未来ビジネスを創るテクノロジーの力/NTTテクノクロス ICTを「人」中心にデザインすることでビジネスや社会の課題解決に貢献したい

ユーザー視点を重視するデザイナーの思考プロセスをビジネスに活用する
「デザイン思考」への注目が高まっている。
この重要性に早くから着目し、デザイン思考型組織への変革を進めているのが、
ソフトウエア開発を担う会社のNTTテクノクロスだ。
卓越した技術と顧客体験との掛け算で、業界に革新をもたらそうとしている。
これによってICTや社会はどう変わるのか。
変革推進のキーパーソンである同社の大野 健彦氏に、
日経BP 総合研究所の小林 暢子が話を聞いた(本文内敬称略)。

デザインの力で、ソフトウエアを楽しく便利にする

小林NTTテクノクロスはソフトウエア開発にデザイン思考を取り入れているそうですね。ビジネスにおいてデザインが重要になるのは分かりますが、ソフトウエアはあまりイメージできません。なぜデザイン思考なのか。まずそこからお話を聞かせてください。

大野当社はNTTの研究所が生み出す研究成果や先端技術を掛け合わせ、多様な業界の課題解決やイノベーションを推進するプロダクトやサービスを開発・提供しています。

高い技術力は大きな強みですが、どんな優れた技術も、使ってもらわなければ宝の持ち腐れに過ぎません。そのためにはユーザーの視点になった設計・開発が何よりも重要です。こうした考えから、デザイン思考型組織への変革に舵を切ったのです。

小林デザイン思考によって、どのような価値提供を目指しているのですか。

大野何よりCX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験)を高めることです。使いやすさはもちろんのこと、お客様も気づいていなかった価値を提案し、どんどん使いたくなるようなソフトウエアを提供していきたいと考えています。ただし、その実現にはデザイン思考を文化として社内に根付かせなければなりません。そこでそうした活動を推進する「こころを動かすデザイン室」が2014年に設立されたのです。

小林なんだかワクワクするネーミングですね。NTTグループの1社にそうしたユニークなデザイン室があるのは知りませんでした。

大野実は、デザイン思考の考え方と相通じる、使いやすいシステムの実現に向けた研究がNTTの研究所で古くから行われていました。その研究成果や多くのユーザー実験、インタビュー調査などで得られた人間特性に関する知見を、ビジネスや社会課題の解決に活用すべきではないか――。こうした発想から設立されたのが、こころを動かすデザイン室です。その中で、私はデザイン思考をリードする高度専門人材として活動しています。デザイン思考で重要なポイントは、人間と人間を取り巻く環境や状況を深く理解し、そこから人間の生活や業務を変えていく、という観点です。この観点をまさに実践しています。

デザイン室の設立時のメンバーは3名でしたが、徐々に拡大し、現在はデザイナー16名体制で活動しています。

NTTテクノクロス株式会社 
ディスティングイッシュト エバンジェリスト HCD-Net認定 人間中心設計専門家 大野 健彦氏
NTTテクノクロス株式会社
営業推進部 こころを動かすデザイン室
ディスティングイッシュト エバンジェリスト
HCD-Net認定 人間中心設計専門家
大野 健彦
日経BP 総合研究所 チーフコンサルタント 主席研究員 小林 暢子
日経BP 総合研究所
チーフコンサルタント 主席研究員
小林 暢子

デザイン思考文化が浸透し、国内トップクラスの陣容

小林デザイン室としては、具体的にどんな活動をしているのですか。

大野先に少し触れたように、デザイン思考を取り入れたプロダクト開発の推進に取り組んでいます。そのためには、まずプロダクト開発を行う組織にデザイン思考を浸透させる必要があります。実際にプロダクト開発を行う人たちがデザイン思考の重要性を認識し、実践できるようになるために、2021年に3カ年計画を立てて、3年間でデザイン思考を理解・実践・学習し、高い価値を創出する組織への変革を進めています。

