―MATLAB、Simulinkの活用事例―自律撮影ドローンで目指す保守点検時間50%削減

―MATLAB、Simulinkの活用事例―自律撮影ドローンで目指す保守点検時間50%削減

発電・送電事業を行うJ-POWERグループ は送電線などの設備点検業務の大幅な効率化や安全性の向上を目指し、自動的に飛行・撮影を行うドローンの開発に着手している。仮想空間でのシミュレーションを用いたドローン自律飛行技術の開発について、プロジェクトの中心人物であるJ-POWER(電源開発株式会社)デジタルイノベーション部大田雄介氏に聞いた。

電線の保守点検業務に
AI・ドローンを活用し
自動化を目指す

大田 雄介 氏

電源開発株式会社
デジタルイノベーション部 DX推進室(AI・先端技術)

大田 雄介

日本全国98カ所(2024年3月末時点)にて、水力・火力・風力・地熱等、様々な手法で発電を行い、各地の電力会社等に売電するJ-POWERグループにとって、送電設備の保守点検業務は電力を安定供給するためにかかせない業務だ。積極的にDX化を進めている同社は、点検時間の大幅な短縮や安全性の向上を期待し、保守点検業務の改革に着手した。

「従来の定期的な送電設備の保守点検には『巡視』と『点検』があります。巡視は、目視など人の五感を使って設備の異常を確認するもので、半年に1回行います。一方『点検』は、各設備4~20年のスパンで実施するもので、一部の点検では停電させて器具等を使用して詳細に点検します。また、作業員が電線の上に乗り出して高所で点検するものもあります。中でも光ファイバーが巻き付けてある電線では、乗り出し点検ができないためヘリコプターを飛ばして外観点検を行っていますが、高額な費用がかかっていました」

J-POWERグループの電力設備

そこでドローンの活用を検討したが課題も多くあった。
「ドローンであれば人間が行けない場所に飛行することができますが、素線※がかなり細いためカメラのオートフォーカス機能でピントを合わせることが難しく、人の手でピントを合わせて撮影しようとすると1枚あたり30秒以上はかかってしまいます。1つの鉄塔には少なくとも4本以上の線が走っているので、ウルトラハイビジョン画質のカメラで1枚につき約3m分の線を撮影していくと、重複して撮影するオーバーラップも必要なため、鉄塔から鉄塔までの1径間約300mを撮影するのに約400分という膨大な時間が必要になり、マニュアル操作でドローン撮影を行うのは非常に困難だといわざるを得ない状況でした。そのため、電線との距離や角度を一定に保って自律的に飛行し、ピントを合わせながら撮影するドローンを開発する必要がありました」

自律撮影ドローンで
電線の保守データ取得・業務代行・
分析の自動化まで

J-POWERが開発を進める自律撮影ドローンは、GUI操作で点検開始ボタンを押すと離陸し、点検開始位置まで自動で移動し、自律的に電線追従飛行・撮影を行い、撮影終了後も自動で着陸するというもので、岡山理科大学との共同研究として始まった。

送電線は温度によってたるみ方が変わるため、その時の電線の状態に応じてドローンの飛行経路を変える必要がある。そこで、対象物までの距離や方向を測定するリモートセンシング技術であるLiDARを使用して電線との距離を一定に保ちながら自律飛行する技術の開発に着手した。

MATLABとSimulinkを使用し
仮想環境でのシミュレーションで
安全性向上

「ドローン開発を進めるには、安全面を考慮すると、いきなり実機でのテストはあり得ません。仮想環境でシミュレーションを行うことが大前提ですし、『飛行経路は電線の直上ではなく斜めに飛行させてほしい』などといった様々な要求に応えるためには、継続的に開発する環境が必要でした。また、点検対象となる送電線は大半が山岳部にあります。飛行テストを行うにも現地への移動に非常に時間がかかりますし、法規制によりテスト飛行が可能な場所も制限されています。仮想環境でできるテストを行った上で、現場でのテストを実施するので、安全性の向上と手戻りの少ない開発ができるようになります」

