ジョン・カビラ×宇野維正、例年以上に予測困難な『グラミー賞』 ノミネート作品から米音楽シーンの潮流を読む

ジョン・カビラ×宇野維正 グラミー対談

 『第67回グラミー賞授賞式(R)』が2025年2月2日(現地時間)にロサンゼルスのクリプトドットコム・アリーナにて開催される。WOWOWでは、同授賞式の模様を2月3日午前9時より生中継する。

 テイラー・スウィフト、ビヨンセ、サブリナ・カーペンター、チャーリーxcx、ビリー・アイリッシュ、ケンドリック・ラマーなど、2024年に世界的に話題を集めた豪華アーティストが主要部門にノミネート。どんなドラマや話題が生まれるのか、期待は高まるばかりだ。

 リアルサウンドでは同授賞式に向けて、WOWOWのグラミー賞生中継にて案内役を務めるジョン・カビラ氏、音楽評論家の宇野維正氏の対談を企画。ノミネート作品/アーティストの注目ポイントをはじめ、今年のグラミー賞から見える音楽シーンの潮流についてなどをたっぷりと語ってもらった。(編集部)

※本記事の対談はロサンゼルスでの山火事発生前に行われました。ロサンゼルスの山火事によりお亡くなりになられた方々に謹んでお悔やみ申し上げるとともに、この悲劇に遭われたすべての方々にお見舞いを申し上げます。

ビヨンセのカントリー音楽をグラミーはどう評価する?

ーー今年のグラミー賞の注目ポイントについてお聞かせいただけますか?

宇野:英語圏の音楽シーンには数年に一度、アルバムのマスターピースが集中する年があるんですけど、2024年は2016年以来のビンテージイヤーだったんじゃないでしょうか。それが今回のノミネートリストにも反映されています。また、近年の大きな傾向として、女性ソロアーティストの活躍が際立っていますね。今回も多くの女性アーティストがノミネートされていますが、これはグラミー賞が偏ったノミネーションをしたわけではなく、現在の音楽シーンをそのまま反映した結果といえます。

カビラ:僕も同感です。昨年はビッグ4(最優秀レコード賞、最優秀アルバム賞、最優秀楽曲賞、最優秀新人賞)を女性アーティストが独占しましたが、その傾向がさらに強まっているように感じます。実はこの背景には投票メンバー構成の変化があります。2019年にレコーディング・アカデミー(グラミー賞を主催する組織)が改革案を発表して以降、5000人を超える新メンバーが加わりましたが、そのうち3000人が女性の投票メンバーです(※1)。

 ただし、女性の投票メンバーが増えたからといって、必ずしも女性アーティストの作品が評価されるわけではありません。そうした背景を踏まえつつも、宇野さんがおっしゃったように、2024年は特にポップミュージックにおける女性アーティストの活躍が顕著でした。サブリナ・カーペンターやチャペル・ローンをはじめ、ポップミュージック全体の隆盛が際立ちましたね。実際、ポップ部門のノミネートでも女性アーティストが過半数を占めており、その活躍は依然として続いています。

Chappell Roan - Good Luck, Babe! (Official Lyric Video)

 また、チャペル・ローンの例に見られるように、TikTokを通じたヒット現象にも注目するべきですが、『コーチェラ・フェスティバル』や『サタデー・ナイト・ライブ』への出演など、従来型の音楽フェスやメディアでの露出も依然として大きな影響力を持っています。

Beyoncé - TEXAS HOLD 'EM (Music Video)
Taylor Swift - Fortnight (feat. Post Malone) (Official Music Video)

ーー2024年のグラミー賞ではジェイ・Zのビヨンセ擁護のスピーチも話題になりました。今回も年間最優秀アルバム賞をめぐり、ビヨンセとテイラー・スウィフトの対決に注目が集まっていますが、ビヨンセの受賞可能性についてはどうお考えでしょうか?

