日食なつこ、駆け抜けた活動15周年イヤーで得たものとこの先に待つ未来 「まだ何も成し遂げていない」

日食なつこ 15周年イヤーで得たもの

 日食なつこが活動15周年を駆け抜けた。それはもうとんでもない勢いである。昨年頭に「宇宙友泳」と題したアニバーサリー企画を掲げた彼女は、自身初の展覧会「エリア過去」を皮切りに、未発表曲限定ツアー「エリア未来」、ベストアルバムの発表、地元盛岡で行う凱旋ライブ「エリア不変」、そしてベストアルバムに紐付けた全国ツアー「エリア現在」と、見事に5つのプロジェクトを充実の内容で完走してみせた。中でも先日終えたばかりの「エリア現在」は全会場をソールドアウトで迎えるなど、日食なつこの音楽が確かな支持を得て拡散しているのは間違いない。

 日食なつこのエネルギーは尽きることを知らない。ツアーファイナルとなったTOKYO DOME CITY HALL公演で、5作目のアルバム『銀化』のリリースと全6会場を回るZeppツアー『玉兎 “GYOKU-TO”』の開催を発表。直近では新曲「風、花、ノイズ、街」が、ドラマ『こんなところで裏切り飯~嵐を呼ぶ七人の役員~』のテーマソングに決まるなど、嬉しい話題が続いている。一昨年の「M-1グランプリ2023」のテーマソングに「ログマロープ」が選ばれた頃からか、意外なところから彼女の名前を聞くことも増えた印象で、彼女が15年のキャリアで撒いてきた種はいろんなところで花を咲かせ始めているように思う。

 本人曰く、今はもう「導火線に火がついている」とのことである。「宇宙友泳」すら序章であったのではないかと思わせるような未来が、この先に待っているのかもしれない。怒涛の15周年を振り返りながら、次なる季節に向けての意気込みを聞いた。(黒田隆太朗)

やってないことはまだまだ沢山あるし、やらなきゃいけないことも沢山ある

ーー15周年を駆け抜けた率直な感想から聞かせていただけますか。

日食なつこ(以下、日食):お客さんから沢山意味を与えてもらえました。地方に行ってみると、15周年おめでとうございますと言ってくれるテレビ局の方、ラジオ局の方、メディアの方もいっぱいいて、思った以上にみんなが待っててくれたということを実感できて、得たものも多かったです。

ーー盛岡での凱旋ライブもありました。「エリア不変」は振り返ってみてどんな3日間になったと思いますか?

日食:本当に赤裸々な3日間と言いますか、盛岡Club Changeは私が日食なつこと名乗ってから初めて足を踏み入れたライブハウスです。なので良くも悪くも格好がつかない。盛岡Club Changeのスタッフは私のことを一から知っているわけで、そういう人たちの庭で3日間やるという企画だったから、活動1年目のつもりでやろうと思っていました。

ーー本当に盛況だったと聞きました。

日食:そうですね。お客さんのテンションの上がり方はちょっと異様だったと思います。正直に言うと、お客さんが楽しめるかどうか一番心配だったのがあの3日間だったんです。

ーー何が不安だったんですか?

日食:盛岡Club Changeというのは小汚いライブハウスなんです。盛岡CLUB CHANGE WAVEという大きい箱や、その上にあるthe five moriokaというライブハウスは新しくて綺麗な会場なんですけど、私が一番最初に出た盛岡Club Changeは街中からも外れた盛岡の端っこにあるライブハウスで。私の記憶の中ではマジでボロボロだし、めちゃくちゃヤニ臭かったはずだし、幻滅する人もいるんじゃないかなと思っていました。

ーーなるほど。

日食:でも、いざ呼んでみるとお客さんからは「ここが日食なつこが生まれた場所なんだ」というお声はもちろんのこと、盛岡に来るのも初めてという人がやっぱり多くて。盛岡という街のカルチャーを含めて、みんなにライブを楽しんでもらえたという意味で、凄く貴重な3日間を提供できた実感はありましたね。

ーー私は「エリア現在」が2年前に行った『蒐集大行脚』ツアーのアップデート版に感じました。今の日食さんのライブの主軸を担う沼能友樹(Gt)さん、仲俣和宏(Ba)さん、komaki(Dr)さんの3名が初めて集ったのがあのツアーでしたし、そういう意味では、『蒐集大行脚』が「宇宙友泳」の序章になっていたのではないか思ったんです。

日食:なるほど。

ーーなのでいくつかのツアーやライブを経て、TOKYO DOME CITY HALLでのツアーファイナルで、バンドに「日食CREW」という正式な名前がついたことに凄く納得するものを感じました。大袈裟に言うと、この2年間はバンドになっていく時間だったのではないかなと。

