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【懐パーツ】DTMを築き上げたMIDI音源の銘機「ローランド SC-88VL」
2018年2月7日 06:00
かつてPCの活用法の1つに「DTM」があった。DTMとは“デスクトップミュージック”の略で、雑に言えば、PCに「シーケンサソフト」を入れて、さまざまな入力法で音楽を打ち込み、「音源」をPCにつないで入力した音楽を鳴らして楽しむことだ。
シーケンサで打ち込まれたデータは、基本的に「楽器は○、音の高さは□、長さは△△」といった“命令”(MIDIメッセージ)である。こういった命令を音源が受け取り、音源が内蔵している音をベースに、指示通りに加工して鳴らせば音楽が流れるわけだ。
いまの時代からは考えられないだろうが、これが当時PCで音楽を楽しみ、作曲する手段の1つだった。その理由を挙げるとすれば、
1.PCM音源はデータ量が膨大であり、当時のPCのストレージ容量で長時間は厳しい
2.複数の楽器を複数のトラックにわけて録音し、同時に鳴らすのはストレージの転送速度的に厳しい
3.リアルタイム圧縮/解凍は負荷が高く、当時のCPUでは現実的ではない
4.動画配信や音楽配信サービスなどは当然なく、個人間のデータ交換は基本フロッピーディスクといった小容量メディア
などの理由がが考えられる。シーケンサと音源の組み合わせであれば、曲データは音源への命令の集合体でデータ量が少なく、同じ音を使いまわせるので、音源側もさほど容量を消費せずに済み、CPU処理能力やストレージ容量/速度的に現実的だったわけだ。
とは言え、シーケンサソフトを作れるメーカーは音源も作れるとは限らないので、別々に作るとなると、メーカー間共通の命令のフォーマットが必要になる。そこで、当時日本のMIDI規格協議会と国際団体のMIDI Manufacturers Associationは、楽器や音源間でデータをやりとりする世界共通規格、MIDI(Musical Instrument Digital Interface)を策定した。
MIDIには、機器間でやりとりを行なうための命令の統一を図っただけでなく、命令の集合体である曲のファイルフォーマット、そして物理的なデータ送受信インターフェイスまでが含まれる。歴史は意外にも古く、1980年代前半にも規格が策定し、機器間の相互接続を実現していた。
しかし、MIDIメッセージは音色までを策定していない。先ほど「楽器は○」とサラッと言っているが、〇は“ピアノ”とか“ギター”とか命令しているのではなく、“1番”とか“2番”とかの数字なのだ。というのも、接続する先の楽器がピアノやギターだとは限らないからだ。
この問題を解消するためには、“1番の音色はピアノ”といったように、音色マップを策定すれば良い。そこでローランドは1991年に「GSフォーマット」をリリースし、これに準拠した音源「SC-55」を発売した。GSフォーマットはローランドの独自規格であったが、317種類の音色と69,800円という低価格により広く普及し、DTMのデファクトスタンダードとなった。
前置きが長くなってしまったが、今回ご紹介する「SC-88VL」は、初代SC-55の音色を増やすなどしてGMもサポートした「SC-55mkII」から、さらに音色を654まで増やした「SC-88」の廉価版となるモデルだ。1995年に発売され、税別価格は69,000円。初心者向けのDTMキット「ミュージ郎8800」などに付属していたため、当時のDTM初心者には思い出深い製品だろう。
廉価版といっても、単純にユーザー音色を本体で設定するためのボタンを省略し、電源内蔵からACアダプタに変更しただけで、基本的な性能はSC-88に準じる。
音色は654、ドラムセットは24、(同時演奏可能な楽器とでも言える)パート数は32、最大同時発音数は64といったスペックを持つ。また、8種類のリバーブ、8種類のコーラス、10種類のディレイといったエフェクトも搭載する。
各音色はPCMとして波形データを収録している。とはいえ、音の高低や長短をすべてカバーしようとするとやはり膨大な容量となり現実的ではないので、基準となる音を数種類だけ収録して、それ以外の音はその基準音をもとに専用のプロセッサで演算して鳴らす。メモリ容量が多ければそれだけ多くの基準音を収録できるので、緻密な表現が可能になるわけだが、当時のメモリ技術では当然難しく、SC-88VLの容量は16bitリニア換算時で16MBに留まる。それでも当時としては十分画期的な音が鳴らせたのだ。
演算によって音を出す仕組み上、本機の内部構成はかなり複雑だ。その多くがRolandの刻印がなされているが、併記されている型番からわかるとおり、その多くは日本国内の半導体メーカーから供給を受けたものである。メインCPUには日立の「H8/510」を採用してさまざまな制御を行ないながら、サブCPUとなる三菱の「M38881M2」でMIDIメッセージの送受信や解釈や処理を行なっていると見られる。
PCM音源やさまざまなエフェクト処理はカスタムIC「RHR-2342」で行なわれる。さまざまな音色は、4つの16Mbit CMOSマスクROM「HN624316FB」(合計8MB)に保存されており、音を鳴らすさいに直接RHR-2342に呼び出される。
ちなみに、上位版のSC-88などでは、音源の容量が16MB(16bitリニア換算時)などと表記されているが、SC-88VLもその仕様を継承していることからするに、同じ8MBのROMを搭載していると思われる。
RHR-2342付近にあるPanasonicのロゴが入った「MN41C4256ASJ-07」は70nsのファーストページDRAMで、RHR-2342が処理を行なうさいにこのDRAMにデータを展開するものと見られる。
ソケットによって着脱可能になっている「HN62444BP」は4Mbit(512KB)のマスクROMで、このなかにSC-88の制御プログラムが入っていると思われる。サブCPUの近くにある2つの「SRM2A256SLM70」はセイコーエプソン製の256Kbit SRAM(32KB)のSRAMで、ユーザーの設定を保存。近くにあるCR2032バッテリによってそのデータを保持しているのだろう。
SC-88VLは基本的にPCにつなげて使うことを想定した製品のため、専用のシリアル端子(およびケーブル)を介してPCのシリアルポートに接続し、PC上からさまざまな制御が可能だ。最新ドライバはWindows 2000/XPまでのサポートのようだ。しかし、Windows 10で使えないというわけではない。Windows 10に対応したUSB接続のMIDIインターフェイスを購入すれば、MIDI端子経由で本製品を制御することは可能だ。
ただしWindows 8/10世代では、いわゆる「MIDIマッパー」機能がなく、普通にWindows Media PlayerなどでMIDIファイルを再生すると問答無用で「Microsoft GS Wavetable Synth」が使われる。SC-88VLを使ってMIDIファイルを再生したいならば、「TMIDI」といったMIDIデバイスを指定できるプレーヤーソフトを使って再生するしかない。Windows Media Playerでの再生や、ゲームなどのBGMをSC-88VLで鳴らしたいのならば、「VirtulaMIDISynth」などのソフトを使うことになるだろう。