そこで実用化に向けてMathWorks社のMATLABとSimulink、コンサルティングサービスを導入し、仮想環境でシミュレーションが可能な開発環境を構築した。

MATLABはデータの解析やアルゴリズムの開発などを行うプログラミング・数値計算プラットフォームで、Simulinkはブロック線図を用いたモデリングやグラフィカルなシミュレーション環境を提供するツールだ。この2つを連携させることで、組み込みソフトウェアの開発・最適化・テストのための総合環境が実現する。

MATLABのインターフェース

「コストやリスクの低減に加えて、Simulinkの仮想空間でシミュレーションすることで得られる安心感も非常に大きなメリットです。ドローンを操縦する人に事前にどのような動作なのか確認してもらえるのも有用だと感じています」

現段階では、以前から使用していたPythonも併用し、追加機能の開発やここで得た技術を別のプロジェクトで転用するための基盤としてMATLABを使用しているが、今後は全てMATLABとSimulinkを使った開発にシフトしていく意向だ。
「これまで実績のあるオープンソースのソフトウェアを使って開発していましたが、心配なのがソフトウェアのサポート切れなどの問題ですね。その点、開発環境を有償のMATLAB、Simulinkに移行すれば継続的にサポートが得られることは非常に魅力的だと思います」

このプロジェクトでは、J-POWERが要求仕様や開発の優先度などを提示し、MathWorksが要件定義から実装までのアドバイザリーを提供している。
「MathWorksさんには電線追従のアルゴリズムのシミュレーション環境の構築、ドローンで撮影した画像の解析、ドローン制御まで一気通貫でコンサルティングサービスを通じてお願いしています。サポートが手厚く、スキルトランスファーという形で活用方法や追加開発の仕方を教えてくれることも心強い。当社の社内人員が少なくても迅速に開発でき、J-POWERグループ内で自走できるように支援してくれるのは非常に魅力的です。ソフトウェア会社に開発を委託すると、納品物としてソフトウェアが上がってきてもその後どうやって追加開発をするのかは教えてもらえないことがよくありますが、その点MathWorksさんは積極的なので非常に魅力的だと感じています」

MATLAB/Simulinkのドローン飛行シミュレーション

従来の点検業務から
50%の効率化を期待

現在は社内実用化に向けて開発を進めており、2025年度に運用開始する予定だ。この計画では現状の巡視をすべて無くすものではなく、従来の点検の中で乗り出し点検をすることがそもそもできないような電線の点検や、雷が落ちた時に作業員が行って鉄塔に登り異常がないか確認するような場合などを利用シーンとして想定している。

「今まで人の手で行っていた保守点検時間の50%程度の効率化が期待できるのではないかと試算しています」とプロジェクトへの期待を大田氏は強調する。

その上で、「私の所属部署では、当社の各事業部の課題に対して、DXを用いた業務効率化に取り組んでいます。MATLABやSimulinkの技術をMathWorksさんのサポートを通して活用することで、保守点検に必要不可欠な安全性を担保しつつ、確実に、効率的に業務ができるよう、現場での導入に向けて開発を進めていきます」と展望を語った。

高度な数値解析と直感的なシミュレーションを実現する

MathWorksのMATLABとSimulink

MathWorksが提供するMATLABとSimulinkは自動車、航空宇宙、医療機器、金融、ロボティクス、無線通信など多くの産業分野で幅広く使用されているソフトウェアです。
MATLABは、使いやすく生産性に優れたプログラミング、数値計算プラットフォームで、数学・グラフィックス・プログラミングの機能を備え、エンジニアや科学者向け思考、作業プロセスに合うように設計されています。Simulinkは、組み込みエンジニアリングシステムのシミュレーションとモデルベースデザインのためのブロック線図ベースの環境を提供。従来のC, C++, HDLによるプログラミング比べて、設計、テスト・検証、実装までの一貫したプロセスの期間を大幅に短縮することが可能です。

MathWorksのMATLABとSimulink

お問い合わせ先

MathWorks
https://jp.mathworks.com/