日食:おっしゃる通り『蒐集大行脚』から「エリア現在」までの2年くらいの中で、一番考えたことが日食CREWという形態をどうしていくのか、ということでした。CREWを呼び集めてやっている意味をお客さんに伝えるために、私はどうポーズを取ればいいのか。そしてリハやレコーディングの時にどういう立場で私は言動をなせばいいのか。日食CREWはそれぞれの現場でいろんなステージを踏んできている方たちなので、どう考えても私が踏んでる場数が一番少ない。それでも私が旗を持って先導することの恐ろしさたるや……とか、本当にいろんなことを考えましたね。初めて回るツアーだから当たり前なんですけど、やっぱり『蒐集大行脚』の時はまだどこか気をつかっていて。それなりに上手くは回れたけど、落ちるべきところに落ちてないという気持ちは正直ありました。でも、それでもあの3人と一緒に音を出すのが凄く楽しくて、もうちょっと深めるために何をしようと考えた時に、本当にその辺のスタジオでいいので、4人だけで集まって一から新曲をやってみたら何かが起きる気がしたんです。それで始めたのが、「エリア未来」で演奏する楽曲のアレンジ作業だったんです。

ーーなるほど!

日食:やってみたら思った通りドンピシャで、お三方が持っている引き出しの多さを遺憾なく発揮してくれた。皆さんもフランクに楽しんで作業をしてくれたので、このやり方でいい気がする! というのを掴めたんですよね。で、「エリア未来」のライブでは気兼ねなく意見を言うことが、結果的に一番距離を縮めていることにもなるし、このチームは音楽を良いものにするために集まっているから、その目的のために言動をなせば正解になると。そういうことを得たのが「エリア未来」の終わりから「エリア現在」の頭の辺りでだったと思います。

ーー改めて彼らはどういうプレイヤーだと思いますか?

日食:それぞれが意見を出し合って、割とみんな同じ目線の高さに立って話をしてくれるプレイヤーたちかなと思います。komakiさんは言わずもがな、付き合いが長いのでデモを投げる時にも、メールも文章を打たなくてもいいぐらい向こうもすぐに汲み取ってくれます。ベースのマッチョさんは実は飛び道具的なプレイをしてくれることが多くて、1個抜けた風景を作ってくださる方ですね。ギターのNumaさんは本当に引き出しが無限にある方で、隙間においしいリフをちゃらんとこぼすこともできるし、メインでがっつりしたリフやメロを持ってきて、一気に風景を変えるような大技を成すこともできる。あと、Numaさんは自身がサウンドプロデューサーとしてアレンジもやっている方なので、ギター以外のアドバイスも沢山してくれます。そうやっていい具合にそれぞれへこんでるところとでっぱってるところがあって、お互いにはめ合ってやっている感じはします。

ーー仲俣さんのベースはべらぼうに上手いですよね。ライブに行く度に驚かされます。

日食:本当にその通りです。かっこいいだけじゃなくて、見逃したくない! と思えるベースを弾いてくれます。

ーー沼能さんは日食さんをよく立てている印象です。あまり前に出てこないんですけど、凄く気の利いたフレーズを挟む達者な方かなと。

日食:Numaさんに初めてオファーした時、私も同じことを思いました。ギターってガンと強く前に出てくる楽器だと思ってたんですけど、それがないんですよね。でも、音色とかフレーズは控えめなのにずっといるというか、あの絶妙なハマり方がもしかするとピアノと喧嘩しないギターのひとつの答えなんじゃないかと思います。

ーーそしてkomakiさんは笑顔がいいですよね。

日食:演奏じゃなくて?(笑)。

ーーもちろん、技術があることが前提です(笑)。でも、「エリア現在」のツアーファイナルでも、ドラムと鍵盤が向かい合うように配置されていて、時折鍵盤の方を見ながらニコニコしながら叩いてるのが素敵だなと思います。彼のキャラクターもあってのサウンドなのかなと。

日食:これは余談ですけど、ツアーファイナルだけMCでkomakiさんが喋るところがなくて、「今日俺喋るとこないやん」と言っていたので、その分ドラムで喋ってくださいと言っていたんですよね。それがあったからとは言わないですけど、基本的に饒舌なドラムと言いますか、パワーよりかはテクニカル系で、細かいフレーズが凄く綺麗なドラマーさんだと思います。あと、「笑顔がいい」と言われて思わず笑いましたけど、確かに初めてツアーを一緒にやった時に、めちゃくちゃニコニコしながらこっちを見てドラム叩くなと思った記憶がありますね(笑)。それが10年ずっと続けてくれているポーズなんだと思います。

ーーブラスのBLACK BOTTOM BRASS BANDと、ストリングスの日食カルテットが登場したのは、TOKYO DOME CITY HALLだけだったんですよね?

