語 :マネーHOTトピックス:マネー :日本経済新聞
マンションの広告がポエムなら、マルボロ(タバコ)の広告は「意識高い」です。
「果報は、走って掴め」
「一寸先は、光」
「出る杭は、打たれ強い」
他にも「二兎を追うものだけが二兎を得る」とかあって、もうめちゃめちゃ意識高いです。元来無いはずの読点まで入れてタメのリズム作っちゃってるあたり中二感すらします。
ちなみに職場の近くのタバコ屋は店の入口上と左右、外にある自販機側面と四ヶ所にこれらのメッセージが貼られており、ITベンチャー狙いの就活生ですら気圧される意識の高さです。結界かよ。
なんでこうなったのか
小田嶋隆氏がマンションポエムを「売り手(マンション事業者)と買い手(住人)の共犯関係」と指摘していますが、マルボロに関しても同様ですね。「出る杭=喫煙(者)」ですし、「二兎を追う」=タバコは何かとトレードオフでない(例:タバコと健康は両立できる!)ことを連想させます。社会的にパージされつつある喫煙者を、この広告は「逆境に立ち向かってるチャレンジャー」と位置づけているわけです。
税金も二重に課せられたあげくどんどん上げられ、保険では非健康体扱いされ……もはや喫煙者たちは「迫害」と感じるところまで来てるのではないでしょうか(僕はタバコ吸わないので想像です)。もうこのご時世、タバコなんて吸いたい奴は広告関係なく吸うし、吸わないやつは広告見ても吸わないし。だとすれば、「非迫害者」たる喫煙者に「俺達チャレンジャー」的な意識の高さをもたせてせめて喫煙継続率を維持する、というのは悪くない手な気がします。
なお当然ながらタバコの広告はマンションの比ではない規制を受けておりl、品自体の広告は98年から自主規制で絶たれています。
トヨエツの出ていたセブンスター最後のCMがYoutubeにありました。
意識高い系の広告もよく出来てるなと思いますが、こちらも秀逸。
同じポエムでも何故マンションは「DESIRE」とか「小宇宙」とかキラキラ感溢れる方向に行ってしまい、タバコは上手いなと思わせるクリエイティブになるのでしょうか。制約が多いほうがクリエイティブが発揮される、みたいな話は聞きますが、どうなんでしょう。謎です。