VERYと「ゴリラ」の時間割り
「ゴリラになりたくない」ある日、同僚が言った。
それは『もののけ姫』の終盤でタタリガミになった乙事主に取り込まれそうになったサンが「いやだ!タタリガミなんかになりたくない!」と叫ぶシーンを彷彿とさせるような切実な響きを持っていたのだが、同僚は「もののけ姫」ではない。「ワーママ社員」である。
「子育ても仕事もおしゃれも自己研鑽も完璧にこなすために毎朝4時に起きてます!みたいなワーママになりたくないんだよ……てかなろうと思っても無理だよ……」
それができるワーキングマザー界の豪傑のことを彼女は「ゴリラ」と称した。メンタルもフィジカルもゴリラ並みであると。
たしかに、そんな生活は人であることを捨ててゴリラとして生きなければ到底続かないだろう(ちなみに、本来ゴリラはメンタルが弱くストレスを感じやすいらしいが、イメージトークで便宜上そう呼んだにすぎない。なおここでいうゴリラは褒め言葉である)。
私は令和のワーママ、すなわち働きながら子育てする現代の母親はみんなゴリラだと思っていた。私は自分の仕事と自分の世話で手一杯になってしまう人間なので、さらに子供という他者を養育する大仕事を担っている人のことは、素直に尊敬する。
尊敬するが「私にもできるはず」とは到底思えないし、やりたいとも思わないので母になっていない。
私は雑誌VERYを愛読している。表紙が井川遥さんやタキマキこと滝沢眞規子さんだった頃から読んでいる。対象年齢が違いすぎるし、私は子供を産んでもいなければましてや独身だった頃から読んでいるのだから、我ながらターゲットから外れていると思う。
しかしVERYにはあって他の雑誌にはない「磁力」のようなものがたしかにあり、それに惹きつけられた独身子なし20代前半の私は、異世界を覗き見するような気持ちでVERYの分厚い誌面を眺めていた。
VERYといえば「VERY妻」という言葉に象徴されるように、経済的に豊かで、見た目も身につけるものも美しく、子供の教育に熱心で夫とも恋人みたいな関係を保っている女性をイメージする人が多いと思う。
2019年頃までのキャッチコピーは、「基盤のある女性は、強く、優しく、美しい」というもので、基盤とはすなわち「稼ぎのいい夫と子供がいる家庭」だろう。
夫・子供・財力・美しさの4つを兼ね備えた主婦であることをよしとする思想が表れている。しかし昨今のVERYは打って変わってかなり「ワーママ」寄りだ。
古き良きVERYはいわゆる「セレブな主婦」やそれに憧れる人が読むものだったけれど、ここ数年のワーママシフトは凄まじいものがある。