カビラ:先ほど触れたメディア露出という観点では、ビヨンセが「NFLクリスマスゲームデー」のハーフタイムショーに出演したことは異例の出来事でした。このような積極的な活動から、今回のグラミーのアルバム賞への強い意欲が感じられます。

 これまでビヨンセは『Lemonade』や『Renaissance』で受賞が期待されていましたが、アデル、ハリー・スタイルズがアルバム賞を受賞する結果となりました。そして今回、15年ぶりにテイラー・スウィフトとの対決が実現し、歴史に残る授賞式になることは間違いありません。

宇野:ただし、予想としては、ビヨンセでもテイラーでもなく、サブリナ・カーペンターが受賞する可能性も十分にありますよね。

カビラ:確かにその可能性もあります。しかし、サブリナ・カーペンターの場合、初ノミネートでの受賞という形になります。これまで初のアルバム賞ノミネートで受賞したのはビリー・アイリッシュのみです。

 さらにサブリナ・カーペンターはディズニー系を含めてすでに6枚程度のアルバムをリリースしているため、今回最優秀新人賞にノミネートされているものの、その経歴から「新人」という定義に疑問が投げかけられています。実際、アメリカのメディア界では、このような場合は「ブレイクスルー・アーティスト賞」への変更を提案する声も上がっています。この定義に関する議論は今後さらに深まる可能性がありますが、仮にサブリナ・カーペンターが受賞すれば、これもまた歴史に残る出来事となるはずです。

Sabrina Carpenter - Espresso (Official Video)

ーーでは、サブリナ・カーペンターに期待している部分もあるということでしょうか?

カビラ:期待は確かにありますが、同時にビヨンセの『Cowboy Carter』が受賞すべきだという意見も多く見られます。このアルバムには、マイリー・サイラス、ウィリー・ネルソンをはじめ、ドリー・パートンのカバー曲「Jolene」にスティーヴィー・ワンダーがハーモニカで参加するなど豪華なコラボレーションが実現しています。また、ビートルズの「BlackBird」のカバーに関しても、ポール・マッカートニーが快く許可を与えたと言われています。

 さらに先ほど触れた『NFLクリスマスゲームデー』のハーフタイムショーはNetflixで配信され、スティーヴィー・ワンダー、ポール・マッカートニー、ドリー・パートンといったアルバムの関係アーティストたちもビヨンセを高く評価しました。これらを考慮すると、受賞の可能性は十分にあると感じますが、アルバム賞に関しては予想が難しく、結果が楽しみです。

宇野:『Cowboy Carter』は、ある意味、実より名を取ったアルバムだと思います。素晴らしい作品であることは間違いありませんが、ビヨンセの近年の作品と比較すると、セールス面では特に際立っているわけではありません。その一方で、音楽的には非常にハイコンテクストかつハイブロウな作品に仕上げられています。

 それにビヨンセには過去にカントリー音楽に挑戦しながらも認められなかったという経緯がある。そうした背景を踏まえると、アフリカ系アメリカ人のアーティストによるカントリー音楽の表現を音楽業界の権威に認めさせるという歴史的な意義を強く感じさせる作品です。

カビラ:ビヨンセは今回で99回目のノミネートとなり、これまでに32回の受賞を果たしていますが、アルバム賞とレコード賞については未だ受賞していません。それ故に楽曲賞以外の部門でも受賞してほしいという期待が高まっています。また、テイラー・スウィフトが受賞した場合は議論を呼ぶ可能性があり、今回は多くの人々がビヨンセを祝福するテイラー・スウィフトの姿を見たいと考えているのではないでしょうか。

宇野:でも、普通に考えると「すでに多くの賞を受賞しているアーティストよりも、まだ受賞していないアーティストに機会を与えよう」という心理が審査員に働きそうなものですけど、グラミーに限ってはそんなことはないんですよね(笑)。それは、近年のアデルやビリー・アイリッシュの独り勝ちが証明しています。今回は投票者の人数が増加し、メンバー構成も大きく変わったことで、なおさら予測が難しい状況です。

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