日食:そうです。弦楽とBBBBが参加したスーパースペシャルですね。

ーーBBBBは凄くインパクトがありましたね。2曲だけですが、とびきり良かったと思います。

日食:「appetite」も「Dig」も必ずBBBBさんを呼びたいと思っていて、どちらも原曲通りです。BBBBさんは7、8年前に広島の山奥の寺で行われたイベントで初めてライブを見たんですけど、東京公演で見てもらった通り、客席を練り歩いてお客さんを引き連れて一緒にパレードをするというのが彼らのスタイルなんです。それが凄くよくて、今度一緒にやってくださいとラブコールした直後に出てきたのが『逆鱗マニア』の「Dig」なんです。それからもお互いの大事な時に呼んで呼ばれてということがあり、今回も来ていただきました。

ーー楽曲では「0821_a」が印象的です。広いステージを思わせるスケール感のある楽曲だと思いますし、客席からコーラスが聴こえてきたのが象徴的で、お客さんもじっくり聴くだけではなかったように感じたんです。

日食:私がそっち側に行こうとしてるのが伝わっているのもあるのかなと思います。言葉を選ばずに言うと、ピアノ弾き語りだから座って静かに聴く、という文化が本当に嫌いで。やっぱりバンドが大好きだったけどバンドをやれなかった人間として、ピアノ弾き語りでもフェスに出るし、シンガロングがあったっていいんじゃないかと思っているんですよね。そういう文化を私は作りたいので、まだ足りないという気持ちがお客さんにも伝わっていて、じゃあ俺たちも一緒に乗っかるよ! という風になったのがこの前の東京ファイナルだったのかなと思います。

ーーその飢餓感というか、反骨心はずっとあるんですね。

日食:うん、ありますね。やっぱり15周年も「まだ何も成し遂げていないじゃんか」というのが最初から最後までずっと意識にあったので。やってないことはまだまだ沢山あるし、やらなきゃいけないことも沢山あると思います。

ーーそれは「悔しい」という感覚ですか?

日食:「物足りない」ですかね。遠慮してまだ出してない武器がいっぱいある。で、何故遠慮しているのかを今凄く考えていて、そういう自分を片付けてる最中というか。

ーーMCでは「音楽はいつまでたっても片付かない。散らかったままいく」というようなことも言われてました。

日食:ある程度形にして片付けて、綺麗な状態であることが正義だと思ってたんですけど、どうやらそうでもないらしい。ある程度散らかしていても、とにかく人に伝えていく。そういう気持ちがあるやつの方がこの世界においては光るかなと思いましたし、実はそれを教えてくれたのが日食CREWのお三方だったりもします。私が遠慮しているのが伝わったシーンもたぶんいっぱいあって、それを言ってくれて初めて気がついたというか。私が不格好な状態のまま投げてもこの人たちは汲んでくれるんだ、みたいなところがいっぱいあったんです。本当に散らかっててもいいし、綺麗な形になるのを待たなくてもいいということに気づけたのが、この周年の大っきい収穫だったのかなと思います。

ーーライブにきているお客さんの年齢層はとても幅広い印象です。どんな人が聴いているのか、客観的に考えることはありますか?

日食:うーん、あんまり考えることはないです。でも、お手紙ポストを設置していて、そこに来た手紙を全部読むんですけど、やっぱり悩んだ時とか人生の転機に私の曲を聴いている方が多いですね。なので就活で悩んでます、転職で悩んでます、子育てで悩んでます、みたいな時に聴く人が多いらしい、というのはなんとなく把握しています。でも、なんだろう。だからと言って寄り添うのも違うし、私が歌った歌をその人が力にしてくれたからよかったのであって、「あなたに寄り添います」みたいなことはたぶんするべきではないと思っています。頑張ってるね、じゃあ! ぐらいの感じが私の距離としてはいいんだろうな、と認識しています。

ーーリリー・フランキーさんとの対談(※1)でも、寄り添わないことが寄り添うことになってるかもよ、みたいな話がありましたよね。

日食:たぶん私がされたら嬉しい救いを、私がやってるだけなのかな。私は救われたい時に「どうした、大丈夫か?」みたいにきても、「ごめん、放っといて」と思うタイプなので、それを望んでる人がいるんだったら私はそっち側でいてあげたいという感じです。

ーーライブもコールアンドレスポンスなどがないですよね。

日食:そうなんです。煽らないですね。勝手にやればいいじゃん、だって曲でもう言ってんだからわかるでしょ? という風に曲で作ってるし、これは賛否両論あるんですけど、アンコールも私はあんまり好きじゃないので。全部本編でやりきって去りなよ、と私はやっぱり思っちゃいます。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる