教えて!「生きのびるための事務」坂口恭平さん 芸大卒の私が聞いた稼ぐ力
新卒が会社で「生きのびる」事務 坂口恭平さんに聞く(上)
キャリアコラム夢を現実にするたった一つの技術が……「事務」? 作家・画家・音楽家・建築家として多方面で活躍する坂口恭平さん著「生きのびるための事務」が注目を集めています。坂口さんが20代の頃に出会った優秀な事務員「ジム」との対話を通じて、夢を実現するための「事務」を学ぶという内容で、クリエーターやフリーランスだけでなくビジネスパーソンからも支持を集め、発売1カ月で5万部を突破しました。
ノート1冊でお金や時間を管理するところから始まり、出版実績ゼロの時に「印税ゼロ」で写真集を海外でも同時出版して、カナダ・バンクーバーでの個展実現にこぎ着ける。そんな坂口さんの躍進の裏側にあったのは「事務」だったといいます。
「事務」とは一体なに? パソコン作業とは違うの? ビジネスパーソンにも関係ある内容?
東京芸術大学在学中に「生きのびるための事務」と出合い、卒業後の4月に日本経済新聞社に入社した私、荒川千優が、会社で「生きのびるための事務」についてインタビューしました。3回にわたってビジネスパーソンが実践できる「事務」の具体的な方法をお伝えします。
■「事務」は実現不可能なことを実現するスキル
■プロジェクトが大きいほど、人が間に入るほど「稼げなくなる」
■令和でも印税ゼロ 3万円超の本が完売する事務
(中)今の会社に「事務」なし 「仕事」よりも「生活」が大切なわけ
■1万時間で誰でもピカソ 歯磨きよりも楽に稼ぐ
■「仕事にならない」OK 「生活」をつくる
■AIよりもJIM!会社員こそ事務を整えよう
(下)2択で会社を生きのびろ 「事務」で会社を養う銭ゲバになる
■「何をすれば?」2択で解決 私の「好き」の見つけ方
■給料は70%off!? 会社員も「印税」をもらおう
■脱・雇われ 会社を養う「銭ゲバ」になれ
1978年熊本県生まれ。2001年早稲田大学理工学部建築学科卒。04年、路上生活者の家を収めた写真集「0円ハウス」を刊行。作家・画家・音楽家・建築家など多方面で活躍し「ゼロから始める都市型狩猟採集生活」「継続するコツ」「躁鬱(そううつ)大学」の他、画集や音楽集、料理集など著作多数。
自ら躁鬱病であることを公言。12年から自殺願望を持つ人の電話相談に乗る「いのっちの電話」を自身の携帯電話(090-8106-4666)で続けている。
「事務」は実現不可能なことを実現するスキル
――アートマネジメントを学んでいた大学時代にWeb連載で読んでいた「生きのびるための事務」が書店のビジネス書コーナーに並んでいてすごい!と驚きました。
インタビューした荒川の学生時代の写真
「実は僕自身も今、めちゃくちゃ会社に注目しています。次は会社員になりたいんですよ。今なら給料0円で、領収書も切らないで、うちの会社の経費を使って自腹で働けます。その代わりむちゃくちゃなことを思った通りにやらせてもらいたいですね」
――大学生の時は私の周りにいる芸術家の話として読んでいましたが、社会人になって改めて読むと、会社で働いているけど、またやりたいことがある自分にも向けられた本なんだなと思いました。
「なんかいいじゃないですか、荒川さん、なんかその新人風の顔立ちがいいですね。いろいろ面白いことをやっていきましょう。笑ってやっていかないと意味がないんでね」
――ありがとうございます! ではまず改めて坂口さんの語る「事務」とはどのようなものか教えてください。
「普通の事務作業と一緒ですよ。ただ、事務っていうのは本来、そつなく仕事を進めるためにあるものじゃない。 事務は、実現不可能なことを実現するとか、冒険をするとか、ワクワクする時に初めて効果的なんじゃないかと僕は思っているわけです。でもやることは簡単です。ノートがあればできちゃう」
作中に登場する優秀な事務員の「ジム」。「事務」について教えてくれる
――作中では優秀な事務員の「ジム」が、坂口さんに「事務」を教えます。彼のいう事務とは、自分のやりたいことを続けるための「やり方」のことで、特に時間とお金の管理をノートに書きながら見直す方法を伝えています。実際に事務について教えてくれた人はいましたか?
「実は、本当にジムがいたんですよ……って言うとちょっと変に思われるから、フィクションってことにしています。僕は事務を誰にも習っていないんですよ。周りに事務を実践して生活している人がいなかった。自分が気になる作家や芸術家の本を読むことはあったけど、例えば、絵をどういうパーセンテージで売っているのかとかそういうことは読んでも読んでも何も書いてない」
作中に登場する時間の「事務」。今と将来の時間をノートに書いて具体化する
「大学卒業する頃に、作家として仕事をしようと思っていたけど、親は『そんなこと出来るわけないでしょ』っていうわけです。『作家として食っていける人なんか数少ないでしょ』みたいな話になる。頭ごなしに否定する人が多くて、相談することをやめました。だから人に相談しないで始めた。誰にも頼れないからこそ、頭の中でジムの人格が生まれたんです。本には僕なりのオリジナルの考え方が載っています」
――芸術家だったら、マネジメントを付けて事務の作業、例えば人に広める役割を人に任せることもあると思うのですが、なぜご自身で事務を握り続けているのでしょうか?
「そうですね、画家とか音楽とか、それなりにうまくいくとマネジャーが付くでしょ。でも、読者やファンがお土産を持って来ても、いつも一枚噛んじゃうじゃないですか。『坂口さんは控室にいるので、私が預かります』みたいな。それが好きじゃないんです。僕がやっている『いのっちの電話』でも、誰もが僕に連絡が取れます。直接ですよ」
「人を介してやり取りすることって、稼げないんじゃないかなと思っています。直接やり取りをすることに、僕の中では商機がある」
プロジェクトが大きいほど、人が間に入るほど「稼げなくなる」
――現在でも、事務を人に頼まないのはなぜですか?
「誰かに事務を頼むとなると、その人にお金を払わなきゃいけないじゃないですか。それで、普通はお金を払うことができないから諦めてしまう。僕の場合はお金を払えないから、経費捻出の問題で出来なかった」
「僕も自分で仕事をする前に建築事務所とかいろんな現場を見ていました。例えば建築の現場だと、誰かが描いた建築の図面が、また誰かに別の人に頼まれて、いろいろな人の手を経て、ものになっていく。仕事が超巨大だからそういう人たちに頼らざるを得ないんですけど、僕が見る限りその人たちはただの『スタッフ』なんですよ」
「ただの『スタッフ』が描いた図面を、ただの『スタッフ』が見つけてきた職人さんに造ってもらう。これって生々しい『建築家』の考え方がダイレクトに反映されたものを造れていないんじゃないか。建築家だったら、悩みながら泥だらけの図面にして、それを基に自分の手で造っていくことが何でできないんだろうって考えていました」
――自分の手から離れていってしまうのですね。
「著名な建築家でも最初はミニマムな住宅を造っていた。で、今どうなっているかというと、ただの大きい建築をゼネコンと一緒に造っている。僕の中での賢さっていうのは、そういうことをしなくていいはずなんです。下手な奴ほど金もかかるし、愚鈍になって巨大になって大味になっちゃう。人の手をどんどん介していくので」
坂口さんがアラブ首長国連邦で製作した0円ハウス
「いわゆる今の映画って全部くそだと思いませんか? お金を回すためには失敗ができない。人が多く関わるほど『王子様がいました、お姫様を取られました』みたいな話になっちゃうんです。お金を回収しなきゃいけない不安な人たちによっておかしなことになってくる。建築もほとんどそんな感じです」
「千利休は、考えれば考えるほど建物が小さくなっていくんですよ。畳2畳になって、最終的にはもう茶室もいらないかもしれないっていうところまで到達する。でもそういう人たちは、なぜか最終的に自害を命じられていなくなって、愚鈍な人間たちが生き残っていく。そういう事が僕は若い頃からすごい気になっている」
――事務を自分で握り続けていれば、出てくるものがピュアに近いものであり続けられる。
「そうですね。僕の中ではそれこそが商売として一番回るんじゃないかなと思っています。だけど今の世界っていうのは、巨大にすればするほど、人をかませばかますほど大きな上がりがあるように見えている。実際は小さな上がりしかないメンバーが、それぞれ兵隊のように働いているだけなんです」
「僕はできるだけダイレクトにする。例えば絵だったら、絵を自分で梱包して手紙を書いてその人に届ける。その方法は自分の中で決まっていました」
令和でも印税ゼロ 3万円超の本が完売する事務
印税0円で800ページの画集を制作した
――作中では印税0円で本の出版を実現しました。
「最近も『印税ゼロ』を20年ぶりにやりました。自分の絵800枚が収録されたフルカラーの画集を制作しました。価格は1冊3万3000円です。出版界の計算では、特に有名でもない私の、このサイズの本を市場で流通させるような形で実現することは多分、ほぼ不可能です。ところが僕の場合はある程度、固定のお客様がいる。そこにちゃんと届けることができれば、この画集は実現するだろうというのが僕の読みです」
――若い頃と今では事務のやり方に変化はありますか?
「洗練されて無駄がなくなってきています。より動きが小さくなっていくんです。シェフがうまくなればなるほど、キッチンが汚れなくなっていくように変化している」
「画集の話でいうと、まず『本屋に並べません』と僕は言いました。この『カタログ』は500部で十分、500部で上がりがあるように作りましょうと。でも500部800ページの本を作るのに印刷代は1000万円かかる。出版社はそのお金はもう出せないので『実現不可能だ』と言います」
――普通ならここで話が止まってしまいそうです。
「そこで僕は初めに『500部を僕に売らせてください。価格は3万3000円。前売りで500部売れた場合のみ実現させてください』と言いました。前売りで500部完売すると1650万円の前金が手に入るので、それを版元にあげるんです。最近は出版社の『事務』にまで頭が回っている。本屋を通さずに売っているので書店取次(の手数料)もかからない。本屋に並べなくていいから、帯文をどうでもいいような著名人に書いてもらわなくていい。本の表紙やカバーには出版社の名前はないし、そもそも日本語の文字が書かれていない」
絵画の個展も開催している
「それから『印税はいりません』と言う。印税を払うために書籍の値段を上げる必要もなくなる。印税の代わりに100部くださいって頼むんです。500部でも600部でも印刷のコストは実はそんなに変わらない。そしてお金じゃなくて物となると、なぜか人は油断してあげちゃうんですね。だからタダで100部を手にすることができた」
「僕は絵を持っています。絵を100枚売る時に、このどう考えても『おまけどころじゃない画集』を、どうでもいい安売りの『カタログ』のような感じで、おまけでつけます。絵は16万5000円で売ります。すると100枚と100部が、1か月も経たずに完売しました。出版社と仕事すると(印税が10%なら)165万円しか手に入らなかった。『印税はいらない』と言って代わりに、僕は1650万円を獲得しました。これが、2024年令和版の事務です。若い頃に比べて、バージョンはもう『8.0』くらいになっています」
(中に続く。聞き手は荒川千優)
(中)今の会社に「事務」なし 「仕事」よりも「生活」が大切なわけ
(下)2択で会社を生きのびろ 「事務」で会社を養う銭ゲバになる
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