例えば、デザイン思考についての考え方、用語、基本的なプロセスなどの理解を深めるために、イラストを多用したe-ラーニング教材の提供やプレイブックの配布を行っています。

また、デザイン思考を実案件の中で実践してみようと思ってもらうために、デザイン思考実践研修や実案件をデザイン室メンバーと協業で実施するOJTなど、実践的スキルの向上にも取り組んでいます。

業務をマネジメントするミドル層や幹部層向けにも様々な活動を展開しています。実務を担う若手がデザイン思考を取り入れたいと思っても、上の理解がないとなかなか前に進めないからです。「開発の前になぜユーザー調査やワークショップが必要なのか」「経営戦略としてなぜデザイン思考に取り組むべきなのか」といったことをテーマにした研修などを通じて、デザイン思考の理解促進に努めています(図1)。

図1 こころを動かすデザインの取り組み

デザイン室のデザイナーがユーザー調査、ペルソナの作成・分析、プロトタイプ作成、テストなどを伴走支援し、開発プロジェクトの設計段階から、より良いUXデザインやサービスデザインを考えていく

図1 こころを動かすデザインの取り組み

小林デザイン室の設立から10年以上が経ち、幅広い活動を展開しています。デザイン思考文化は組織にだいぶ根付いてきているのではないですか。

大野デザイン思考を業務で活用する人材は確実に増えています(図2)。人間中心設計推進機構が運営する、デザイン思考に欠かせない人間中心設計の認定制度「HCD-Net」の資格保有者も、当初の目標を上回るペースで増えています。

その最上位資格である「人間中心設計専門家」は私を含めデザイン室のデザイナー全員が取得しています。これに加え、事業部門でも7名が取得し、人間中心設計専門家は全社で23名になりました。2000名規模のソフトウエア会社でこれだけの有資格者がいるところはないと思います。国内トップクラスの陣容です。

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図2 デザイン人材の位置づけ

レベルに応じて様々な施策やコンテンツを提供している。これによってデザイン思考のスキルアップを継続的に支援し、各事業部内にレベル3以上のデザイン人材を育成する

図2 デザイン人材の位置づけ
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世界を席巻していくGAFAのデザイン力に衝撃を受ける

小林これまでいろいろなお話を伺ってきましたが、そもそも大野さんはなぜデザイン思考の業務活用に取り組もうと考えたのですか。

大野大学ではコンピュータサイエンスを学びましたが、コンピュータだけではなく、コンピュータを扱う人間そのものも大事だと気づきました。そこで企業をリサーチしたところ、NTTの研究所がこうした研究を行っているのを知り、入社したのです。当初の研究テーマは「ヒューマン・コンピュータ・インタラクション」。人がコンピュータをより良く使うためにどうすればいいかを考える研究分野です。

そこに火を付けたのが、いわゆるGAFAの台頭です。デザイン思考の重要性に着目したのは2008年ごろのことで、当時はGAFAというフレーズはまだありませんでしたが、徹底的にデザイン性を追求したプロダクトやサービスによって日本企業が蹴散らされていくのを目の当たりにしました。そこからデザイン思考を本格的に勉強し、北米や北欧のデザインファームにも学びにいきました。

当時はデザイン思考の重要性を説いても、なかなか理解してもらえませんでした。それでもNTTグループ横断でデザイン関連の勉強会を開催したり、研究成果をNTTのグループ会社に提供したりして、デザイン思考をビジネスで使ってもらえるように取り組んできました。その後、縁あって活動の場をNTTテクノクロスに移し、現在に至っています。

小林まさにゼロからのスタートですね。大変だったと思いますが、経営層の理解を得るのはもっと大変だったのではないですか。

大野その点はとても幸運でした。現在の社長の岡もデザイン思考の重要性に理解がありますし、何より活動を始めた当時の社長が「これからのソフトウエアはユーザーエクスペリエンスが大事」という考えを持っていたのです。

そのため、業務の現場では逆風もあったものの、トップマネジメント層がいろいろと活動を後押ししてくれました。これは私見ですが、経営トップには「どんなに優れた技術があっても、デザイン思考で後れを取ると世界で勝負することは難しい」といった危機感があったのだと思います。

物事を俯瞰で捉え、持続可能な社会の実現に貢献する

小林新しいチャレンジには、やはりトップマネジメント層の理解とリーダーシップが必要なのですね。デザイン思考が組織に根付きつつあり、実際の業務活用も進んでいるというお話でしたが、デザイン思考によって「開発がこう変わった」「こんな価値提供が可能になった」という具体例があれば教えてください。

大野コンタクトセンター向けAIプロダクト「ForeSight Voice Mining」(以下、FSVM)のUXデザインはその好例だと思います。FSVMは非常に多機能で高度なAIプロダクトなのですが、先進機能を実装しても、その機能に気付かれていないことが多く、コンタクトセンターの現場ではあまり使われていなかったのです。

その理由を探るために、2社の導入先に協力してもらい、オペレーターの業務観察やインタビューをさせてもらいました。誰が、いつ、何を、どんなふうに使っているかを知るためです。

さらにオペレーターやスーパーバイザー(管理者)がどういうことやりたいかもヒアリングし、具体的な「ペルソナ」を設定しました。これを基に「ユーザーはこう使うから、サービスはこうあるべき」という方針を決め、新バージョンはユーザー視点で一から設計し直したのです。

スマホアプリの使いやすいUIに慣れたユーザーには業務システムのUIは使いにくい。そこで使われていない機能を削ぎ落し、ボタンの配置や背景の色、全体のデザインも考え直しました。ニーズに基づく使いやすいサービスを実現した新バージョンは、オペレーターの方に非常に好評です。

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図3 デザイン思考によるFSVMの開発ステップ

導き出したペルソナをもとに、デザイナーと開発者がワークショップを行い、ユーザーが使いたいと思う機能のプロトタイプを作成。オペレーターに実際に使ってもらい、評価と改善を重ねてから本格開発に取り組んだ

図3 デザイン思考によるFSVMの開発ステップ
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小林画面がフリーズしたり反応が遅かったりすればクレームが出ますが、使い勝手に関する不満はなかなか表に出てきませんよね。そこにフォーカスしていったわけですね。

大野使い勝手に関する不満は、丁寧に声を拾うと実は結構出てくるもの。開発の人間が現場のニーズや課題を知らないと、提供側と使う側でギャップが生じるからです。

実はコンタクトセンターを運営しているお客様自身も、現場のニーズや課題をよく分かっていませんでした。業務観察やインタビューの調査結果を提供すると、「こういうことを知りたかったんだ」と非常に喜ばれました。

FSVMは海外のお客様にも利用していただいているため、同様の取り組みは海外でも実践しています。オペレーターもエンドユーザーも多国籍で複数の言語を使い分ける国もあるため、海外ではデザイン思考に基づく開発が特に重要になります。

小林デザイン思考によって、ユーザーの意識も変わっていきますね。技術がより身近な存在になり、デジタル化の推進エンジンになりそうです。最後に今後の展望や抱負を聞かせてください。

大野ソフトウエア開発だけでなく、社会課題の解決もデザイン思考で考え、プロダクト開発に生かすことで、持続可能な社会の実現に貢献できると考えています。その際、重要なのは物事を俯瞰的に見ることです。課題は“点”で捉えがちですが、それでは本質的な課題を解ききれません。対象領域を広く、時間軸も長く、物事を俯瞰的に見る。“点”の先にはいろいろなものがつながっているはずです。

今後も社内のデザイン思考文化のさらなる浸透を図るとともに、産学官連携も視野に入れ、NTTグループとして「新たな価値創造」と「持続可能な社会」の実現を目指すとともに、顧客ビジネスの成長に貢献していきたいと考えています。

問い合わせ

NTTテクノクロス株式会社 こころを動かすデザイン室
お問い合わせURL:https://mktg.ntt-tx.co.jp/products/ictdesign/contact/q